第78話 覚醒
私は雪家で、双子として生まれた。
兄のタジナ。
妹のムジナ。
そう名付けられ、育てられてきた。“契約者殺しの契約者”として。母は雪家の当主であり、私達雪家を今の地位までにしてくれた“時枝”に心酔していた。
「何よりも、優先するのは“時枝”様なのですよ。いいですね?」
そんな母様の言葉には、幼いながらに子への愛情はないように感じられた。命を落とすのが我が子であろうと、それが“時枝”のためなら…。だが、それが分かっていながら私達は納得していた。それが雪家。それが私達。“対妖”の影となり、人間を殺し続ける存在。
「──────やっ、やめろ!死にたくないっ!」
「ごめんなさい」
初めて人を殺したのは、6つになった頃。別に何も感じなかった。思ったことは、練習してきたことが本番に活かせてよかったなって、くらいで。
というのは嘘だ。これは私じゃない方が言っていたこと。
私は凄く怖かったし、気持ち悪かった。こちらが殺しに行くということはあちらも殺し返してくるというわけで。骨や皮を切り裂く感触や極限までの緊張やらで、全てが済んだ後に私は震えて泣いた。断末魔が耳に貼り付いて取れないし、死に顔は瞼の裏にずっと居た。
「大丈夫だ。多分、すぐに慣れる」
なんでもないように言われた。
でも、私には無理だった。寝ても覚めても殺した瞬間を思い出してしまう。思い出す度に息が苦しくなる。母様はもちろんそんな私を見ていたからか、殺しの依頼は私の方にはなるべく回されないようになっていた。
期待されていない。
ひしひしと感じとっていた。感じとりながら、毎日をかわすように生き続けた。繰り返す、アイツが頑張る裏での鍛錬の日々。それでもたまに殺しの依頼は私のところに回ってきて、私は心を殺しながら人を殺した。それが生業。それが雪家での、私の生活だった。
「少し特別な依頼よ。2人で、よろしく頼むわね」
そして、転機は唐突に訪れた。それが何歳くらいの頃で、どちらが死んだのかは覚えていない。依頼の途中で双子の片割れが死んだ。
「わ…るい…母様を…頼む…託した、ぞ」
優秀な方が死んだ。私の手の中で死んだ。無能な私が生き残った。アイツが最期に残した言葉は、私の胸に責任と罪悪で錠をかけた。
「やめ、やめてくれ…私を、1人にするな…」
もう絶対に、雪家からは離れられない。私がコイツの代わりにならなければいけない。そう思うと、もう殺した人間の顔なんて浮かばなくなっていた。断末魔なんてどうでも良くなっていた。
「私はタジナで」
「私はムジナ」
雪家の象物“猩々”はどんな姿にも化けられることが出来る。そしてその不思議な力は、契約者自身にもかけることが出来る。私はタジナになり、ムジナにもなれる。あの日にどっちが死んだかなんて関係ない。
タジナもムジナも生きている。
この全容はあの母様にさえ話したことがない。そして多分、バレてない。
どちらかが私で、どちらかが“猩々”だった。
だが、今は──────
〜〜〜〜〜〜
「──────三上四季!」
誰かが呼んでいる。その声を合図にオレの消え入る意識は引き戻される。誰だろう。
「三、上四季…!聞こえているか!まだいるんだろう?!」
「彼女は、雪家の…?」
「まだ消えてないんだろう?!…いや、消えていたとしても、戻ってこい!お前はまだ、終わってなどいない!」
酷く懐かしい声…泣きたくなるような声がする。
「お前は、確かに象物だ。それ以上でもそれ以下でもない」
顔を上げると、暗い空間の中に声の主らしき姿が映っていた。映写機で映したみたいに、傷だらけの顔がそこにあった。
「だが……だが、それがなんだ。お前は三上四季だろう」
「三上四季、オレの、こと…?」
「必要とされなくたって構わない。“風間式”のことなんて、お前の知ったこっちゃない。そうだろ?」
彼女は呼吸を途切らせながら、必死に言葉を紡いでいた。
