第96話 鉄扉の番
「姫…?!何を!」
帝誠の声がこだまする。
突然のことだ。オレは“姫”と呼ばれる“四足獣”の契約者と交戦していた。
「っ、ちょ、待──────」
「ここから出ていって!!」
少女の身から放たれる鋭い蹴りは、オレのガードの上からでさえ、衝撃を伝えてくる。
代力を使って防御しているというのに、それはまるで鈍器で殴られているかのようだった。
ゴッ! ガッ! ゴッ!
「ぐ、くっ!!」
加えて、“ケルベロス”の“瞳”を使っても、彼女の未来だけは何故か一切見えない。つまり、解釈に頼らず、己の力で凌がなければいけないということ。
「嫌い、嫌い…!」
「なんで、て、帝誠さん!どうすればいいですか!これ!」
「…!反撃はするな!とりあえず耐えろ!」
「とりあえずって!んな、こと言いまして、ぼほっ!」
姫の拳がオレの脳を揺らす。
揺れる視界の中、オレはかろうじて意識を保った、が──────
「解釈拡大」
「っ、ちょ、まず」
少女の背後にとてつもない代力の高まりを感じる。
防御の手を取ろうにも、揺れた脳では、まともに解釈を展開できない。
「“番犬の──────」
「四季…!止めろ姫!」
「牙!!」
「──────あら、いけない」
巨大な牙が迫りくる中、オレの前に“アリス”が踊るように出てきた。
「喧嘩しちゃめっ、よ」
アリスの広げた絵本の中から、藁で出来た家が飛び出すと、今にも達しようとしていた牙は押し戻されていった。
「子供同士の喧嘩って微笑ましいものだけれど、やっぱり怪我させちゃいけないわよね」
「…!お前も、敵か!!」
「私は子供の味方。あなたのような子供のね」
「っ、死ね!!」
「姫、もうやめろ」
帝誠の気疲れした声に、姫は振り上げた拳を止めた。
見ると、先程まで笑顔で遊んでいた少年少女達が怯えた目で姫を見ていた。
「どうしたの…ミクお姉ちゃん」
「ミクちゃん、なんで怒ってるの?」
「…!」
子供達の声にハッとすると、“姫”はその場から逃げ出すかのように走り去っていった。
「…行ったか」
「なんだったんスかね」
「行ったか、じゃないですよ!帝誠さんなんで何もしてくれなかったんですか?!」
「むぅ…すまん。私は姫に、何も出来ないのだ」
「あの子だけ、ケルベロスの目になんの未来も映りませんでしたよ。なんなんですかあの子」
「あの子、姫のことは──────」
帝誠が重い口を開いたかと思いきや。
「私にも分からん」
「…はぁ?」
「ここで産まれた子供、というのは間違いない」
「それだけですか」
「他には…御手洗。何か知らないか」
「ん?いや頭領が知らないなら俺も知らないっスよ」
揃いも揃ってとぼけたような顔で話している。
何も知らないはずはないだろう?!子供たちが言うに彼女には“ミク”という名前があった。だというのに、組織全員が口を揃えて“姫”と呼ぶのだ。それは、ただの子供の扱いではないはず。
「じゃあ帝誠さんが“姫に何も出来ない”ってのは、どういうことなんです」
「いや、普通に考えて、子供に手を上げてはならんだろう」
「なんでそこは普通なんですか?!」
「うおっ、うるさっ」
「…どうした三上四季。言葉遣いがいつもより荒いぞ。何かあったか」
「さっき死にかけてたからですよ!」
気だるそうな様子で周りの子供たちにも話を聞き始める2人。なんだろうか、この妙な感じ。まるで組織の人間が無意識に“姫”のことを気遣っているような。
「多分あの子が鍵なんじゃないかしらー」
「アリス、それってどういう…」
「あの大人が探してるって“主”。あの子が何か関係してるんじゃないかしら?」
「…確かに。そうかもしれない」
アリスはフワフワと宙に浮いたまま、森の向こうを指差した。
「あっちに行ったわよ。追いかけてみたら?」
「…!分かったそうする。ありがとう」
こうしてはいられない。下手すればあの子自体が“四足獣”の敵ということも、有り得るような気がする。
オレはすぐさま走り出した。
「…?おい三上四季。どこに…」
「ちょっと“姫”を追いかけてみます!」
「私も四季について行くわ〜」
「おい!あまり勝手に──────」
話を聞くことはなく、オレは真っ直ぐ走り続けた。
森を抜け、あちこちに住居らしき建物の群がある地帯を抜け、ひたすらに進んでみた先。
やがてオレがたどり着いたのは、御手洗には紹介されていない“神殿”であった。
集会に使われている神殿とは違い、そこには全く人気がなかった。
「ミクちゃんはどこに行ったのかしらね」
「…見当たらないな」
神殿内は見晴らしが良いのだが、そこに姫らしき姿はどこにもいない。代わりに見えていたのは、神殿の奥に置かれていた大きな“鉄の門”。そして──────
『来たか。迷える人の子よ』
頭に響く声。
それに反応してオレが顔を上げた時、鉄の門の前に座っていたのは巨大な番犬。3つ首の番犬である。
『お前が来ることは分かっていた。三上四季、象物と契約者の間に生きる子よ』
「……お前は」
「会うのは初めてね──────“ケルベロス”さん」
“四足獣”の核を担う象物が、そこに座っていた。




