第94話 平和村
「来てくれ!アリス!」
叫ぶと同時に、オレのすぐ傍にあった空間が歪み始める。波打つように歪み、空間が縞模様になったと思うと、いつの間にか彼女はいた。
「はぁい♡呼んだかしら?」
「…!やはり、貴様らの手引きだったか“童の足跡”…!」
「やーん。怖い小鳥さん」
「何がおかしい!!」
「チェシャ猫は意味もなくニヤニヤ笑うもの。そして──────」
アリスの姿は突然見えなくなったと思うと、その姿はいつの間にかブルーシートの上に移っていた。
「──────どこにでもいて、どこにもいない。消えたり出てきたりするんだから、捕まえるのも一苦労よね」
「我らの同胞に触れるな…!」
法子の目つきがより鋭く尖る。翼を広げ、その鉤爪をザックと地面に突き刺している。
「こんな汚らわしいものに触れないわよ。私は愛しい子供たちの願いを叶えるだけ」
アリスが息をフッと吹くと、ブルーシートは捲り上がる。
中から出てきたのは、生気のない目をした傷だらけの大男。外傷は無いように見えるが、微動だにしない。
「っ!貴様ッ!!」
弾丸のように射出された羽根がアリス目掛けて飛んでいくが、その全てがアリスをすり抜けていく。
「…!」
「ヒステリックは嫌われるわよ…さぁ、三上四季。もう決断はできたのかしら?」
「ああ、もう決めた」
「動くなと言っている、三上四季ぃ!」
振り上げられた鉤爪がオレの腕を掴む。
滴る血液に、少しだけ表情を歪めた。
「もう、争わなくていいんです」
「は…?」
「オレが証明しますから。この御手洗さんを殺したのはオレでも、帝誠さんでも、法子さんでもないってことを。だから、もう味方同士で争わないでください」
「三上四季…」
「アリス、契約ってどうやったらいいの」
「簡単よ。あなたの血液に私が触れるだけ」
アリスのいる方へと歩こうとしたところで、法子の鉤爪が更に深く腕に食い込んだ。見ると、法子は混乱した表情でこちらを見ていた。
「なんで…?なんであなたが、敵じゃないの。おかしいじゃない。だって、これじゃ帝誠様が、頭領としての信用を失ったまま…」
「法子。離してやれ」
「なんで、どうしてそこまでするんですか!この子供に!組織のトップである貴方が!」
「遺言だ!我が“主”の、最後の言葉だからだッ!!」
帝誠の感情のこもった言葉に、思わず全員が怯む。激情を見せていた法子さえも、その気迫に一瞬ながら立ち退いた。
「アリス、契約を」
「…!やめてって言ってるでしょ!!」
その瞬間、法子の鉤爪が、オレの顔面目掛けて放たれる。
「法子、止めろ!!」
絶命必至の一撃が放たれる。
が、その瞬間は訪れることはなく。ある者の登場によって全てが一時停止した。
「──────あの、なにしてんスか」
静寂に響いた声。その方向へと皆が注目する。そこにいたのは、御手洗。そこに亡骸が転がっているはずの御手洗が、そこには立っていた。それも生きた状態で。
「御手洗…?なんで」
「あの、じゃあこの死体は──────」
「かくれんぼで隠れる人が出てきちゃいかんでしょ」
唐突に、地の底から這い出たような声が響く。声の元は明らかに“御手洗らしき死体”から。生気のなかった瞳に光が宿ったと思うと、それはブルーシートの上から当然のように起き上がってみせた。
「“人狼ゲーム”…だったかな?やはり最近の遊びはよく分からない。誰も悪くないのなら、勝敗のつけようがないじゃないか」
「──────!!う゛っ!!」
その男が平然と歩き始めた途端に、アリスが呻き声を上げて姿を消した。
「誰ですか、貴方は」
「僕かい?僕はねぇ──────」
男が名乗りを上げるよりも先に
「死ねッ!!」
「“氷鬼”」
接触した法子が一瞬にして氷漬けとなる。
「法子!」
「ああ、勘違いしないでね。“氷鬼”が僕の名前じゃないよ。今のは僕の“解釈”。大丈夫死んでないからさ」
「何のために、こんなことを」
「…君を捕らえに来たのさ。三上四季」
御手洗の姿をしていた“彼”の姿が、霞と共に変わっていく。
後ろも結びの銀の長髪。御手洗と同じくらいの巨躯と筋肉量。真っ黒な眼帯で右目を覆っていた。
「“守り人”。その1人、人賭」
「守り人って…」
「そ。時枝直属の精鋭部隊。部隊と言っても、3人しかいないんだけどね」
重低音の声ながら、その喋り方には緊張感は感じられない。まるで遊びに来たかのような調子で、人賭は頬を緩ませていた。
「“時枝”がオレになんの用だ」
「いやぁ、実は時枝の命令とかじゃなくてさ。僕らの独断なんだよね。これは」
「…?それって、どういう」
「戻るなら今だよ。三上四季。犯罪組織の味方するなんて、普通じゃない」
人賭は手を差し伸べ、優しそうな笑みを浮かべた。
「僕の手を取れば“憑景”に帰れる。今ならまだ間に合うよ」
「……」
「皆が待ってるよ。ほら」
「ごめんなさい。オレは、まだこっちにいなくちゃ」
手を振り払うと、人賭は驚くまでもなく手を引っ込めた。
「そ。まだ、ね。都合のいい言葉だこと。まあまた来るよ。気が向いたら」
そう言うと、目の前に立っていた巨体は霞と共に消え入ってしまった。法子の氷像と、妙な緊張感だけを残して。
「…えっと……?結局なんだったんスか?」
御手洗の呆けた声だけが、そこには響き渡った。




