第9話 エコーロケーション
自宅よりだいぶ離れた所。
多分、歩いて3時間くらいの所へ、飛んで飛んでの今。周りにはビルが1っつも建っていない郊外を歩いている。
「この辺は随分落ち着いてますね」
「人の通りが少ない。でもこういう所に案外悪い奴らが潜んでたりするんだよね」
「え…もしかして手伝いってのは」
「いいや。流石に君をそういうのに駆り出すと、後で恋花が怖い。もっと安全なやつさ」
「なら急に怖い話しないでください」
「戦うなら、シキが可愛いカッコしてる意味ないものねー」
シロはたい焼き片手に、石垣の横を歩いている。
田舎の風景に近いからだろうか、シロはリラックスした様子であった。
「じゃあ、そろそろ教えてくださいよ。何をするのか」
「勿体ぶってたワケじゃないんだがね…まあ言ってしまえば引きこもりのカウンセラーさ」
「…オレにそんな経験ないですよ」
「ダメ元なんだ。もうその手のプロには頼んだんだけど、どうも上手くいかないらしい」
「じゃあ、この格好で行く理由は」
しゃなりしゃなりと慣れてきた様子で四季は歩いているが、表情は未だ優れない。
「その子は男性恐怖症なんだ」
「なら、なんでわざわざオレなんですか」
「暇そうだったから。上手くいけば美味いメシ奢るからさぁ。頼むよ」
「本当?オシャレなカフェに行きましょ!」
「シロ、この人ならもっと高いところに連れていってくれるよ…ていうか、声でバレるでしょう」
「喋りさえしなけりゃバレないだろ」
「喋らずにどうやってカウンセリングするんですか」
「そこでこれだ」
綾児はタブレット端末を三上に渡した。
端末のスクリーン上では“読み上げ”の機能がハイライトされている。
文字を打って、それを読み上げ機能で読ませることでコミュニケーションを図る算段らしい。
「そんなやつのカウンセリングに説得力あります?」
「正攻法で無理だったからねぇ。まあシロちゃんもいるし何とかしてよ」
「まっかせてちょうだい!」
三上には不安しか無かった。
そうこうしている内に目的地についたのか、綾児は大きな屋敷の前で足を止める。
いきなり3人を出迎えたのは四脚門。
時枝と記された表札が吊るされている。
綾児は躊躇うことなく、端に付いている、場違いなインターホンを押した。
少し遠くでピンポーン、と鳴るのが聞こえる。
数秒もすると、カジュアルなスーツを着た女性が門から顔を出した。
「はいは…またですか石川さん」
「いやーいやいや、ご無沙汰してます貫田さん」
「前回で、もういいと言ったはずですけど」
「ほんとにこれで最後なんで。ほら、最終兵器です。これで無理ならもう諦めますんで」
貫田と呼ばれた女性は、訝しみながら四季を見た。
すぐにため息をつくと、しょうがないといった様子で、門を開けたのだった。
門をくぐると見えたのは、想像した通りの光景で、まさに和の豪邸。庭には岩や石が敷かれている。
「緊張してきたんですけど…」
「分かるよ。初見はビビるよね」
「ねぇ、走り回ってみてもいいかしら」
「何をコソコソと話してるんですか。言っておきますが、前と同じようなことが起こったら、出禁ですからね」
「…前に何したんですか」
「僕がこっそり女装して言ったら泣き叫んで暴れた」
三上の不安はより一層高まった。
3人共々に客間へと案内され、茶菓子を振る舞われた。
が、それらに手をつける前に貫田は本題に入る。
「石川さんはこの部屋から一切出ずに。その2人だけ、部屋に案内しますので」
「あー…付き添いに部屋の前までとかは…」
「ダメです。貴方の場合は視界にすら入れてはなりません」
「センセー、すっごく嫌われてるのね」
「それだけのことはしてる」
「それでは行きましょう──────」
貫田はきっぱりと言うと、すっくと立ち上がった。
シロが茶菓子を物欲しそうに見ているが、三上は構わず手を引いてついて行った。
客間を後にし、庄子が立ち並ぶ廊下を早足で歩いて行く。
