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第84話 虚ろの契約

 

 ()()()、最上階から一階層下。

 三つの人影はそこで出会った。


「あ」

「「あ」」


 石川綾児、羽鳥幸奈、そして烏丸太介。彼らは互いに無警戒の状態のまま出会い、そして何気なく会話を始める。


「石川先生。よくぞご無事で」

「君達こそ、よく無事だった。他の皆がどこにいるか分かるかい?」

「いえ、私と太助は転送された位置が同じだっただけで、まだ誰とも。茶誉様の幸運ならば直ぐに合流出来ると思ったのですが、どうも上手くいっていないようで」

「あー…大丈夫なのかね。茶誉くんは。ずって休んでないみたいじゃないか」

「休んでないのはいつも通りなんです…むしろ、いつも通り過ぎて怖いくらい。石川先生は、茶誉様から何か感じられませんでしたか?」

「……へっ?なんで僕にそんなこと聞くんだい」

「石川先生だからです」


 石川綾児。

 名家とは呼ばれないものの、代々受け継いできた由緒正しき契約者の家系。その長男である。空木や星衛の陰に隠れてこそいるものの、その契約者としての腕は確かなもの。綾児自身、ある時は“天童”と呼ばれるほどであった。


 彼は契約者として駆け出しだった頃の茶誉を指導していた時期があった。


「…どうでしょうか」

「あー、ははっ。そんな期待に満ちた眼差しを向けられてもね。僕から見ても彼女はいつも通りに見えたよ。大丈夫なんじゃないかな」

「そう、ですか…」

「ほ、ほらこんな敵地のど真ん中でするような話じゃあないよ」


 笑い、誤魔化しながらも綾児は2人を先導する。

 なんでそうやって僕を頼るんだ──────


 チリン チリン


 そんな思考を遮るように、鈴の音が鳴った。


「……今の音。どこからだった?」

「へ?何の音ですか」

「気のせいならいいんだが…いや、気のせいじゃないね」


 スッ、と上の階へと消えていく少女の姿を、綾児は目撃する。ここに転送される前に見た吹雪の中で笑う少女。恐らくは、この状況の元凶。


「っ、いや、だがしかし…」

「先生」

「石川先生。どうされましたか」


 “霊樹”ほどの規模では無いにしろ、箱庭を形成出来るほどの象物(ヴィジョン)、九尾の片割れ。一介の契約者が三人揃ったとて勝てる見込みがあるとは限らない。だが、綾児は何かの衝動に突き動かされるように行動した。


「行きましょう。上の階です」

「…?はい。上の階ですか?」


 返答はしない。綾児はもう、上に行くことしか考えていなかった。


 〜〜〜〜〜〜


 桐緒を下した翔真は、上を目指していた。

 彼やカミナリ達がここへ来た目的の1つは“九尾の片割れの確保”

 ここにそれがいることは来る前から分かっていた。だがしかし、予想外だったのは“憑景”の契約者までここに来ていたこと。


「責任だなんだでいつも足踏みしている連中が、なんでこんな時に限って…!」


 スパイがいなくなった以上、あちらの動向が把握しきれない。殺すのではなかった、と歯噛みながらも階段を上がった。目指すは城の最上階。そこに“九尾の片割れ”がいる──────


 チリン チリン

『フフ…』


 ──────頭に響く音。


 それと同時に、翔真は最上階へとたどり着いた。


「なんだ?」


 大きな引き戸を開けると、広がったのは畳が敷き詰められた部屋。赤く染まった畳、濃い血の匂いからして、誰かが死んでいる。


 知らない契約者が2人、腹を貫かれて絶命していた。


 そして、その作られた血溜まりの中心に立っていたのは…。


「石川、先生」

「……はぁ」


 かつての恩師が虚ろな目で立っていた。奇妙な光景に、翔真は一瞬だけ目を疑う。恐らく綾児がこの2人をやったのだ。


「あぁ、高澄翔真くんじゃないか」

「お久しぶりです。いつ以来ですかね」

「あー、さあね?ぼかぁそんなに覚えてないよ」


 思ったよりも気さくに話しかけてくる。だが、過去にどんな接点があろうと“憑景”側の契約者であるというのは変わらない。翔真はすぐさま臨戦態勢をとった。


「悪いですけど、思い出話に花を咲かせる気はありませんよ」

「……そっか。そりゃそうだ」

「イチ、“たつま──────」


 ザワリ

 その瞬間に、翔真は辺り一帯が何かに支配される感覚に陥った。それは嫌という程味わってきた最悪の感覚。


「じゃあ君も死のうか」


 “死”の()


「“うろこ”──────っ、!!」


 目の前から超速度で接近してきた“なにか”に対し、翔真は咄嗟の防御行動をとる。


 キ ュ バ ッ !!


 “なにか”はその防御を容易く崩し、翔真の身を一瞬にして大きく後ろに突き飛ばした。


 畳に上を数度転がり、顔上げたところでようやく翔真は“なにか”を視界に収める。


「2本、青い尻尾…!」

「ひ、ひひゃひゃ…!どうだい、これでようやく僕は君らと同じ土俵に立ったわけだ!サイコー!!」


 2本の青い尻尾は他でもない綾児の背後から伸びている。そして、その背後から躍り出る一つの小さな影。見た瞬間、翔真は総毛立つような感覚に襲われた。


「ふむ。やはり出雲翔真だったか。姓が変わっておるから別人かと思ったぞ」

「その、口調…!喋り方…!」


 翔真は、九尾の片割れには、元となった“風間子色”と“ 九尾”から色濃く受け継いだ“何か”がそれぞれ必ずあるという仮説を立てていた。


 “童の足跡”の所有するアカは“九尾の代力”

 翔真の持つクロは“風間子色の性格”


 そして今、目の前にいる青い尾。彼女にも色濃く継いだ何かがあるとするなら。箱庭を作り出せてしまうほどの、象物(ヴィジョン)としての感覚を色濃く受け継いだこの片割れはまさしく…。


「“九尾の性格”…いや、お前は“九尾そのもの”か!テメェ、何をしてやがる!!」

「なにも。ただ目の前にいた邪魔な人間を2人ほど駆除しただけだよ。なぁ綾児」

「ああ、そうだね。僕らの邪魔をするコイツらが悪いのさ。ただそれだけ、そうだろ?」


 陶酔しきった綾児の瞳に、翔真が映ることはなかった。

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