女神を守る騎士様に一目惚れしましたが、真面目すぎて冷たくされます
「――好きです!」
「俺は女神様を守る騎士だ。答えることはできない」
「そ、そんなぁ……」
私の名前はリーズ・ブライオラ。今し方、一目惚れした相手に告白したらフラれたところです。
私が一目惚れした彼の名前はコーデリック・シルヴァルさん。女神様を守る騎士の任を務めています。
私たちがいるこの世界には二人の女神様がいて、一人は月の女神、もう一人は薔薇の女神って呼ばれている。この世界の人たちは、みんなどちらかの女神の信徒。産まれた時に、身体のどこかに三日月か薔薇のアザができて、それでどちらの信徒かが判断できる。
月の女神の加護があると光属性寄りの魔法が得意で、薔薇の女神の加護があるとその逆の闇属性寄りの魔法が得意になる。信徒なんて仰々しいものだけど、その実は魔法の得意不得意くらいしか違いはないし、それぞれで争うなんてこともない。
だから、月の信徒である私と薔薇の信徒であるコーデリックさんが愛し合ってもなんら問題はない。でも、厄介なことに、騎士には教えがあって――。
「女神様だけを一生涯かけて守り抜くと、あの時宣誓したのだ」
「でも! 教えはあくまで表向きで、他の騎士様はみんな奥さんとかいますよ。だから、私たちも――」
「他がそうだとしても、俺は女神様以外に興味はない」
「っ私! 諦めませんよ!」
それから、私のコーデリックさんへのアプローチが始まった。
でも、このアプローチは期限付きだ。月の信徒は薔薇の女神の聖地に、薔薇の信徒は月の女神の聖地に、それぞれ16歳になるとお祈りに行かなければならない。このお祈りに訪れた地でコーデリックさんに出会った。
祈りを捧げる期間は、およそ1か月。
終わるまでに、絶対に好きになってもらうんだから!
――そう、意気込んでいた初日が遠い昔のようです。
「コーデリックさん、あの!」
「今は、女神様の護衛中だ。気安く話し掛けないでもらいたい」
「あ、はい……」
「コーデリックさん! ご飯一緒に――」
「ここは騎士用の食堂。信徒用はあっちだ」
「あ、はい……」
「コーデリックさん、私の魔法見てもらってもいいですか!」
「――それだけか? 薔薇の信徒でももう少し上手く月由来の魔法を使えるが」
「魔法弱くてすみません……」
見事に玉砕し続けて、心が折れそうです……。
私は自他共に認める明るい性格で、故郷では周りの人から邪険にされたことがない。最初にコーデリックさんに冷たい態度をとられた時は、ショックのあまりご飯が喉を通らなかった。でも、アプローチする度にそういう態度をとられたから、もう慣れてしまった。
とはいえ、ずっと変わらないから、ショックではないけど諦めそうには何度もなった。
お祈りのために泊まっている部屋の窓から外を覗くと、コーデリックさんがどちらのかは分からないけど信徒の人と一緒にいた。何か困っていたようで、紙を見ながらいろいろと説明している。信徒の人は頭を数回下げ、離れていった。
こういう場面を今日までに何回も見た。
女神様以外には興味はないと言いつつも、どんな人にでも優しくて真面目に仕事に取り組んでいる、そんなコーデリックさんを見る度に、やっぱり好きだなぁと、改めて実感した。
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また冷たくされるかもしれないが、今日もコーデリックさんにアプローチをする。
今日は、山をちょっと登ったところにたくさんの薔薇が綺麗に咲いている場所があったことを話そう。お祈りの合間に見つけた場所。薔薇の信徒にとっては、植物の薔薇は女神様の化身だから、きっと喜んでくれるはず。
それに、滅多に自生しない青い薔薇もあったから、今度摘ませてもらってコーデリックさんにプレゼントしよう。崖のすぐそばだから気を付けていかないとだけど。
「あ、コーデリックさん!」
「また、君か。――リーズ」
「! 名前、覚えてくれたんですか!?」
「こう何度も何度も来られると、覚えたくなくても覚えてしまうだろう」
コーデリックさんが、私のことをその他大勢じゃなくて、一人として、リーズ・ブライオラとして認識してくれた! 嬉しい!
毎回玉砕していたけど、それにも意味があったんだ。思わず笑顔になっている私を見て、コーデリックさんは怪訝そうな顔をしている。
「で、今日の要件はなんだ」
「そうでした! 散歩していたら、薔薇が綺麗に咲いているところがあったんですよ」
「この近くの自生地は把握しているが……どこだ?」
「えっと、あそこの山の途中で――」
「あの山? 確かあそこにはなかったはずだが……今度確認するか」
コーデリックさんは今後の予定を思い出すかのように、顎に手を当てて考えていた。
確認されたら青い薔薇をサプライズでプレゼントできなくなるんじゃ?