「シロを、放ったらかしていいのか?今頃お前がいなくて泣いてるぞ。お前がアイツのそばにいてやらなくて、どうするんだ」
シロ…それは、オレと契約した象物の名前だ。ある日突然に出会った、幼く無垢な少女。オレが手を引いてやらなければいけない。
「恋花も、お前がいなくなって心配してるに決まってる。死んだ弟とお前を重ねてただって?だからって、お前を嫌っていたことにはならないだろう」
空木恋花…それは、オレの恩人の名前だ。無理を言うオレのために、新しい世界への扉を開けてくれた。何もかも、恋花が助けてくれた。まだ何も恩を返せていない。
「飾音も、お前がいなくて退屈している。お前を“時枝”の人間と怪しんでいたが、結局違っただろう?何も、気に病むことは無い」
明光院飾音…それは、オレの友人の名前だ。トラウマを抱えた彼女を、オレは外の世界へと導いた。オレには、彼女を連れ出した責任がある。
「それだけじゃない…私が知らない者もいるはずだ。見て…見てきたから分かるんだ…お前は、出会いに恵まれている」
「オレは、出会いに…?」
「消えるべきじゃ、ない。皆、そう思うはずだ──────」
彼女は震える手で、オレの手を掴んだ。
「──────牟田茶知菜も、そう思っている。間違いなくな」
「牟田、茶知菜…」
それは、オレの友人の名前だった。彼とは深く関わって…ない気がする。恋花や飾音ほど、彼は傍にはいなかった気がする。そんな気がするのに。
「そっか…なっちゃんも…」
彼女のその言葉は、どの励ましよりも真実味を帯びている。そう感じられた。
「どうやら、まだ僕の出る幕じゃなかったみたいだ」
「え…?」
「君の記憶を覗いて、君は誰にも望まれない、悲しい存在だと思っていた。君が苦しむくらいなら、僕が残ろうと思っていたんだ。けど、違ったみたいだ」
“風間式”は僕の腕を掴み、引いた。
「昔のよしみで、翔真くんに少しだけ協力しようかと思ったけど、予定変更だね」
「なんで、なんでオレに」
「分からない?勘違いだったってことだよ。ほら」
指さす先、消えかけていた腕や足が元に戻っている。
「消えるはずだった存在は残った。象物である君が消えない理由としては、やっぱり、どこかで君のことを想っている人間がいるからだね」
「でも、オレが消えなきゃ“風間式”は」
「しっ──────聞こう、彼女の最期の言葉だよ」
「…最、期?」
映された視界の中、血塗れの彼女は必死に呼吸しながら、最後の言葉を振り絞る。言おうとして一度飲み込ん
「敢えて、“託す” お前に、消えて欲しく、ないから」
“託す”
重い言葉と共にそれは送られた。
「消えるな…!お前は、私だ…!自分に自信がないからって、他人の望みばかり叶えようとした、過去の、私…!もう1人の私だ!」
「…!」
「今決別して、そんな自分なんて忘れて、“三上四季”として生きるんだ!これは、私の、ためだ」
“私のため”
言い淀みながらも、ハッキリと告げた。その言葉の重みを彼女は恐らく知っていた。彼女自身にも、それはきっと圧し掛かっていた。そして、それは今…。
「い、いいか…私は、託した、託した、から、な──────」
ずるり、
と、掴んでいたはずの手は外れ、腕は力なく項垂れ、滑り落ちた。そうして視界から彼女の姿は消えた。俯けば、その姿は見えるかもしれない。だが、この体を動かせるのは、表へ出れるのは一つの意思。
「なんで、オレにそこまで」
分からない。彼女の名も、彼女がこうするに至った経緯も。こうなってしまった過程も。オレは肝心なことは何も知らない。
だが、託された。
他の誰でもない、それはオレに。
それ意外のことは何も頭になかった。
「で、どうする?“三上四季”」
「──────決まってる」
“風間式”の背を追い越し、前へと進んだ。
「託されたのは、オレだ。“風間式”引っ込んでてくれ」
オレの向かう先、覚醒の向こう側へ──────!!