「前の1件でウチの子はかなり外の人に敏感ですから、慎重にお願い致します」
「はーい!」
「っ…くれぐれも、大声などは出さぬように」
「…“了解 致しました”」
読み上げ機能の棒読みな声が廊下を響く。
貫田の怪訝な表情を尻目に、音量調整の-ボタンを必死に連打した。
まあいいです、と貫田は一際目立つ木の扉の前で歩みを止める。
「飾音!お客さんが来てます!入りますよ!」
「……っあ、ク……!」
返事は無い。薄ら聞こえる声は、何かに切羽詰まっているようである。
「またゲームですか…たまには、同年代の女の子と話してみるのもいい刺激ですかね」
「…“あの”」
「鍵はかかってませんので、どうぞ。お学校のお話でも聞かせてやってください。」
「“分かりました”…」
「では、私は客間に戻りますので」
貫田の背中が消えるのを確認してから、恐る恐る扉を開いた。真っ暗な部屋の奥に、青白い光を浴びている影が見える。
「ウラドリ来てるって言ってるだろ!!チャット見ろ!このゴミ野良共!!」
カタカタとタイピング音。
ガタガタと体を揺らしながら、画面に向かって何かを言っていた。
シロが怖がるか…と思ったが、何故かシロは輝いた目でその人物を見ている。どうやって話しかけようかと思った直後…。
「カザネンだっ!!」
シロは走り出した。
はしゃいだ声を突然上げて。
丸めた身体に向かい、すぐにその体に飛び込んだのだった。
「え…?!うびゃぁおあぁぁぁぁ!!!!」
影は奇声を上げる。
そりゃそうだ、と三上は止められなかった自分を嘆く。
なるべくパニックにさせないよう、ゆっくりと歩いていった。
「ねぇ!あなたカザネンよね?カザネンよね!」
「えあぁぁ?!な、なんだこの美幼女!こんな業の深いデリバリーした覚えはないゾ!」
「“ごめんなさい。驚かせてしまって”」
「なんだこのゴスロリロボット!なんだこれ!意味わからんどういう状況だ!」
思ったよりも冷静な語彙で小さな少女は慌てる。
ボサボサの黒い長髪にフチの大きなメガネ。
ヨレヨレのTシャツには“ピザ大増殖”と意味不明な文言が記されていた。
「ちょっとチビっちゃった…なに、なんなんだよお前ら」
「“私たちは、あなたが外に出られるように、手助けに来ました”」
「えっ?…あー、そういうことね。はいはい」
「ねぇカザネン!マジカルクナイ見せて!」
「良かったアッチの人ね。はいーマジカルクナーイ」
「何それ。もっと真面目にやってよ」
「…ファンサも疲れんだよクソガキ」
はぁ、と疲れた様子で画面に向き直る。
画面には何やら銃火器が映った物騒な光景が広がっていた。
「もしかして、カザネンじゃない…?」
「明光院飾音、12歳でーす。キャピ☆……いや、一応本人だけど。もう黒歴史だよあんなの。思い出させんな恥ずかしい」
「むぅ…」
「あー…悪かったよ。一旦この試合終わったら、ちゃんと見せてやるからさ」
「“あなたは 魔法くノ一、マジカルカザネンさんですか?”」
「読み上げられると羞恥がMAXなんだけど。そーだヨ…私が演じてた役だけど、それが何か」
不機嫌な表情で答えた。
あの番組から何年経っているのかは知らないが、確かに成長したカザネンの面影があるような気がした。
「どーせ上のヤツらからの依頼だろ?私は出る気ないって言っといてよ。ほら、忙しいからサ」
「何やってるの?」
「銃でバンバン撃って人殺すゲーム。良い子はやっちゃダメだゾ☆」
「カザネンだ!」
「“引きこもってないで外に出ませんか?”」
「お前カウンセリングの才能ねぇぞ。そんなオブラートに包まない言い方じゃ引きこもりは外でねーよ」
「“ゲームより散歩した方が楽しいですよ”」
「間接的になっただけで、よりキツい言い方なんだが…あ、負けた」
画面が落ち着いた風景に変わると、飾音はこちらに目を向けてくれた。目の下には深いクマが出来ている。
「ふぅ……で、アンタら何したら帰ってくれんの?」
「えーとね、マジカルクナイ!」
