第95話 楽園
数日後。
オレは緑と石に囲まれた幻想的な空間を歩いていた。
「えー、ここが俺らが普段集会を開く時に集まる“神殿”でー」
「……」
「…?」
「あの…聞いてます?お二方」
「「聞いてる」」
オレは裏切り者の疑いが晴れた帝誠と共に、御手洗からアジト内の案内を受けていた。法子は帝誠の信用回復を諦めたようだったが、組織内の契約者達の様子を見るに、皆そこまで帝誠に失望しているわけではなかった。
組織の契約者達曰く“いつも通り”らしい。
「何も頭領候補だからって、そこまで帝誠さんのマネしなくてもいいんだぞ?」
「え?オレはいつも通り振舞ってるだけです」
「…あ、そう」
当然かもしれないが、帝誠がオレを頭領に推薦するという話は一旦保留になった。
一応、帝誠が“頭領代理”という形で今は成り立っている。
「はーい、じゃあ次行きますねー」
「…はい」
「三上四季。周りからの目は気にするな。皆お前を珍しがっているだけだ」
人とすれ違う度にジロジロ見られているのが分かる。
「来客がウチに来るの初めてスからね」
「“来客”ではない。三上四季はもうウチの立派な構成員だ」
「へいへい…てか、今更なんスけど、なんで帝誠さんまで着いて来てんスか」
「法子からの命令だ。“三上四季から目を離すな”と」
「もうすっかり頭領の威厳ないっスね」
「当然だ。もう頭領ではない」
「ははっ!その方が帝誠さんぽくていいっスわ」
笑う御手洗。
その横で、帝誠を微かに口角を上げている。
本当に良かったと思った。この光景が守れて。
「御手洗。もう案内はいい。“依代”まで行ってくれ」
「この後、楽しい動物さん達との触れ合いコーナーだったんスけど」
「いや、いい」
「え、帝誠さん。触れ合いコーナースルーですか?」
「……行きたいのか?」
「“依代”よりかは」
「はあ…行くぞ」
帝誠は頭を抱えながらも、渋々歩いていく。
「マジで行くのかよ…なあ四季坊ちゃん。なんで帝誠さんは君にあんな入れ込んでるのよ?」「“主”との記憶を取り戻すのに、オレの力が必要らしいです」
「“主”ィ…?ああ、そういえば、帝誠さんここ出ていく前にもそんなこと言ってたっけな」
「心当たりありますか?」
「いいや?帝誠さんがそもそも頭領なんだから、“主”って呼べるような人間いねぇけど。いるとすりゃ“ケロベロス”くらいか?いやでも、帝誠さんそんな呼び方しねぇし」
「……なんの話だ」
「いやただの世間話スよ」
キャッ キャッ
子供の笑い声がする。
遠くで踊るように飛び跳ねる小さな人影達と、それに合わせて動き回る動物の姿が見えていた。
「あちゃ、ガキ共に先越されてたか」
「子供もいるんですね」
「この箱庭で生まれ、この箱庭で育った我々の宝だ」
「表の世界にゃ出られないはぐれ者スけどね」
御手洗が誇らしげに笑う。
犯罪組織と言えど、そこに人が生きている以上、やはり子も生まれる。動物と戯れる子供たちの姿を見ていると、とてもではないが、ここがアウトローな集まりとは思えなかった。
「…触れ合いタイムは終了だ。さっさと“依代”に行くぞ」
「──────ダメよ。もう少しここにいましょ」
立ち去ろうとした直後“アリス”がその場に現れた。
「うおっ…分かっててもビビるな。“童の足跡”」
「眼福じゃない。もう少し眺めていきましょ、四季」
どこからともなく取り出した双眼鏡を使って、アリスは遠くの子供たちを観察し始めた。
アリスがアジト内部にいることは、結果として容認された。
“童の足跡”の存在はやはり界隈では有名らしく、“子供のため以外では動かない”、“子供は絶対に殺さない”という組織の方針は契約者なら誰もが知っていることらしい。
オレが妙な気を起こさなければ、“アリス”自身も何もしないということで、オレと共に一時の滞在をこうして許されている。
「可愛い、可愛いわ〜。ね、ご本の読み聞かせとかしていいかしら!?」
「ダメだ。ウチの人間に干渉するな」
「えー、ケチな大人ね」
「異常な光景だな。別の組織の親玉がこうしてウチにいんのは」
「安心してください。アリスは子供の前では何もしません」
「だといいけどな」
「ああっ!見て!子供たちがこっちに走ってくるわ!!」
やや興奮気味のアリスが言った通り、向こうで遊んでいたはずの子供らがこちらに向かって走ってきている。
「けいー!」
「けいくんだー!あそぼー!」
「けいくーん。持ち上げてー」
子供らは皆、帝誠やオレを通り過ぎ、御手洗の方へと駆け寄って行った。
「おう、邪魔すんな。こちとら仕事中なんだよ」
「えーなんでー」
「なんでー」
「このひとたちだあれ?」
「お人形さんみたいな人がいる」
「あらあらあらあらあらあら、皆ちゃまこっち楽しい楽しい童話の読み聞かせなんてどうかしら〜♡」
「……おい行くぞ。ヤツが手に負えなくなる前に」
帝誠は嘆息しつつ、踵を返した。
確かに、次第に目が血走っていくアリスの姿はいつか暴走しそうな様相を見せている。早く手遅れになる前にこの場から離れなければ…。
「──────ん?」
遠くに広がっている動物達の群れ。
子供たちは1人残らずこちらに来たと、思っていた。
が、そこには1人だけ、誰かが残っていた。
「…見覚えがある、ような」
黒髪の女の子。
遠すぎてよく見えないが、彼女はじっとオレの方を見ているような気がした。たしかあの子の名前は
「あの、帝誠さ──────」
ヒ ュ
風を切る音。
その一瞬の気配に、オレは反射的に動いた。
バ シ ン !!
「…っ!!」
構えた右腕が、いつの間にか蹴りを受け止めていた。
「アナタ、嫌い」
「姫?!何を」
帝政の声にやっと思い出す。
“姫”
ケロベロスの力を持ってしても、彼女の未来だけは、何故か予測できなかったことを。




