第93話 ウサギの入り口
──────目覚め。
「っ、はっ?!」
少しづつ鮮明になっていった視界に、最初に見えたのは周りを埋め尽くす大勢の人々だ。
オレの身体は鎖によって拘束されており、自力では身動き一つ取れない状態であった。後ろには帝誠も一緒になって拘束されているようだった。
「これより、尋問を開始します」
オレの戸惑いなど他所に、目の前に立っていた法子が厳格な声を響かせた。それを皮切りに周りの契約者達がザワつき始める。声は怯えたような声や怒りに満ちた声など様々。だがやはり、オレから見える人々の目は憎悪の目線である。
「昨日、我が組織の幹部である“御手洗”の死体が見つかった」
「…!バカな」
人々のざわめきが大きくなる中、動揺の息遣いが帝誠からも伝わる。“御手洗”というのは確かオレを捕らえようとしていた傷だらけで筋肉質な男だったはず。
持ってきて、と法子が合図をすると、契約者が数人、ブルーシートで包まれた何かを運んでくる。
「御手洗だ。つい昨日までは、彼は生きていただろ」
「…はい。そうですね」
「三上四季、やったのは君なんでしょ?」
「ちっ、違いますよ!」
オレが声を荒げた途端、周りから怒号や野次が飛んできた。アウェーなんてもんじゃない。いきなり起きて何故こんな状況になっているのか。
「じゃあ誰がやったの」
「知りません!」
「じゃあ君がやったのね?」
「違いますよ!帝誠さんも何か言って……」
「…なんだどうした」
「なんか、帝政さんだけ拘束緩くないですか」
オレには鎖を幾重にも重ねているのに対し、帝誠には縄を二重にして巻かれているだけであった。
「…これ完全にオレだけ犯人にして殺すやつなんじゃ」
「違う。これは、私が“一筋縄ではいかない男”だという意味合いを込めた拘束だ。拘束力の差に意図は無い」
「そっ…全っ然安全じゃないですよここ。むしろ帝誠さんだけ安全ですよここ!」
「…すまん」
「謝らないでくださいよ。終わった感出してないで」
「皆!!やっぱりコイツが犯人よ!私さっき見たのよ!この三上四季が、あの“童の足跡”の頭領と一緒にいるのを!!」
ウォオオオオオ!!と、人々はより一層盛り上がりを見せる。言ってることが事実なのがマズイ所である。
「コイツは多分“童の足跡”の一員!我らが頭領はきっとコイツに騙されてただけよー!」
「待て法子。私と三上四季は昨日、ここからの脱出に失敗して以降、目を覚ましたのは牢屋の中でのみだ。御手洗を殺すことなどできない」
「だから、それで“童の足跡”に協力を頼んだんでしょう?あの“アリス”の能力なら、何をしてもおかしくないです」
「“童の足跡”の頭領と出会ったのはついさっきだ。昨日の時点では一度も顔を合わせたことがなかった」
「それは、帝誠様の話でしょう?そこの三上四季が怪しいって話をしてるんです」
「いや、別にオレもそんなこと…」
「…帝誠様。騙されてるのですよ貴方。この小僧に。現に今、貴方は組織からの信用を無くしかけています」
法子はおもむろにナイフを取り出し、帝政を拘束していた縄を解いた。
「さあ、立って。皆の目の前でこの小僧を犯人として殺すんです。そうすれば貴方は」
「法子…お前まさか…」
「これも貴方を頭領として復帰させる為。組織のためです」
ヒソヒソと何やら不穏なことを呟いているが、まさか帝誠と言えどオレを殺すなんてことは…。
「…分かった」
「ぁえ?!帝誠さん?!」
帝政は立ち上がり、周りを取り囲んでいる契約者達をぐるりと一瞥した。その後その巨躯で座り込んだままのオレを、鋭い目つきで見下ろす。
「帝誠、さん…?これマジですか」
「悪いな、三上四季──────」
その右手に例の斧が握られると
「──────また、正念場みたいだ」
すぐ横に立っている法子に突きつけられた。
「帝、政、様…?」
「すまんな法子。憎むなら、お前の期待に応えられなかった私を憎め」
目を見開く法子に見向きもせず、帝誠は周りに呼びかけ始める。
「私は、この三上四季の味方だ!この“四足獣”が相手になろうとも、私はコイツの傍に立ち続ける!」
全員が困惑した顔で帝政に注目している。
「故に、私はこの組織の頭領の座から降りる!そして、次なる頭領として私は──────」
皆が固唾を呑んで見守る中、帝誠はなんの躊躇いを見せることなく続けた。
「この三上四季を推薦する!」
「「「はあ?!?!」」」
オレを含めたその場の全員が声をあげた。
当然だ。“故に”なんて言っていたが、帝誠の発言は支離滅裂そのものだろう。他所から来た半端者をいきなり組織のトップにするなど、当然誰も納得するはずもなく…。
「帝政様…すいません。もう、本当にダメみたいです」
フルフルと怒りに震える法子。そして、同じ心情のものは彼女1人だけではない。
「殺す…」
「最悪だ」
「マジ失望した…」
今にも飛びかかりそうな契約者達が、殺意に満ちた目で見てくる。間違いなく、その瞳には帝誠も映ってしまっている。
「帝誠さん、仲間と、戦うんですか」
「ああ、場合によっては殺すかもしれないな」
「…!なんで、オレのためにそんな」
「“約束”だ。お前との約束。そして、我が“主”との約束でもある」
帝誠は斧を片手に、“四足獣”と対峙する。その目には闘争へと臨む力強さと、仲間と対峙する物悲しさが映っていた。
何故帝誠はここまでオレのために動いてくれるのか…否、何故オレはそんな彼に対して何も出来ていないのか。
「……!」
ブルーシートの隙間から覗く、生気のない目。
こんな死体が、今から幾つも積み上げられるのだ。きっとこれよりも悲しい末路で。同士討ちという悲しい末路で。
「……ダメだろ。そんなの、見たくない」
今のオレに出来ること。それは──────
「っ、来てくれ!アリス!!」
──────愛しき彼女との決別か。




