第83話 シンパシー
“雷 進矢”
それがカミナリの本当の名であった。
契約者たる者、強くあるべし。
雷坂家は実力至上主義であり、雷坂家の中でも最強とされる者こそが当主として相応しいとされていた。
ある時、雷坂家当主の妻、雷坂真矢が子を宿す。
3兄弟の更に末子に当たる4人目の子。その子は胎児でありながら、当主を上回る代力を秘めていた。
「この子こそ、次期当主に相応しい!!」
当主は嬉々として叫び、名を付けた。
胎児の性別など確認もせずに。
〜〜〜〜〜〜
「よお、小娘…聞いてっか?」
カミナリは怒りを帯びた声色で話しかける。
視線の先、その手が握っているのは吊り下げられた飾音の姿。“変身”は完全に解けており、全身に打ち付けられたようなキズを負っている。
「男だ女だ関係ねぇ。ウチはウチだ。そうだろ」
「う、ぅ…」
返答のない飾音に、カミナリは蹴りを入れる。
「聞いてんのかって」
「う…るせぇ…関係ないって思ってるなら、何にキレてんだよバーカ」
「……確かにな」
鼻で笑い、持っていた金棒を掲げる。
「でもお前は気に入らねぇから殺す」
「へへっ…そうかよ」
飾音は弱々しく上げた手で、カミナリの金棒を指さした。
「“共振爆”」
飛んでいた“野衾”達が金棒に向けて一斉に超音波を飛ばす。飾音自身が“金属”と解釈した物を、宿っている代力に応じて爆発させる能力。
飾音は受けた攻撃から、金棒に宿った代力は尋常ではないと判断。それは捨て身の攻撃であった。
「っ──────?!」
が、しかし、爆発しない金棒。起きた変化と言えば、わずかにひび割れただけであった。
「その“解釈”。宿った代力の量で爆発の規模が変わるんだろ?ウチの金棒には無意味だ」
そう話すまでに、金棒のひび割れは完全に消えていた。
「“鬼の金棒”は持った者の代力総量が多いほど、威力が上がるって“解釈”だ。金棒自体には代力はほとんど宿ってねぇ」
「…っ、あっ、そ」
「おいおい強がるなって。顔が引きつってんぞ」
掴まれたまま動けない飾音に対し、カミナリはニヤリと口角を上げる。
「謝罪しろ。そしたら楽に殺してやる」
「…バカが。謝らなかったらなぶり殺しってことだろ?ワンチャン生き残るじゃねぇか」
ド ゴ ッ
「次は金棒でいく…謝罪したらなぶり殺しにしてやる」
「ゴホッ…今気づいたぜその口悪い喋り方。わざと男っぽくして喋ってんだろ。女だって、舐められないように」
「…歯ぁ食いしばれ」
ゴ キ ャ !
何かが砕ける音と共に飾音の身体はくの字に折れ曲がり、吹き飛んだ。
「はぁ、ぁ……お前が、どんな苦労してきた、か、知らねぇが、色々よ、無視した方が、気楽だぜ」
立ち上がることも出来ないでいる飾音の方へ、カミナリは金棒を引きずりながら歩いていく。
ガリガリガリガリ
金属は床に傷を付けながら引きずられる。そして…
「──────黙って死ね」
カミナリが告げると同時に、振り下ろされた。
〜〜〜〜〜〜
「──────綾児!巫女様!」
叫んだ時にはもう遅く、吹雪とともに視界は知らむ。気づけばそこは、別の場所になっていた。
「またこのパターンか。面倒じゃの」
やれやれ、と腕を組む。
飛鳥茶誉の心中は他の面々に比べ、穏やかなものであった。茶誉は名家の人間の中でも、最も数多くの任務をこなしてきた人間であり、大人の術者であれど、誰もが彼女を一人前と認めるほどであった。そして、そのことは彼女自身も自覚していた。自分は立派な契約者である、と。
「ふふ、誰やろうな。こないな酔狂なことしてくれたんは」
そんな彼女の虚を突くように。鈴玉を転がしたような笑い声が部屋を響き渡った。
「また会うたなぁ。茶誉ちゃん」
「…いつかの、精神操作のやつか」
「怖い顔。まだそんなこと言うてんの?私は杞憂。雨宮のキユちゃんや。思い出せるやろ?」