私から振った話題だけど、なんとか誤魔化さないと……!
「あ! で、でも、私の見間違いだったかも! 薔薇っぽく見えただけで似た花だった、みたいな?」
「は? 君は薔薇とそれ以外の区別もつかないのか?」
「はい、すみません……」
呆れたといった顔をされたけど、これでコーデリックさんは確認に行かないだろうか。いやでも、真面目で仕事に熱心な彼のことだから、念のために、と行くかもしれない。
バレてしまう前に、早めに摘みに行こう。次に時間に余裕があるのは……明後日かな。
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その日は、とてもよく晴れてこの聖地では珍しく空一面が青かった。
私は鼻歌を奏でながら、あの薔薇が咲いていた場所へと向かっていた。コーデリックさんは、まだ確認に行っていないようだったから、無事にサプライズがバレないで済みそうだ。
天気も気分も晴れていたから、周りの空気が変化していることを察知することができなかった。
――気付いた時には、薔薇が咲いていた場所から落ちて、崖の途中にある出っ張りに倒れていた。
「いっ!」
身体を起こそうとするけど、少し末端が動いただけでも全身に鋭い痛みが走り、それ以上は動かすことができそうにない。
足を滑らせた記憶も、崖の先端でよろめいた記憶もない。よく耳を澄ますと、町の方角が何やら騒がしい。何が起こったかはよく分からないけど、何かが起こったことだけは理解できた。
「ぅ、ん――!」
とりあえずこの場所にいるよりは崖の上にいる方が誰かに見つけてもらえるだろう。
そう思って自分に魔法をかけるが、一向に身体が浮いてくれない。というか、魔法がかかっている感覚もない。落ちた時の怪我で一時的に出なくなったようだ。
「は、は……」
助けを呼ぶことも、見つけてもらうこともできないとなると、待っているのは死のみ――。
こんな状況、笑うしかない。
まだ、コーデリックさんの心を開けていないのに。やっと、やっと名前を覚えてもらったところなのに。
「……ズ、リーズ! どこにいる!」
ほら、思い残しがあるのに逝こうとしてるから、コーデリックさんの幻聴まで聞こえてきた。私のことなんか、探しに来てくれるわけないのに。
「薔薇……まさか! っリーズ!」
視界がぼんやりとしかしてないけど、幻覚も見えてきた。そろそろ、限界なのかもしれない。
「おい! しっかりしろ! 今、――」
意識を失う直前に見たのは、コーデリックさんの必死な横顔だった。
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目を覚ますと、ベッドの上にいた。知っているけど、どこか様相が違う天井。
ここはどこだろう。辺りを確認するために起き上がろうとするけど、全身が痛んだことで思い出す。
そうだ、薔薇が咲いていた崖から落ちて――。でも、どうしてベッドに?
頭の中が疑問で埋め尽くされていく中、また新しい疑問が生まれる。ベッドに自分以外の熱源がある、気がする。
顔だけを無理矢理そちらに向けると、そこにはコーデリックさんが己の腕を枕にして寝ていた。
「っ!?」
な、なんで、コーデリックさんがここに!?
そういえば、あの時、コーデリックさんの姿を見た気が――。あれって、死ぬ時に見る幻覚かなんかじゃなかったの?
身体が痛かったから夢じゃないし、今死んでいるわけでもない。なら、本当にコーデリックさんが助けに来てくれたってこと……?
そんなことを考えていたら、コーデリックさんがゆっくりと顔を上げる。彼と視線がぶつかる。
「ぁ――」
「! 気がついたか! どこか痛む場所は? いや、骨が何ヶ所も折れていたら、全身痛いか」
「あ、あの……っ」
かけられていた布団を剥ぎ取られ、私の全身を隈なく調べ始める。服の上からではあるけど、普通よりも薄い布で、コーデリックさんの手の感触や熱が布越しに伝わってきて、緊張する。思わず身体がビクリとするのは、痛みからか、それとも――。
「身体はまだ痛むだろうが、意識ははっきりしているな。よか……っ医者に状態を伝えておく。後でしっかり見てもらえ」
「はい。あの、コーデリックさんが、助けてくれたんですか……?」
「ああ。もう危ない場所には行くな。君の魔法は強くないことをもっとしっかり自覚しろ」
「すみません……っ!」
ごもっともな忠告を受けてしゅんとしていると、頭を優しく撫でられた。そこにいるのはコーデリックさんで合ってますよね!?
