第98話 つい過去の話
“姫”からの猛攻が続く。
オレは“ミノタウロスの斧”による身体強化のでその猛襲を必死に耐え忍んでいた。
「なんで、反撃しない!!」
姫は身軽な身体から巧みな連撃を繰り出しながら言った。
勝負を挑まれているとは言え、彼女は組織の契約者だ。それも姫と呼ばれるくらい組織にとって、重要な人物。そんな彼女に対して、迂闊に反撃してしまえるほどオレも馬鹿ではない。
「このまま殴り殺される気?!」
「いや反撃の方法を、ちょっと考え中」
「そう。ならこのまま黙って死ねばいいわ!」
彼女の未来は依然として見えないまま。
彼女がケルベロスとの契約適性があることと何か関係があるのだろうか。
「私が、私がケルベロスと契約して、この組織のボスになるの!」
少女は輝く瞳で、勇ましく叫ぶ。
なんて恵まれた子なんだろう。
“組織のボスになる”なんて願えるのだから、祝福されて生まれたに違いない。
「いいね。君は」
「は…何が」
「オレみたいに、死を望まれて生まれなくて」
嫉妬、なのだろう。
オレはこの子を見て嫉妬している。
こんな風に人間として生きられたら。
こんな風に堂々と願うことができたなら。
「でも、ごめん。今のオレの命はオレだけのものじゃないから」
「はぁ?なんの話」
「──────“白尾”」
呟くと同時、オレの背後から2本の白い尾が現れる。
「…?!ミノタウロスじゃ、ない」
「オレのこと知らなかったんだ。ちょっと反則っぽいかな」
伸びた尾はあっという間に姫を拘束した。
白尾に包まれた姫の手足は、どうバタつこうと身動きが取れることはない。
「っ、は、なせ!卑怯だ!そんな能力!」
「…ケルベロス、オレの勝ちでいいよね?」
『お、おおそうだな。ミク、君の負けだ。私との契約は一旦諦めてくれ』
「…やだ」
『ミク…』
「やだやだやだやだやだやだやだやだ!!!」
「そんな駄々こねても…!」
拘束したはずの姫の手足が徐々に尾から抜け出そうとしている。そして、それと共に増していく彼女の代力──────
『…!いかん、三上四季!ミクを止めろ!』
「えっ、止めろったって」
「私が、私がボスになるんだから!!」
彼女の代力は、今にも爆発してしまいそうな勢いで増加している。
オレは何も考えず、拘束していた白尾に力を送り込んだ。
「っ、止まって、くれ!!」
キ ィ ィ ィ ィ …!!
尾が光ったかと思うと、すぐにその光は消えた。
そしていつの間にかあったのは、気を失った姫の姿のみ。
「はぁ、はぁ…なんだ今の」
静寂に帰った神殿の中で、ゆっくりと姫を下ろした。
『すまない。助かった』
「今のは何?この、“姫”って子は何者なの?」
『それを話す前にまず、私と契約してしまおう。ミクが起きてまた癇癪を起こしては、かなわん』
「…それもそうか」
ケルベロスの困ったような瞳に頷く。
新たな象物との契約──────この瞬間こそが、オレとシロを分かつ、決定的な瞬間であった。
〜〜〜〜〜〜
「──────ん、んん」
少女の唸り声が神殿に響く。
彼女は、先程まで、意識があったときの光景を上手く思い出せずに頭を抱えている、
「…起きた?」
オレはそんな少女に、無遠慮に話しかけた。
「…負けたんだ。私」
「うん。もう契約は済ませたから」
「……」
「怒らない、ね?」
恐る恐る聞いた。また暴れ出したら手が付けられない。
だが、姫は以外にも落ち着いた口調で返す。
「いいの。全部分かったから」
「え?」
「多分、貴方の力。私の記憶に、昔あった記憶が流れ込んできたの」
「オレの、力ってのは」
『“九尾”の力だ。“存在を抹消する力”。それを利用して、消されていたミクの記憶を元に戻したのだ』
「さっき光った時か…それを、オレが」
『無意識だったのだろう。それか、ミクの力にあてられたのかもしれない』
姫は俯きながら、文字を辿っていくように、ゆっくり言葉を紡いでいった。
「私は、この組織の前の頭領の娘だった。お父さんの名前は“佐部頼友”」
初めて聞く名に戸惑いながらも、オレは耳を傾けた。
「ケルベロスの元契約者。そして多分、帝誠が探してるっていう“主”も、お父さんのことだと思う」
「…でも、なんでそのお父さんのことを帝誠さんも、君も今の今まで忘れてたんだ」
「それは、お父さんが“九尾”の力で消されたから」
「…!」
「お父さんは数年前の作戦で、ある人にその存在ごと消されたんだと思う」
「数年前っていうと…?」
「“憑景襲撃”。その最中に、憑景の箱庭でお父さんは消された…そしてそれと同時に“高澄翔真”という男も、憑景から姿を消したはず」
「…うん。それは多分、翔真の仕業なんだと思う」
「分かってるよ。あの場で“九尾”の力を使えたのは、その人だけだもん。私にとって高澄翔真はお父さんの仇。組織としては取るべき仇だよ。そして──────」
揺らぐことのない、決意を固めた瞳。
佐部未来は真っ直ぐにオレを見て呟く。
「その“高澄翔真”について組織の中で一番詳しいのは、多分貴方…私たち“四足獣”の次の動きは、貴方にかかってるんだと思う」
「っ…!?オ、オレに?」
「ケルベロスと契約したのなら、貴方が頭領よ。私は認めるよ。さぁ」
先程までの恵まれたような彼女の姿はそこにはなく。
仇討ちに燃える目が、オレを刺していた。




