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第80話 走り出し、雪空

 

 ──────数日後


 ヒュオオォォ…


 某所。そこは雪風吹きすさぶ山間の地。あるのは白く染まった木々の乱立のみ。人の息など微塵も感じられない場所である。


「はぁ…はぁ…」


 そんな中を歩く、数人の人の群。何か探しているのか、辺りを見回しながら山の奥へ、奥へと進んでいた。そして、数歩進んだかと思うとその人の群は──────消える。


 波紋に似た空間の歪みだけが、そこには残っていた。


 〜〜〜〜〜


「──────っ、ぶはぁ!!」


 息も詰まるような豪雪の中をようやく抜け、歪む空間の中に足を踏み入れた。風の音は消え、雪が肌を撫でる感覚もどこかへ。


 明光院飾音(かざね)は、ひとまずの安息に肩を撫で下ろした。


「はぁ…はぁ…さっ、寒すぎて、死ぬかと思った…」

「大丈夫スか。巫女様」

「巫女って呼ぶな、ロンゲ」


 不機嫌そうに顔を歪ませる飾音の反応に長髪の男、星衛(ほしえ)桐緒(きりお)は肩をすくめる。飾音がガチガチの防寒着に身を包んでいるのに対し、桐緒は違和感があるくらいに薄着であった。


「ふぅっ、ふぅっ、はぁ、あったかぁ…外よりは全然マシだわここ」

「そっスか?俺は外のが涼しくてちょうどいいと思いますけど」

「お前、どっかおかしいんだろ」

「え、褒め言葉スか?」


 危機を脱したあまり緊張感のない会話を繰り広げていた最中、ようやく飾音は顔を上げ、その空間を視界に収める。


「褒めてねぇって!そう感じたんならそれでもいい、け、ど──────」


 つられて、桐緒も顔を上げた。


「あン?どうしたんスか?マヌケな顔、し、て──────」


 まず、天候。

 雪は未だしんしんと降り続けていたが、勢いを見れば先程とはうってかわって弱々しいもの。だが、契約者にとってそれは大した変化では無い。


 次に建物。

 木々に囲まれていたはずの景色はどこかに消え失せ、どこか時代を感じさせる瓦屋根と木で出来た長屋が見えていた。これも想定内。ただ歴史的な景観が今も残っているだけのこと。


 そして、人。


「着物に、刀って…」

「ちょ、ちょんまげ…?」


 タイムスリップしてしまったのかと錯覚してしまうくらい。そこを行き交う人々は皆、着物を着込んだ状態。そんな人々が何気なしに生活している光景が2人には見えていた。


「そう、きたかぁ…」

「げ、幻覚か…?幻の類なのか?!説明しろロンゲ!」

「わかんないスけど、多分これはアレですよ」

「アレ…?」

「──────あぁ、やっぱりだ。は“箱庭”と同じでですよ、これれは」


 振り向くと、空間の歪みから石川綾児(りょうじ)が身体を震わせながら出てきていた。


「あ、やっぱりスか?」

「ヒゲメガネ、象物(ヴィジョン)の幻術ってセンはねーのか」

「無いですね。人の息遣い、人の行き交う風の流れまで感じられます。このレベルの幻術というのは聞いたことがない」

「ほー、珍しく頼もしい発言だな」

「そりゃ頼もしくもなりますよ。巫女様と次期名家当主のエスコートとなればね」

「巫女って呼ぶな」

「次期当主、ってのも気に入らないっスね」

「はぁ…あ、そう」


 いつも以上に不機嫌な顔で綾児はメガネを拭いた。


 “九尾”の片割れらしき目撃情報。

 その情報源は、今現在3人がいる場所だった。吹雪く雪山の奥へと走り出す小さな影。その姿は何も無い空間へと溶けていったという情報。飾音が“巫女”という立場を行使して得たそれは、眉唾物だった。


「ここにいる人々はおろか、建物から何まで、全てが代力によって形作られたものです。こんなこと、並大抵のはぐれ象物(ヴィジョン)が出来るようなことではありません。僕の知る限りでは“霊樹”か…」

「“九尾”の片割れ、ってことスよね」

「ぼかぁ、そう思うね」

「ふふ…よかったじゃないスか、巫女様。お目当てのもんがありそうっスよ」


 眉唾だった情報は確信に変わる。

 飾音が、嫌いだった“巫女”という立場を使ってまでこの情報を得て、ここまでわざわざ足を運んだのは他でもない、ある人物のため。


「四季…」

「生きてるといいっスね」

「だとしても、ここにいるとは限らねぇよ。私はちょっとでも手がかりが欲しいだけだ」


 三上四季の突然の失踪。

 その鍵を握っているのは恐らく、四季失踪の情報を流した箱庭の長“和氣龍馬”。そして、未だ謎の多い象物(ヴィジョン)“九尾”のみ。そう飾音は考えていた。


 バサッ バサッ


 唐突な羽ばたく音と共に、上空から小さな影が舞い降りてきた。


「上空からの調査、ひとまず完了じゃ。巫女様」


 白翼を折りたたみ、飛鳥茶誉は被っていたフードを脱いだ。


「巫女はやめろって、何回も言ってんのに…」

「パイセンお疲れ様っス。大丈夫スか?」

「何がじゃ」

「いや、お父様死んだのに普通に任務してんだなーって」

「別に。ワシとて次期当主じゃからの。ていうか、お前も同じじゃろーて」

「俺はよゆーっスよ」

「いいから、報告頼むよ飛鳥の」

「あ…すまん巫女様。今のところじゃが、不審なものは見当たらんかった。ガワは江戸時代の城下町って感じじゃ。何から何までちゃんと再現されて、実体がある」

「核となってそうな象物(ヴィジョン)の気配はありましたか」

「まだ何も。象物(ヴィジョン)の気配だけならいくつか感じれたがの。中心の城が怪しそうだから、今ウチの羽鳥と烏丸に見させに言っとる」

「ちょ、気をつけてくださいね。キミ達に何かあったら僕がヤバいですから」


 寒さとは別の要素で綾児は身体を震わせた。

 計6人。飾音が独断で、秘密裏に動くために集めたメンバー。四季のためと集まった、信頼できる面子ではあるが、その中に()()はいなかった。四季のためとなればすっ飛んでくるはずの、()()が。


「…そういやマイハニーはなんで連れて来なかったんスか?」

「あ?マイハニー…って誰だよ」

「空木の恋花のことじゃな」

「ああ。お嬢ね…まだちょっとどんよりしてたよ。やっぱ四季がいなくなったのが響いてんのかな」

「……」

「今日こうして危ない橋渡ろうとしてんのは、実はお嬢のためでもある。四季のやつ連れて帰れば、結局何もかも一件落着だろうからな」

「明光院…」


 ガラ ガラ ガラ


 数ある建造物の内の1つ。その木の戸が音を立て、勢いよく開かれた。

 何気ない日常の中にあるだけの環境音のはずが、その音はその場にいた4人全員の意識を引きつけた。


「──────あ」


 高澄翔真。


 死んだ人間がそこに現れる。

 擬似的に江戸時代を再現出来るのだ、死人1人出てきてもおかしくは無いはず。だから、そこに居た3人は、現れた存在を高澄翔真本人とはまず考えなかった。


 しかし、そう考えなかった者が1人。


「──────っ」


 何も言わずに逃げ出す翔真。その背にマグマの如き念のこもった視線を送る者、1人。


「──────翔真ぁ!!やっぱり生きてやがったなテメェっっ!!」


 走り出す、星衛桐緒が、1人。


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