第90話 延々
「帝誠さん。ここからは、言葉には気をつけてください」
法子の足は鳥の鉤爪へと変化し、オレの首元に突きつけられている。周りに集まっている人集りは戸惑っている者がほとんどであった。しかし、やはり中には帝誠さんを鋭く見つめている者もいた。
「はぁ…法子。三上四季を離せ」
「離しません。今の私は、貴方を頭領として扱っていません」
「そうか──────」
帝誠は手を振り上げる。すると、その手元には高密度の代力が集まり始めた。
「“ミノタウロスの斧”」
ド ズ ン !!
告げられると共に、巨大な斧がすぐ近くの木へと突き刺さる。
「──────全員、そこから動くな」
わざとなのか、ドスの効いた声で言った。それだけでザワついていた人集りが一瞬にして静まり返る。流石に頭領、彼の発言にはそれなりの影響力があるようだが…。
「私は動きますよ。今すぐ…この男は殺すべきです。帝誠さん」
「殺さない」
「“四足獣”のため、そして貴方のためでもあるんです!」
「なら、私のために動け」
「っ、貴方の頭領としての信用を、これ以上無くしたくないと言ってるんです!!…命じるだけで、いや、命じてください…!“この男を殺せ”と!」
法子の語気が強くなる度に、爪先が俺の首元へと食い込み始める。命を握られているような、ゾワゾワとした悪寒が全身を駆け巡っていた。
いくつもの視線が帝誠へと集中している中、帝誠は少し考える仕草をしたかと思うと、すぐにオレの目を見て言った。
「三上四季。悪いな──────」
木に刺さっていた斧を引き抜き、振りかぶりながら。
「──────一旦逃げろ」
あろう事かオレと法子に向かって投擲した。
斧はさながらフリスビーのような円を描きながら、ブォンブォンとオレへと迫る。人々はざわめき、法子すらその行動まで予測できなかったようだが、オレには全て見えていた。
「っ、いいんですね?!逃げますよ!じゃあ!」
法子の拘束からすり抜け、飛んでくる斧の下をくぐり、最短距離で乗ってきたエレベーターへと向かう。
「逃が、すものかぁっ!!“ハーピィの矢羽根”!!」
法子の翼から、羽根が弾丸のように飛ばされた。
が、当然それすらオレには見えている。
“三重視”
勝手にオレがそう名付けたこの能力。
瞳孔が三つになっている右目。それを介して見た視界には、数秒後の現象が重なって見えるから、そう名付けた。先程の話から察するに“ケロベロス”という象物の力ではあるようだが。
「今は、好き勝手使わせてもらいますよ!」
全て見えていた。羽根の軌道、そして立ち塞がる契約者達の姿まで。
「皆、殺して!ソイツは“四足獣”の敵だから!!」
「敵じゃない!全員動くな!」
2人の声が飛び交う。
下っ端らしき人たちは皆戸惑ってばかりで動けず。こういう時に動いてオレの前に立ちはだかる人というのは、やはり優秀な人のようで。
「ヘイ、小僧。ユー悪いやつなんだって?」
立ち塞がるのは無精髭で細身の男。そこから見える未来、彼から見えた攻撃は言うなれば壮絶そのもの。
「触、手…!?」
「ヘイヘイ、何、未来でも見えてんの?でもまあ──────」
秘められていた代力が弾けると、彼から8本もの触手が解き放たれる。
「…!!」
「見えたところで逃げれられんことには変わりないでしょ?ノーウェーイってね」
伸びた触手はエレベーターへの退路を完全に封鎖して見せた。目的はこの場からの逃走。今のオレにやりようはいくらでもあるはずだが…。
「よお、いいのかよ加古。帝誠さんに逆らって」
考えているうちに追っ手は増え続ける。
いつの間にか背後にいた傷だらけの男から即座に離れる。
「別に帝誠さんに歯向かう気はナッシング。でも、そこの子が他所のやつってのは間違いないからね」
「俺にやらせろ」
「リフューズ。お前がやったら殺すだろ?俺はキャプチャーしたいわけ」
「法子は殺せと言ってたけどな」
何やら喧嘩を始める両者。付け入る隙があるとするなら、多分ここくらいだろうと足を進めたその瞬間──────
トスッ
と、丁度踏み出す先に矢が立った。
「なにをしておる。獲物が逃げるところであったぞ」
弓矢を持った半人半馬の男が現れる。
「馬場、ユーはどうしたい?この小僧」
無精髭の男から伸びた触手は、更にその手を伸ばし始める。
「一度動けなくしてから、法子殿に指示を仰ぐのが無難だ。彼女は今冷静ではない。そうであろう?御手洗」
馬の下半身が土を踏み鳴らし、人の上半身が弓を番え、標的を狙う。
「関係ねぇ。俺ら全員でやりたいことすりゃいいじゃねぇか」
傷だらけの男の肉体が、隆々とした筋肉に埋もれ始める。一度空へと逃れることも視野に入れるも…。
「逃がさないで!私もすぐにそこにいく!!」
法子がいるのでは逃れても意味がない。
“逃げる”
この選択肢を捨てる必要があるというのか。
オレにこの人達を殺せと、言うのだろうか。
『いいんじゃないかな?全員悪党だし』
「黙れ。」
囁いてくる“もう一人の自分”の声に一喝し、代力を込める。
死ぬ訳にはいかない。だからと言って、この人たちを殺したくもない。目に全神経を集中させ、突破への活路を探した。
「レッツ──────“雨のクラーケン”」
「──────“門番の百手”ゥ!!」
「──────“駿馬の射抜き”」
三方からの一斉攻撃にオレの身は──────
シ ャ ラ ン
鈴の音と共にその場から消えていた。
「…!?」
気がつくと、オレの体は小さな少女によって抱えられていた。一斉攻撃は完全に回避できており、少女にも、オレにも傷1つとしてついていない。
「な…え?誰」
「……」
「おわっ!」
少女は何も答えず、抱えていたオレを半ば放り出すようにして下ろした。
短い黒髪に猫のように大きな瞳。被っているフードには犬の耳のような意匠が施されている。
「姫」
「姫…?」
「姫…!」
「……」
「え?な、なに、どうしたの?」
姫、追っ手3人組からそう呼ばれていた少女は、何をするでもなくじっとオレの事を見つめていた。
正確には、オレの右の瞳を、じっと──────
ガゴ ッ !!
「…?!」
そして突如、顎に走る鈍い痛みと共に視界は暗転した。
突如…というのは、少女がそんな行動を取る未来など一つも見えなかったからだ。
殴られたのだろう。たかが少女1人にノックアウトされるとは思ってもみなかった。




