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第89話 訪問

 

 暗夜の中、溶けてしまわないようギラギラと輝き続ける繁華街。そんな街の片隅にて、闇の中で密かに建っているあるバーに、オレは向かっていた。


「何トロトロ歩いてるの?早く来なさい」

「…すいません」


 厳しめの口調で言い放った彼女の名は“氷川法子”。契約者が集まる犯罪者組織“四足獣”の構成員である。“青尾”のいる箱庭までオレを連れて行ってくれたのも、この人だ。

 彼女は振り向くや否やオレのことを恨めしい目で睨み、すぐさま視線を前方へと移す。


「もう…なんで帝誠様はこんな奴をウチに招こうとしてるの…」

「あの、帝誠さんは今どこにいるんですか」

「ここのバーで待ち合わせって言われてるの。黙って着いてきなさい」

「……」

「えっ」

「…。」

「…本当に黙るのね」


 法子はオレの様子に戸惑いながらもバーの扉を開けた。

 店内はそれなりに賑わっており、くたびれたスーツ姿だったり、派手なアロハシャツを着込んだ者だったり。見た感じはスタンダードなバーのようだが。


「…いた」


 その姿は嫌でも目に入った。

 カウンターには明らかに他の客とは違った雰囲気を纏ったロングコートの大男が座っている。法子はやはり躊躇うことなく、オレの手を引いてその男の方へとツカツカと歩いた。


「む…法子か」

「帝誠様。連れてきました」

「すまん、助かった」

「まだなんの事情も聞いてません。なんですか、このモヤシみたいなガキは」

「モヤシ…?」

「三上四季という名だ」

「言葉足らずにもほどがあります。意味が分かりません。1年間、どこかも分からない所ほっつき歩いたと思ったら、どこの馬の骨かも分からない契約者連れてきて」

「え?帝誠さん1年間も留守にしてたんですか」

「まあな」

「帝誠さんって、確か組織のトップじゃ…」

「まあな」


 表情も変えずに帝誠は答える。いや、どこか誇らしげか。組織のトップが1年も留守にしてこうして部下に怒られているというのに、何故誇らしげなのか。


「っ、帝誠様と言えど、いい加減に…!」

「まあ聞け、法子」


 帝誠は手で制すでもなく、言葉だけで法子を留まらせた。半ば呆れられているというのに、この人にはそれなりの威厳が残っているようだった。


「私にも目的があった」

「それは貴方の“主”とかいう人を探すためでしょう?」

「ああ、そしてその答えを得て来た。だからこうして戻ってきたのだ」

「それがこの小僧だと…?」

「ああ。三上四季、見せてやれ」

「…?何をですか」

「アレだ。アレ」

「アレ…?」

「言葉足らず過ぎます」

「……眼帯を外せ」


 不服そうな帝誠の顔に後ろ指さされながら、眼帯を外した。眼帯自体はなんの変哲もない物だ。帝誠曰く、重要なのは“今のオレの目”なのだと言う。


「…!!これは──────」


 眼帯を外した、オレの右目を見て法子は目を見開く。

 帝誠が言うにはオレの右目は今、瞳孔が3つになっているらしい。そりゃ驚くことだろう。


「──────まさか、“ケロベロス”ですか?!」

「そうだ」

「…?ケロベロス、ってなんですか?帝誠さん」

「アンタそれが何なのか知らずに契約してるの?!」

「まあ、はい」

「……!」


 絶句された。


「それが、この三上四季をウチに引き入れるワケだ」

「でも、どうやってこんなことに…?」

「それも説明する。だが、話すと少し長くなる。先に“中”入ろう」


 ひと段落ついたのか、帝誠は席を立ち、バーカウンターの向こう…奥にある扉を開けた。そしてそのまま、戸惑うオレなど見向きもせず向こうへと消えていく。

 オレも法子に手を引かれるままに、遅れてついて行った。


 ドアの向こうはエレベーターになっていた。

 どこへと繋がっているのか全く想像出来ない。アンティークなインジケータが示しているのは地下1階だというのに、エレベーターは上昇しているような気がした。


「……」


 多分、帝誠の仕業だろう。


 チン、と針が“B1”で止まると、正面の金属製ゲートが折りたたまれていく。


「うっ──────!?」


 同時に目を刺した陽光に思わず目を閉じてしまう。


 チヨチヨ チヨ


 次に子鳥のさえずり。そして、流れ込んでくる清涼感のある空気が、ここが外であることを確信させた。


「──────ようこそ、我ら“四足獣”の本拠地へ」

「外、ですよね」

「“箱庭”だ」


 芝生を踏み、恐る恐る中へと入った。木が生えている。太陽も出ている。どこからか、川のせせらぎも聞こえる。


「箱庭って、結構どこにでもあるんですか」

「そんなわけないでしょ」

「規模の大きい力を持った象物(ヴィジョン)さえいれば箱庭は形成できる。そう難しい話ではない」

「へー…」

「難しい話ですよ!!」


 “憑景”の箱庭と比べると、どこか閉塞感を感じる。

 予想するに“憑景”のものより少し小さいのだろう。


「…!もしかして“四足獣”にも“九尾の片割れ”が」

「いや、期待しているとこ悪いがいない」

「はぁ…そうですか」

「あのねぇ…箱庭を形成できるだけでも、十分に強い象物(ヴィジョン)なんだからね!」

「なんなんです?その、象物(ヴィジョン)は」

「“ケロベロス”だ。お前が今契約しているものと同個体の」

「…!」

「箱庭を形成できるほど強大な象物(ヴィジョン)は、その力を制御するために“依代(よりしろ)”というものが必要になる。その依代を中心に箱庭は形成されていくのだ」


 話の流れにピンとくる。オレはシャツのボタンを上から外し、胸板を露わにして見せた。

 見ると、そこには小さな割れた石が埋め込まれている。


「…!!」

「これですか。その依代ってのは」

「…ああ、そうだ」


 帝誠が無機質に呟いたと同時に、その胸ぐらが法子に手によって掴み上げられた。


「どういう、ことですか」

「…何がだ」

「“ケロベロス”の依代は、我々“四足獣”の心臓とも言える物!その欠片を、見ず知らずの小僧に渡すなんて…!!」

「……」

「なんとか言ってくださいよ!!」


 そんな法子の叫びに呼応するが如く、いつの間にか周りに人集りができていた。


「頭領…?」

「帝誠様が、帰ってきてる」

「なんだ?誰だあの小僧は」


 法子は集って来た人々に見せつけるように、帝誠の身を木へと叩きつけた。


「見てください…皆、貴方を慕ってついてきた人間です。貴方が留守の間、いなくなった者もいます!ここにいる全員を納得させる言葉を、今!貴方の口から言ってください!!」


 涙を滲ませた瞳に向けて、帝誠はやはり無機質に答える。


「──────1年、留守にしていて、すまない」

「っ、違うでしょう!!」


 法子は半ば投げ飛ばすように、掴んでいた手を離すと、冷たく告げる。


「──────解釈拡大“ハーピィの鉤爪”」


 その足を鋭く尖らせ、爪先をオレの首元に突きつけて見せた。


「もう一度です。次はコイツを殺します」


 怒りと失望に満ちた瞳が帝誠を刺す。

 情けも容赦もそこにはない。

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