病人特権ってやつかな。有難く頂戴しておこう。
にやける顔をなんとかバレないようにしていたら、病室のドアが開いた。あれは確か、薔薇の女神の騎士だ。コーデリックさんの近くにいたのを何度か見たことがある。
「コーデリック、任務の交代の時間だ」
「ああ。――リーズ」
「えっ」
「痛みがあるから大丈夫だと思うが、くれぐれもおとなしくして、治療に専念しろ。いいな?」
「はい……」
我が儘な子どもみたいな扱いをされて、またヘコんでしまう。ひとりの女性として見てほしいのに。
コーデリックさんはベッドの横にある椅子から立ち上がり、病室から出て行った。入れ替わるように、先ほどの騎士が椅子に座る。
「目を覚まされたんですね」
「はい、おかげさまで」
「おかげ? ああ、任務ってあなた――リーズさんでしたっけ、を看病することではありませんよ。騎士の通常業務です」
「それはとんだ早とちりを……」
恥ずかしい勘違いをしてしまった。今すぐこの布団で顔まで覆いたいけど、それほど話したことのない人の前でやるには失礼すぎる。
「それに加えて、あんなことがあったもんですから、騎士は今いろいろなところに駆り出されてますね」
「あんなこと?」
「あの日、リーズさんが怪我をされた日、この薔薇の女神の聖地は災害に見舞われたのです」
「災害!?」
「幸いなことに、死傷者は少なかったのですが、住居などの被害は大きく、その復興を騎士たちが担当しているので」
災害が起こっていたなんて知らなかった。私があの時崖から落ちたのも、その災害のせいだったのかな。
ちょっとした世間話をした後、彼は病室を後にした。
少しして、お医者さんが来て、全身の状態を確認したあと、完治までどのくらいだとか、どういう治療をしていくだとか、事務的なことを説明してくれた。
今後、折れた箇所が痛むことはあるかもしれないけど、後遺症とかが残る心配はないらしい。
その言葉に安心して、また眠りについた。
***
「コーデリック、またあの子のところに行ってたのか?」
「ああ、遅くなってすまない」
「いやぁ?」
「……なんだ」
「あのお堅いお前も、女神以外に興味があったんだなぁと思ってさ」
「っそういうのではない!」
「まあまあ。騎士の教えなんて厳守してるのお前くらいだぞ」
そうだ。俺は薔薇の女神の騎士。女神様に忠義を立て、一生涯をかけて女神様だけを守り抜くと、騎士になる時に宣誓したのだ。
だから、あんな子犬みたいに周りをうろちょろする奴に、構っているようでは騎士とは呼べない。
――騎士として、しっかり気を引き締めなければ。
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あれから、言われた通りに治療やリハビリに専念した。さすが薔薇の女神の聖地と言うべきか、私の故郷だったらこの倍以上の時間はかかりそうな魔法での治療も行い、もうほとんど問題なく歩けるようになった。
その間に、コーデリックさんが病室を訪れることはなかった。
私の看護をしてくれていた人によると、目が覚めるまでは毎日来ていたらしい。私がコーデリックさんが来ないって相談したから、優しい嘘をついてくれたのかもしれないけど。
怪我だけでなく災害のこともあって、お祈りの期間は延びに延びたが、それももう終わりが近づいてきた。つまり、コーデリックさんともお別れ。
動けるようになったからまたアプローチをしようと思ったのに、全然彼の姿を見つけることができなかった。多分、いや、絶対に避けられている。何が理由かは分からない。あんな危ない場所に行って怪我をしたことに呆れたのかもしれない。そもそも、女神様以外に興味がない人だから、いい加減鬱陶しくなったのかもしれない。
でも、最後にもう一度だけ、この気持ちを伝えたい。あの青い薔薇を添えて。
「――行くなって言われたけど、摘んだらすぐに帰るから、いいよね?」
他の色の薔薇も綺麗だけど、むやみやたらに持って帰るのも女神様に罰当たりな気がするから、青い薔薇だけ摘ませてもらう。
「よかった、まだ咲いてて」
山を登ってきて、青色が目に入った時にホッとした。
ここに来るまでに誰にも見つからなかったし、帰りも見つからないようにこっそりと薔薇を隠しながら部屋まで戻ろう。
そう考えながら、帰路へとついた。
部屋に向かう道中に、コーデリックさんを見つけた。
久しぶりに彼の姿を見た気がする。思わず嬉しくて薔薇を持っていることも忘れて、コーデリックさんの背中を追いかけて声をかける。
「コーデリックさん!」
「っ!」
「久しぶりですね! やっと会えました!」
「リー……その手に持っているのはなんだ」
「え? ――あっ! いや、これは!」
コーデリックさんに手の中のものを指差されて、今日外出した理由を思い出した。慌てて自分の背中に隠そうとするけど、その腕を掴まれて阻止される。
おそるおそるコーデリックさんの顔を見ると、普段はポーカーフェイスなのに誰が見ても怒っているのが明らかな表情をしていた。
「あの崖に行ったのか」
「……」
「っどうしてあそこに行った! また怪我をしたいのか!?」
「ちがっ! ……薔薇を……コーデリックさんに、プレゼントしたくて……」
