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その7 薬機法

 東京都千代田区にある私立ケインズ女子高校は本来の意味でリベラルな学校で、在学生には寛容の精神と資本主義思想が教え込まれている。



 ある日の放課後、私、灰田(はいだ)菜々(なな)は硬式テニス部の部長である3年生の出羽(でわ)ののか先輩に自宅まで招待されていた。


「流石はののか先輩、リビングもすごく広いじゃないですか。で、私に用事って?」

「今から説明するわね。実は両親が今朝から1泊2日で夫婦旅行に行ってて、今日は家に誰もいないの」

「へえー、そうなんですか。それはつまり……?」


 先輩がお付き合いしているというマルクス高校2年生の裏羽田(りばた)さんでも誘うのならともかく、同性の後輩である私を両親不在の自宅に誘う意味はなさそうに思われた。


 ののか先輩が何かを話そうとするとインターホンの音が鳴り、緊張した表情で立ち上がったののか先輩に付いて私も玄関に行った。


「ののちゃん、会いたかったぁ! あれぇ、お客さん?」

「ええ、この子はテニス部の後輩の灰田さんで、この後一緒に部活の食事会に行くんです。そうよね、菜々ちゃん?」

「は、はい……」


 玄関の鍵を合鍵で開けて入ってきたのはショートカットのスマートな美女で、見たところ大学生ぐらいの年齢に見えた。


「紹介が遅れたけど、この人は私の従姉(いとこ)台場(だいば)街子(まちこ)さん。今は慶楼(けいろう)医学部医学科の4年生で、実家もお互い都内なの」

「慶楼ってあの慶楼大学ですよね!? しかも医学生!? すごーい!!」

「そりゃそうよん。ののちゃんも来年から慶楼生だから、ようやく同じ学校にいられるって訳」


 ののか先輩の実家はお金持ちだと聞いていたけど近い親戚に日本で一番難しい私立大学の医学生がいるという話は初めて知ったので、私の目にはちょっと不思議な雰囲気の美女である街子さんが輝いて見えた。


「話を戻しますけど、そういう訳なので今日は帰って貰ってもいいですか? ゆっくりおもてなしもできませんし」

「いーのいーの、私今日ののちゃんのお家に泊まるから! ちゃんとご両親の許可を得てお泊まりセットも持ってきたのよん」

「ええっ!? そ、そうなんですね。分かりました……」


 ののか先輩は街子さんの言葉になぜかドン引きした表情をすると早足でリビングルームへと戻り、心配になった私は慌ててののか先輩の後を追った。


(ののか先輩、どうされたんですか? 街子さんとは昔から仲良しなんじゃ?)

(仲良しも何もないわよ! 街子さんって昔から私のことが好きみたいで、いとこ同士だし将来は結婚したいとまで言ってるのよ!? そんな人とどうして一晩泊まれるっていうのよ!!)

(ええ……)


 小声で聞いてみるとののか先輩は恐るべき事実を話し、私が今日ここに呼ばれたのはそういう理由だったと分かった。


 街子さんがキャリーバッグを引いてリビングに入ってくるとののか先輩はキッチンへと移動し、私も付いていった。


「いえーい、ののちゃんがいつも座ってるソファー! あ~癒される~~」

「ちょっと菜々ちゃんと紅茶入れますので、そこで待っててくださいね。3人分持っていきます」


 リビングのソファーにうつぶせに寝て座面に頬ずりしている街子さんをスルーしてののか先輩はティーパックを取り出し、高級そうなティーカップに紅茶を入れ始めた。


 サーッ!


(ちょっと先輩、街子さんの紅茶に何入れてるんですか!?)

(この前道端で拾ったベンゾジアゼピンっていう錠剤を砕いた粉末よ! これを入れればすやすや寝てくれるはずだから、その間に玄関から運び出して……)

(それ薬機法か何かに触れません!? まずいですよ!!)


 ののか先輩は睡眠薬をミキサーにかけた粉末を街子さんの紅茶に流し入れ、そのままリビングに持っていった。


「あ~ののちゃんが入れてくれた紅茶は美味しいわぁ~。最近試験のストレスで不眠症っぽいから何か落ち着く気がするぅ~」

「えっ、そ、そうなんですか? あっそうだ、実は美味しいノンアルコールドリンクがあるんですよ。街子さんにだけ特別に持ってきますね」


 睡眠薬が効きそうにない街子さんに対しののか先輩は再びキッチンに戻り、私も例によって付いていった。


 ののか先輩はどう見てもただのワインを冷蔵庫から取り出し、透明なガラスコップに注ぎ始めた。


 ドサーッ!!


(ちょっと先輩、今度は何を大量に入れたんですか!?)

(カルシウムサプリメントの錠剤を砕いた粉末よ! これだけ飲ませれば高カルシウム血症? とかでどうにか……)

(それで死なれたら薬機法違反じゃ済みませんって! まずいですよ!!)


 ののか先輩はカルシウムサプリメントの粉末を街子さんのワインに流し入れ、そのままリビングに持っていった。


「最近のノンアルコールドリンクはお酒みたいな味がするのねぇ。私、大学の飲み会で酒乱とか言われたことあるからありがたいわぁ~」

「えっ!?」


 街子さんはノンアルコールドリンクと信じているワインを一気に喉に流し込み、間もなく街子さんの顔は真っ赤になった。


 そして……


「ええーい、もう後輩がいようと関係ないわぁ! ののちゃん、お前のことが好きだったんだよぉ!!」

「ギャー助けてー!!」

「ののか先輩ー!!」


 瞬時に酔っ払った街子さんはその勢いでののか先輩に襲いかかり、その後ののか先輩がどうなったのかは思い出したくもない。



 (続く)

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