「っ、またか貴様…!」
記憶が流れてくる。初めて会って以来、ずっと頭の中にこびり付いている記憶が。
『茶誉ちゃんならいける。絶対できんで。自信もって』
覚えのない、小さな少女との記憶が。
「この、厄介な“解釈”を解け!わしにぶっ飛ばされたくなかったら、今すぐに!」
「え〜、どうしよっかな〜」
「ワシは飛鳥家の次期当主じゃ!戦いたくなければ、今すぐに解くんじゃ!」
「そんなん言うても。私の“解釈”やないし。そもそも、それ“解釈”やあらへんで」
「は…?じゃあ何なんじゃこれは。答えろ」
象物“白鵠”を展開し、茶誉は毅然とした態度で杞憂を睨んだ。
「どっ、おっ、しよっか──────」
「答えろと言ったら答えろ!ワシは気が短い」
「ひえーへへ、知っとるよ。昔からそうやったねえ」
「答えろと言っとる!」
「き、お、く。茶誉ちゃんは力強いから、ちょっとしたきっかけで記憶取り戻しとる。それだけや」
「は?記憶じゃと?」
「そ。“九尾”が消した世界中の記憶。“対妖の衆”が存在してた時の記憶や。分かる?」
「っ、たい、よう…?」
聞いた事のないはずの言葉が、するりと頭の中に入ってくる。まるで聞き馴染みのある言葉かのように。それを合図に、また記憶がなだれ込んできた。
『お父様も、お母様も、皆死んじゃえばいい…!』
その怨嗟の言葉を紡いだのは、茶誉自身の声だった。
「っ…?!わ、私…?」
「…茶誉ちゃん嫌いやったやろ?お父さんもお母さんも」
「ち、違う。お父様もお母様も、私によくしてくれた人じゃ!誰よりも、尊敬できる人じゃ!」
「あの頃の茶誉ちゃんは病気でずっと寝たきりやった。任務は一つもできん。それで疎んでた周りの人間を、ひいては自分の運命をも呪ったんよね?」
「そんな、ことは、断じてない…!わしの両親はもう共にこの世にはおらんが…立派な…」
記憶の中で父は言う。
『茶も汲めんのか。この役たたずは…!』
記憶の中で母は言う。
『アンタは大ハズレやったみたいね』
不可解だった謎の記憶が、杞憂の言葉で現実味を帯び出してきた。否定しようとする茶誉から反するように、記憶はくっきりと浮かんでくる。
そして、茶誉の中で、何か不穏な影が形を作り出した。
「茶誉っていう名前はな、女に生まれて、お茶汲みをすることに誉れを見出すようにー、言うて付けられた名前よ。そう、あの日お母さんに聞いたんよね?」
「あの日…!違う、そんなこと、覚えていない…!」
『なのにアンタは、それすら出来んなんて。もう手がつけられん!』
茶誉の中の影は人の形に変わり始め、やがて──────。
「それで茶誉ちゃんは?どうしたんやっけ?」
「何も、何もしとらん!!わしは何もしとらん!!」
「ダメやん。オチまで言わな。ほら、ほら」
「わしは、私は…」
『クソババア、死ねや』
──────影は、血まみれになった茶誉の姿へと変貌した。
「お母さんを刺し殺した、やんな?」
「ひっ…!嘘、嘘じゃ!そんなことしとらん!お母さんは、ワシと同じで病弱で!それで死んだんじゃ!」
「いやぁ〜?そんなことないで。考えてみ?証拠やないけどその印に、ほら〜」
雨宮杞憂は細い目を見開いて、指さした。目の前の絶望した少女を。
「最近お父さん死んだのに、なーんも悲しくないやろ」
「……へっ?」
「な?」
茶誉の頭の中には鮮明に、その時の光景が流れていた。簪を実の母親の喉元に突き立てた瞬間。ズブ、と沈んでいく感触が腕に伝わっていたこと。
『アンっ、タなんかっ、生まなきゃ、良かった』
『きしょいんやね、最期まで』
突き立てて微笑んだ。部屋にあった姿見が写したのは、達成感に満ちた己の顔。血に濡れた己の顔──────。
「あ……あ……あ…?」
そして、ちょうどそこから先だった。
全てが書き換えられた瞬間は。