「――はぁ」
頭上から聞こえる大きなため息に、肩がビクリとする。
呆れられた。それだけならまだいい。嫌われたかもしれない。元々、好かれてなんていないけど、少しは彼の心に近付けていたかもしれないのに。
「……青かったから……」
「は?」
「騎士なら、青い薔薇の言い伝え、知ってますよね」
「、……」
青い薔薇は滅多に自生していない。それに加え、青い薔薇には不思議な力があるのか、昨日は確かに咲いていたのに、次の日に見に行ったら別の色に変わっていた、なんてこともあるらしい。
だから、他の色の薔薇よりも女神様の祝福が込められていて、女神様に一番近いものと言われている。そのことから、青い薔薇を騎士が持っていると、幸せになれるという言い伝えがある。
薔薇の信徒じゃない私が知っているくらいだから、薔薇の女神の騎士のコーデリックさんが知らないわけがない。
「だ、だから、コーデリックさんに……」
「それだけのために、わざわざ危険を冒したのか」
「好きだから」
「……っ、何度も言うが、俺は騎士だ。だから答えられない」
「で、ですよね! あ、でも、せっかく摘んできたので、薔薇だけでも受け取ってください! それでは!」
「あっ、おい!」
持っていた青い薔薇をコーデリックさんに無理矢理持たせて、逃げるようにこの場を去る。後ろから呼び止められるけど、聞こえないフリをして走って自分の部屋まで急ぐ。
――涙がこぼれてしまう前に。
***
受け取るつもりはなかった。騎士である限り、俺はその気持ちに答えられることはできないから。強引に渡されたとはいえ、薔薇を捨てることなどできないから、手頃な瓶に入れて部屋に飾る。
青い薔薇は初めて見たが、鮮やかで綺麗だ。あの崖に咲いていたのか。リーズを助けに行った時には気が付かなか――。
「、寝るか」
その夜はおかしな夢を見た。
リーズから貰った青い薔薇を持った女性と、その隣にもう一人女性がいて、こちらに向かって歩いてくる。すぐそこにあるソファに二人は座る。俺の方を見ながら、二人でくすくすと笑い合っている。
「――別にわたしたち、守ってほしいなんて一言も言ってないんだけどね」
「そうそう! 人間が勝手に決めてさ!」
「騎士の教え? ルール? そんなものどうでもいいよ」
「好きな女ひとり笑顔にできないで、何が騎士よ」
「わたしの子、かわいいでしょ? 魔法はちょっとあれだけど、人懐っこくて誰にでも好かれるいい子なの」
「あら、この騎士だって優秀よ? 真面目で親切で……」
「真面目すぎるのよ! ――だから、ね?」
『もうわたしたちだけを守るという教えなんて忘れていいから、あの子を幸せにしてあげて』
窓から朝日が差し込んで目が覚める。
おかしな夢が脳内をループする。突拍子もなくてわけが分からないけど、筋は通っていた。それに、あの二人の女性は――。
「女神様……」
証拠など、どこにもない。聖地に置いてある女神様を模した石像とは全然見目が違っていた。それでも、なぜか二人を女神様だと思えてしかたがない。
それは、飾っていた薔薇を見て、単なる気のせいから確信に変わった。
寝る前までは確かに青一色だったのに、黄色が混じってマーブル模様になっていた。月の女神様を表す色は黄色だと古くから言われている。
夢の中で二人が薔薇に触れたことで、その色が混ざってしまった。おそらくそういうことだろう。
「好きな、女……いや、俺は騎士で――」
『教えなんて忘れていいから』
「っですが!」
騎士の教えなど、大抵の奴は守っていない。それでも、俺は厳守すべきだと思っている。だが、女神様は騎士に、いや、この世界の人間にとって、絶対的な存在だ。その存在が、教えを忘れていいと言っている。
「俺は――」
どうすればいいんだ。
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災害や怪我で通常より長くなったお祈りもとうとう終わり、故郷へ帰る日になった。お世話になったたくさんの人に挨拶を済ませ、残るはあと一人。
「コーデリックさん」
他の騎士の人から部屋にいると聞いたので、ノックをして扉を開ける。今日は騎士の仕事がないようで、ラフな格好をしていた。こんなコーデリックさん初めて見たかも。最後の思い出ができた。
「……なんだ」
「あ、えっと、今日帰るので、その、お別れを」
「そうか」
「はい……」
会話が終わって、しばし静寂が流れる。
結局、彼に好きになってもらえなかったなぁ。もう、ここに来ることもそうそうないだろうし。きっと会うことも……。
その悲しさに目が潤み始めてどうにか堪えていると、コーデリックさんが沈黙を破った。
「――真面目すぎると」
「え?」
「女神様に言われてしまった」
「女神様が?」
唐突に出てきた言葉の真意が分からず、オウム返しのように相槌を打つことしかできなかった。彼は何を私に伝えたいのだろう。
その思いが表情に出ていたのか、少し躊躇したのち、話を続けてくれた。
「薔薇をくれた日に、夢を見て……リーズを幸せにしてあげて、と」
「夢、ですか……」
「――好きな女ひとり笑顔にできないで、何が騎士だ、と」
「!」
今、なんて……?