「はぁ…一念通天!マジカルクナイを食らいなさい!」
「きゃー♡いちねんつーてーん♡」
飾音がビシりとポーズを決めると、ぱちぱちと拍手が起こった。
だいぶ無茶な体勢なのか、膝がプルプルと震えている。
「どーだ満足だろ!」
「うん!ありがとー!」
「よし、嬢ちゃんは終わりな。あとはゴスロリロボのチャンネー。アンタは何したら帰ってくるくれんの」
「“三上四季と申します”」
「シロですっ!」
「はいはいシロちゃんに四季ちゃんネ。何したらいい?さっさと終わらして早くゲームしたいんだけど」
すぐ横にあったスナック菓子を開けた。
めんどくさかっている割には、こちらの話をしっかり聞く姿勢だ。怯えた様子もない、話に聞くほど、外に出られない性格ではないように見えた。
「“なんで部屋にこもりっぱなしなんですか”」
「あー?男が怖いからだよ。聞いてんだろ?」
「“きっかけを聞いてもいいですか”」
「カザネンとしての握手会の時に、大きなお友達に紛れて、刺して来ようとしてきたヤベェ男がいてな。それがトラウマ。男が怖ぇんだ」
「“その時は大丈夫だったんですか”」
「まあな。ちょうど警備が手薄になった瞬間だったけど、なんとか。でも、タイミングが悪かったんだよなぁ…」
気にしていないように、アッサリと話した。
「平気そうに見えんだろ。でも外に出た途端、マジで動けなくなるから。男を見るのさえムリ」
飾音は言いながら、膝の上で手のひらをギュッと握りしめる。三上の性別に気づく気配はまだ無い。
「つーか大体、遅かれ早かれこうなってたんだよな。学校では虐められてたし」
「なんで?カザネンは人気者でしょ?」
「現実はそうもいかねぇ…てか、カザネンとして成功してたのも、別に私の才能じゃないしな」
「“どういうことですか?”」
「貫田だよ。あの人が優秀だったから、私はあそこまでやれてたんだ。刺されかけた時だって、私を守ったのはあの人だ。全部は私じゃなくて、あの人の功績なんだよ」
「“そんなことないと思う”」
「そうか?でも男が大丈夫になったって、私にはうまくやってく自信がねぇ。外に出たってきっとすぐこの部屋に出戻りだ」
飾音は自嘲気味に話す。
頭の中では分かっていても、体ではどうしようもないようだ。よっぽど心に傷を負っているのだろう。
だが、笑い話のように話すその様子に、シロはわなわなと肩を震わせていた。
「──────そんなの、カザネンじゃないもん!」
「“シロ、落ち着いて”」
「カザネンは!強くてカッコよくて、皆の人気者なのっ!嘘つかないで!」
「…悪いね。これが本物のカザネンなの」
「むーっ!怖いなら私がついて行ってあげるから!元に戻ってよ!カザネン!」
「元にって、カザネンってのはそもそも私の役で…」
「うるさいっ!シキもなんか言ってやってよ!」
「…“オレも自分には自信ない方だけど、周りの人に手を借りながら何とかやっていってるよ”」
「…オレ?」
ピクリと何かに気づいたように眉をひそめた。
そして、その視線が三上の服の細部までに巡らされる。服の質感や刺繍、果てには匂いまで。飾音は脳裏には、何かが過ぎった。
「“な” “なんですか”」
「お前、まさか、いや、そんな、ええ…?」
三上も当然、その変化を察した。
「…やっぱそうだその服…!!あのキモヒゲゴリラと同じやつ!」
「キモヒゲゴリラ?」
「“大体察しはつく”」
「お、男かよ…マジ?ああ、あああ!頭、痛くなってきた…!」
キキッ キキッ キキッ
甲高い鳴き声が、天井から聞こえてくる。
危険を察知した三上はすっくと立ち上がり、部屋から出ようとする。
「なんで、テメェみたいのばっか、私の方に!!」
だが、その退路を防ぐ無数の黒い影が上方から降り注いできた。
皮膜の張った黒い翼に鋭い牙、そして爪。
それはまさしく──────。
「コウ、モリ…?」
「シキ!目の前!」
「私の部屋から、出ていけぇーー!!」
目に見えない衝撃波が三上を襲った。