第87話 飛来
“巫女”
契約者の中でも極めて特異な“霊樹”と契約できる家系“時枝”。その本家の中でも最も“霊樹”との親和性が高い契約者。真なる“巫女”は“霊樹”と交信することができ、その声を聞くことが出来るという。
「…!」
時枝飾音は今、この瞬間に“霊樹”との契約を再開した。飾音の頭には10年のブランクを経て、“霊樹”に封印されていた“九尾の能力によって消された記録”が流れ込んでいた。存在していたはずの“対妖の衆”や“風間家”について。“霊樹”が根を介して知ったあらゆる情報を、飾音の意思に関係なく強制的に理解させられていた。
情報の奔流。飾音は眉を一つも動かさず、全てを受け入れていた。
「──────っ!やべっ、“視すぎた”」
飾音は唐突に見開いていた目を閉じると、苦しげな表情で頭を押さえた。
「飾音様、大丈夫ですか」
「あったま痛てぇ…久々にやると上手くいかねぇな」
本来なら廃人になってもおかしくは無い状況を、飾音は頭痛で済ませる。
「なんだ、何をやった?」
「大したことじゃねぇよ…えと、雷進矢?」
「…!てめぇ…」
「男として育てられたんだって?苦労するよなぁ、親に色々押し付けられるってのもよ」
「知った口聞いてんじゃねぇ!!てめぇに、てめぇに何が分かる」
「まあ“霊樹”の記録を見ただけだからな…でも、もう雷家はねぇんだ。そんなに気にすることじゃないんじゃねぇか?」
「適当言いやがって…!」
「はは、男だ女だでキレてたのはそういうワケ…でも残念ながら、“対妖の衆”はもう無いんだろ?」
「これから復活する。させんだよ!雷家も出雲家も!黒幕ぶっ殺して!“九尾”の力で、“対妖”も何もかも元の通りにする!」
カミナリが地を踏んだと同時に、辺り一帯は赤い結晶により侵食され始めた。
「なるほど。お前らそういう魂胆だったんだな」
「分かったかよ。なら、テメェの知ってること全部話せ!話せねぇなら、ここで殺す!!」
「殺す、殺すって、血の気の多いヤツ…っと、悪いけどお前の相手してる暇なさそうだ」
「あ…?」
「──────来る。ヤバそうなヤツが」
一際強く吹いた風は、吹雪はかき乱した。
飾音は“霊樹”を通して他の者達よりも早く感じ取っていた。混沌とした城内の全てを飲み込んでしまうほどの力を持つ契約者の襲来を。
「おいおい。誰だよ。このバケモノは」
だが、どこまでも静かで、どこまでも強大なそれがなんなのか、飾音には分からなかった。
〜〜〜〜〜〜
中心城、最上階。
混沌とした三つ巴に静寂が訪れていた。
強大な戦闘能力を持った三方が警戒していたのは、その場にいた誰でもなく。
(この感じ…“九尾”ではない)
(誰だ…?ここまでの代力、心当たりがないが)
(また邪魔もんが増えやがる…)
それぞれが思考し、探るのは遠方より来たるたった一つの気配。その強大な代力にあてられると、アオの形成していた空間に異変が生じ始めていた。
城は歪み、くねり、迷宮のように形を変える。
その感覚に、その場にいた全員が同じ名前を思い浮かべていた。
((薄川帝誠…!))
象物“ミノタウロス”と契約し、空間を迷宮化する力を持った手練の契約者──────だが、どれもが更なる混沌を想像する中
「…違う」
出雲翔真だけが違和感を感じていた。
ド ズ ン !!
そして、衝撃波を生み出し、それは最上階へと降り立つ。
神父の祭服にも似た黒いロングコート、“四足獣”特有の三つ首の獣が記されたエンブレム、そして、その身の丈を超えてしまうほどに大きな、2m級の巨斧。
「……いた」
現れた青年は呟く。
固まった表情で動けないアオを見て。
「し──────」
「アオ、避けろ!!」
キ ュ ド ン !!
爆発にも似た炸裂音。
いつの間にか青年の手から巨斧は消え、綾児の横にいたはずのアオは斧と共に壁に埋まっていた。
その異様な瞬間に、翔真は危機感を覚えた。
「っ、イチ“かみなり”!!」
龍の咆哮と共に雷鳴が鳴り響くと、ドンピシャリと、どこからともなく雷撃の槍が青年を襲う──────!!
「……!」
虚空を眺めながらステップを踏んだと思うと、青年の体は雷の間を縫うように進んで行った。無傷、全くのノーダメージで青年は雷の弾幕を抜けた。
いとも容易くやってのけるその姿に、翔真は眉を顰める。
「お、お前、どっちだ?」
「どっちもだよ。翔真」
その刹那に翔真は青年の瞳を見た。1つの瞳の中に収まった、3つの瞳孔を。それはかつて翔真が葬った契約者の能力──────先代の“四足獣”の頭領が持っていたはずの力。
「誰、だ」
「“ミノタウロスの斧”──────」
無尽蔵と錯覚してしまうほど。
「──────四連」
彼が宿す代力は膨れ上がっていく。
「っ!イチ!“うろこ”!!」
ガギゴン ッ!!
振り下ろされた4つの巨斧は、展開された防御壁ごと押し潰し、翔真の姿をその身ごと下の階へと押し込んでいってしまった。
あっという間に三つ巴は崩壊し、彼の前に立っていたのはもう1人しか残っておらず。銀の長髪を揺らし、残った桐緒は怪訝な顔で尋ねる。
「君、四季くんか?」
「さあ?どうだろうね」
薄く微笑み、三上四季はそう答えた。
瞳に3つの光を宿しながら。