聞き間違いじゃなければ、確かにコーデリックさんの口から好きと紡がれた気がする。いや、きっと気のせい。
そうに違いないと思いながら、顔を見上げると、真っ直ぐにこちらを見つめているコーデリックさんと目が合う。
「っ! も、もう! 何言ってるんですか! 私のことからかわないで下さいよ!」
「からかってなどいない。女神様に言われて、君のことを、心の奥底では特別に想っていたことに気が付いた」
「で、でも!」
「騎士になる時に、必要以上の好意には蓋をして見えないようにしていた。自覚はないが、おそらく」
コーデリックさんが周りをからかうような人ではないことは分かっている。ましてや嘘など、絶対にありえない。
それでも、彼の言うことは、今までを考えると現実味がなく、まるで夢のようだった。
「君を好きだと認めてしまったら、騎士でいられなくなると思った。誓いを立てたのに、そんな不義理、許されないと。だが、周りにはそれでも騎士としてやれている人がいる。どちらか片方ではなく、両方選びとってもいいのだと」
「だとしても、私の何を……?」
アピールするためとはいえ、コーデリックさんにしつこく付きまとい、正直自分でも好かれる要素などどこにもないと思っていた。鬱陶しいとは思われていそうだけど。
「それは、言わなければ駄目か?」
「駄目ではない、です、けど、聞きたいです」
「あー……危なっかしくて誰かが守ってやらなければ、と。だが、そこに他の誰かがいるのは嫌だったから」
「! コーデリックさん!」
「っ! おい、いきなり――!」
椅子から立ち上がって、コーデリックさんに抱き着く。突然のことに驚いて、私を引き剥がそうと試行錯誤するが、観念したようでその両手を私の背中に回してくれた。
つまり、今、あのコーデリックさんに、抱き締められている。
「……コーデリックさん」
「なんだ」
「好きです」
「、俺もだ」
「ふふ、嬉しい!」
密着させていた身体を離し、コーデリックさんと見つめ合う。少し気恥ずかしくて目を逸らすと、あの青い薔薇が視界に入った。
騎士に幸せをもたらすという言い伝えがある青い薔薇。痛い思いや辛いこともあったけど、騎士であるコーデリックさんだけでなく、私をも幸せにしてくれた青い薔薇には感謝してもしきれない。
どうしてまだ咲いているのか、とか、黄色が混ざっているような、とか、気になることはいくらかあるけど、後で聞いてみよう。
今はただ、故郷に出立するまでのわずかな時間、生まれたばかりの愛を深めていきたいから――――。
「真面目すぎるだけじゃなくて、素直じゃないときた」
「ねー! 本当は自分だって初めて会った時からなのに!」
「まあ、わたしたちの子が幸せなら、それでいっか」
「でもちょっとムカつくから、何か試練与えてやろうかな」
「またそうやって……あの災害もあなたがやったの?」
「あれは違うわよ! 偶然!」
「本当? ……死者が出るようなこと、するはずはないと思ってるけど」
「本当に偶然よ! だから、しばらくはあの地に加護多めにしておくわ!」
「そうね。騎士もいるし、それに、すぐにあの子も」
「我が子たちよ。どうか――」
『未来永劫幸せに』
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青い薔薇の花言葉は「奇跡」「夢かなう」「神の祝福」などです。
また薔薇を使いましたが、特に思い入れがあるとかではなく、たまたまです。
花言葉ってなんか、いいですよね……。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
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