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第81話 空白

 怒号が響き渡り、桐緒は走り去る翔真の後を追った。江戸の城下町を銀の長髪が疾走していく。みるみる遠くなっていく後ろ姿に、思わず綾児は頭を抱えた。


「こ、れは…あー、どうしますか?」

「追っかけるに決まってんだろ!あの男が誰かは知らんが、ロンゲを1人にするわけにはいかん!」

「まぁ、そうしますか──────って、あら?」


 桐緒を追おうと走り出そうとしたその時である。降り注いでいた雪の勢いが増し始めた。ちょうど先程までいた“外”と同じくらいの勢いにまで。


「っ、まずい。見失うぞ!」

「あっ、ちょっと待ってください!あんまり離れると」

「巫女様?!綾児?!どこじゃ!!」


 なおも勢いはとどまることを知らず。3人の視界を埋め尽くすほどに、白は広がっていく。そして、とうとう町の景色の一切が見えなった頃…。


『──────アハハッ』


 全員の目には、小さな影の通り過ぎる姿が映っていた。


 〜〜〜〜〜〜


「──────?!」


 星衛桐緒は足を止める。

 先程まで地を踏んでいたはずの足はいつの間にか畳を踏んでいる。感じていた風の流れ、雪の冷たさもどこへやら。いつの間にか室内に移動していた。


「ここは、パイセンの言ってた城の中──────!!」


 咄嗟に状況を把握しようと考えるが、そんな思考は一瞬の内に消え失せる。幸運なことに、まだ目の前に奴がいた。好敵手とも言うべき男、高澄翔真が。


「翔真ぁ!なに逃げてんだよぉ、おぉい!!」

「るせぇな…なんでテメェまでいやがる…!」

「っ、やっぱ本物じゃねぇか…ククッ、そうだよな。お前がそんな簡単に死ぬはずがねぇ」


 翔真も困惑したような表情をしていた。今のこの状況、誰にも予想できたものでは無い。そんな不安定な状況の中でも、桐緒を躊躇いなく己の腕をナイフで切り裂く。


「“契約”──────筋力強化」


 桐緒の血液が撒かれると、彼の周囲を小さな光球が囲み始める。


「“霊芥(オーブ)”…?馬鹿かお前」

「俺は大真面目だぜ。あの日“シロ”が暴走した日、俺の象物(ヴィジョン)が消されたあの日…!忘れちゃいねぇ。忘れるわけがねぇだろ…!あの時の決着つける日を、今の今まで待ってたんだよ」

「何をとち狂ったらそんな戦い方になる」

「あの日の再現だ。“霊芥(オーブ)”レベルの力でお前を倒せばよぉ…あの日の勝負も、俺が勝ってたって、言えるだろ?」

「は?……くだらねぇ」

「ほら出せよ。お前の象物(ヴィジョン)。今は“クロ”って呼んでるんだったか?」

「あの日の俺とは…見てるものが違う──────」


 桐緒を一瞥したかと思うと、翔真の周りに何かが現れる。出現、それだけで人一倍の胆力を持つ桐緒ですら、緊張を感じていた。揺れる空気が、ギザギザになったような感覚。そして、それは現れた。


「悪いが“クロ”は留守番だ。今度は上手く、手加減してやるよ」


 龍──────空を飛ぶ大蛇を人はそう呼んだ。鱗に覆われた背。4本の足、5本の鉤爪。頭には長く伸びた2本の角。だがしかし、桐緒が目にしたその龍は、通常のものとは明らかに違う点があった。


「目が、1つ…?」

「“一目連(いちもくれん)”出雲家が代々使役してきた象物(ヴィジョン)の名前だ。なんて言ったところで、お前は分からねぇだろうがな」

「っ、ああ関係ねぇ!お前と決着着けられるならなぁ!!」


 堪らず駆け出した桐緒に向けて、翔真は煩わしそうに指を向けた。


「イチ、“たつまき”」


 “一目連”が唸りを上げると、翔真を中心に回転を始める。回転に伴い吹き荒れる突風は辺りの畳を一斉にめくり上げた。


「…!?なんだこのバカげた代力は!!」

「確かに、“あの時”の俺なら、お前は勝てたかもしれねぇ。確かに、あの日の俺はお前のこと“好敵手”なんて考える時もあった」

「っ、ふざけっ、んな!」

「だが、今の俺には“大義”がある。お前のくだらねぇ喧嘩に付き合ってる暇はねぇんだよ」

「…?!何が、大義だクソ野郎!!」


 吹き荒れる暴風の中、浮き上がる畳を足場に渡った桐緒は微動だにしない翔馬に向かって飛び立った。振り上げる拳は、固く握ったまま。


「──────いいから、俺のリベンジを黙って受けやがれ!!」


 熱い雄叫びと共に代力の込められた一撃が翔真に向けて振り下ろされた。だがやはり、翔真は一歩も動かない。その一撃を受け止める姿勢すら見せない。ただ静かに告げるのみである。


「手加減してやるとは言ったが、殺さねぇとは言ってねぇよな」

「なっ──────!!」

「イチ、“かみなり”」


 ゴ ガ ゴ ン ッ !!


 皮を破るが如き音が鳴り響く。

 暴風の中を走った雷電は容赦なく桐緒を貫いた。

 飛び上がり、拳を振り下ろさんと飛び上がった影は一瞬にして黒煙に染まった。


「はっ、まだ生きてやがる。くだらねぇんだよ。リベンジだの喧嘩だの」

「あ……が、あ…」

「惚れた女がくれた、“たかが象物(ヴィジョン)”を消された程度で。いつまでも引きずるなよ、女々しい」

「テ、メェ…!!」

「イチ、外に捨てとけ」

「テメェ、知ってて、翔真──────!」


 雪が降り注ぐ空に向けて、真っ黒な四肢が放り出される。翔真はそれに一瞥すらしない。先を急ぐように、部屋の奥へと進んだ。


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