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第88話 瓦解

「四季くん…?」


 薄く微笑む三上を見て、桐緒は眉をひそめた。最後に会ったのは、“箱庭”から彼が去る直前。その時と比べるとまるで別人だった。体の重心の運び方から、その身から発せられる雰囲気まで。はっきりとは現れない。だが、何から何まで変わっていた。


「俺は俺だよ。桐緒くん」

「…ハニーが、恋花が君を待ってる。頼むから、“憑景(ウチ)”に戻ってきてくれないかな」

「恋花が?それは、俺に関係ないね」

「お願いだ!君が消えてから、恋花は笑わなくなった。ずっと部屋に引きこもってばかりで…」

「桐緒くんの許嫁なんだろ?桐緒がなんとかすればいい」


 涼しい顔で告げる。そんな三上の言葉に、桐緒は悔しそうに顔を歪め、声を絞り出す。


「っ…俺じゃ、ダメなんだ!俺の言葉じゃ、俺の何かじゃ、あの子を笑わせてやれない!だから…!」

「……はぁ、そんなだからダメなんだよ」


 呆れたように、三上は続けた。


「知ってるよ?翔真がいた時も、君は何もしなかったんだって。恋花が笑うならそれでいいって。そんなのに甘んじてるから、君は──────」


 ヒ ュ ガ ッ !


 流れるような回し蹴りは、直前で三上の腕によって受け止められる。


「図星?」

「…悪ィ、四季くん。今の俺はえらく気が立ってるみたいなンだわ」


 桐緒は声を荒げない。

 しかし、静かに怒りの表情を露わにしていた。


「悪いけど力づくだ。恋花のために、君を連れて帰るよ…!」


 表情を見た三上は笑う。不思議とそれは、喜びの感情にも見えた。


「出来るなら、いいよ」


 余裕の様子で振り払い、互いに距離を取ると、2人は慣れた文言を口に出す。それは開戦の合図のように。それは己を鼓舞する激励のように。


「──────解釈拡大」


 三上四季は告げ、ここにはいない象物(ヴィジョン)の力を身に纏う。


 “九尾”シロの力。

 彼から伸びていたのは、二本の白尾である。“霊樹”によって“風間式”と認識された彼は、いつどこであろうと“霊樹”の力を行使できる。それはつまり、あらゆる象物(ヴィジョン)といつでも強制契約することができ、いつでもその力を引き出すことができるということ。


「──────契約!!」


 星衛桐緒は叫び、己の血を依り代として辺りを漂っている“霊芥(オーブ)”と契約する。“霊芥(オーブ)”とは、人によって認知されることなく、象物(ヴィジョン)として昇華できなかった“成り損ない”の存在。契約したところで雀の涙ほどの代力を蓄えるに過ぎない。


 ──────意味の無い行動。だがそれは、桐緒にとっては戦い前のルーティンである。


「「……!」」


 かくして、両者は対峙する。頂点と底辺。しかし、強者と強者であることには変わりなかった。


「っ、るぁあ゛あ゛!!」


 獣の咆哮と共に桐緒は動き出した。

 人間でありながら四足で、走る。なんの合図もなく走り出したその姿は、常人ならざる様相であった。


「…凄まじいね」


 ほとんど自前の代力だけで強化されたであろうその動きに、三上は感嘆する。名家の人間でありながら、名家の象物(ヴィジョン)に頼ることないその姿勢に。


「ぜああぁぁっ!!」


 近づき、満を持して放たれたのは脳天に向けての踵落とし。ただし、その一撃は容易に人を絶命させる威力である。


 その一撃を、三上は二本の白尾をもってして受け止めた。そして、そのまま尾の矛先を桐緒へと向ける。


「死なないでね」


 ヒュ、と風を切る音が連続する。


 二本の尾が何度もうねり、桐緒を貫かんと乱れ放たれる。その全てが一撃必殺でありながら、虚を貫き続ける。

 その中を桐緒は避け続けていた。


「…!凄い、ホントに何しても当たらないんだね」

「な、に、笑ってるんだよっ!!」


 尾の間隙を抜ける、鋭い蹴撃が三上を襲う──────!


「っ?!」


 四季はただその攻撃を避ける。

 その行動に桐緒は違和感を覚えた。見て避けたのではなく、蹴りが放たれるより前に動いていたからだ。まるで“未来”が見えていたかのように。


「ごめん。殺しはしないけど…」


 申し訳なさそうな顔で、矛先を向けた。


「っ──────ふざけんな!!俺に勝つやつがぁー!!」


 それが桐緒の逆鱗に触れた。どうせ負けるのだ、イッパツ思い切りぶん殴ってやると、拳を握った。


「負けるヤツの顔してんじゃねぇ!!」

「…そう、だね」


 バ ヂ ン !!


 尾が叩くと、床にめり込んでしまうほどの勢いで桐緒の体は叩き落とされた。

 宣言通り、桐緒は四肢を保ったまま意識を失い…


「まだ、だ」


 …かけた。


「…?!ま、まだ起きてるの。凄いね」

「恋花が、笑えねぇ、んだよ」

「ずっと、桐緒くんはそうなんだね。よかった」

「なにを…言ってる」

「…大丈夫。俺なんかいなくても、皆はきっと幸せになれるから」

「あ…?」


 桐緒はその瞬間に“三上四季”を見た。いつも自分に自信が持てていない、いつも人を優先して動いている本当の彼を。


「君、やっぱ四季くんなんじゃん」

「──────忘れて」


 バチン、と二撃目によって今度こそ桐緒の意識はシャットダウンした。

 ボロボロになった畳。静寂の中、部屋を吹き抜ける吹雪に吹かれ、三上は一人嘆息する。


「はぁ…はぁ……!」


 そんな荒れた空間に、ボロボロの男が一人、床に空いた穴から這い上がって来た。


「…翔真」

「三上、四季ィ…!お前、何が目的だァ!!」

「…聞きたいの?」

「俺の邪魔したんだ!それ相応の理由がなけりゃ、許せねぇだろ…!なぁ、おい!答えろ!」


 三上は怒気の混じった声を無視して、尻尾で 桐緒を拾い上げる。少し考えたと思うと、もう一本の尾で桐緒を包み始めた。


「大丈夫。できるだけ全部元通りにするから」

「あ…?」

「それが翔真の望みでしょ?」

「っ、ふざけんな。俺の望みだ!誰がテメェに任せたなんて言った!」


 “何か”の工程が終わると、三上は桐緒を下ろし、踵を返す。


「ま、待て!まだ話は済んじゃいねぇ!」

「無理だよ。もう話は終わり」


 そう言うと三上は指をさす。

 指した先には、壁に空いた大きな穴。そこには吹き飛ばしたアオと綾児がいるはずだった。


「主を失った“箱庭”はいずれ崩れる。皆連れて離れた方がいいよ」

「っ、待て、待て!お前が三上四季なんだとしたら、“風間式”はどうなった!」


 歪み始めた空間の中、去ろうとする三上に言葉を投げかける。自分たちが丹精込めて育てた人形が何に成ったのか、聞く必要があった。


「いるよ。俺の中に」

「っ、な──────」


 それ以上は何も答えず。

 三上四季は豪雪の中へと飛び去って行った。


 〜〜〜〜〜〜


 城は崩れ、空間は消え失せる。跡形もなく。しかし、その場にいた誰もが何かを得て、何かを失った。それがどれだけ重要なものだったのか、豪雪の中じゃ誰にも分からなかった。


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