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第76話 転換点

 

「ぐっ…あ…」


 途切れた呻きが響く。数秒前までは整頓されていた部屋の中は、抉れた壁の破片やボロボロに散らばった椅子の残骸で荒れ、そこには数人の男女が横たわっていた。


 そして、部屋の中心には真っ直ぐ立った一人の青年と目隠しされた黒髪の少女。


「なんでかな…分からない。なんで君は僕を蘇らせたんだ」

「…!」

「翔真くん」


 床に伏していながら、意識を保っている翔真に“風間式”は話しかけた。


「僕は望んで“霊樹”に取り込まれた。君も忘れたわけじゃないよね」

「式!お前の力が必要なんだ!だから」

「僕の力…?」

「そうだ!だから、わざわざこうやって蘇らせた!頼む、俺たちに力を貸してくれ!」

「…そんなことよりもさ」


 “風間式”は尋常ではない空気を纏いながら、ゆっくりと歩む。歩んだ先、クロの頭に手を置くと彼は言葉を紡ぐ。


「これは、何?」

「っ、“九尾”だ。それをお前に集めて欲しい」

「確かに“九尾”だ。でも、ここから“子色”の気配も感じるのはなんでかな?それも…」


 怒っているのか、悲しんでいるのか、読み取れない眼差しでクロを見つめる。翔真は爆弾にでも触れるかのように、慎重に言葉を選んだ。


「それは多分、子色ちゃんに“九尾”が受肉したものだからだ」

「“多分”?どういう意味」

「…分からない。俺たちにも、まだ」

「俺たち、“対妖”がこれを?」

「違う!俺たちじゃない!犯人はまだ探している途中で──────」


 その刹那、一帯の空気が一変する。2人の声だけが流れている静かなはずの空間が、張り裂けんばかりの殺気に埋め尽くされる。音は無い。しかし、翔真がその場を騒がしく感じているのは、恐らく己の心臓の音が鳴っているから。


「っ、待て、話を」

「関係ない。翔真くんは子色と“九尾”を何かに利用しようとしてるよね」


 “風間式”が触れていたクロから黒い尾が伸び出す。それは先程、部屋一帯を破壊したという“種”であり、狂気。


「万死に値するよ」

「待てまだ皆が──────」


 狂気は再び芽を出すかに思われた。


「“ドロン”」


 呟く声と共に“風間式”の背後から人影が現れる。影は手に持っていた小さな針を首に突き立てた。


「…?!き、みは」


 “風間式”は影に振り返る間もなく、意識を失った。倒れかかる身体は影、雪によって抱き抱えられた。途端に辺りの雰囲気はフラットへと戻る。


「す、(すすき)

 か!助かった…危うく計画がパーになるどころか全滅まであったぜ」

「……。」

「とりあえず、皆を起こしてやってくれ。式は、そうだな。一旦その辺に──────」


 翔真の指示を最後まで聞くことなく、雪は“風間式”を抱えたまま踵を返した。


「…ん?おい待て、どこ行く気だ。待て!おい!」


 雪は方向を変えることなくそのまま走り出した。本来聞くべきである命令に背き、己の望む方向へとひた走り始める。目指す場所はここ最近何度も訪れたあの場所。


「三上四季…お前はまだ、終わってないはずだ」


 今はいるはずもない“彼”の、希望の場所。

 薄川帝誠のいるあの場所へと。


 〜〜〜〜〜〜


 …ここはどこだろう。

 そう思ってみたところで望んだ答えは帰ってこない。今、オレの目に映っているのは真っ黒な空間。何も無い、視線を上げても下げても見えるのは漆黒のみ。自分の体さえも、見えないでいた。


「不思議だね。なんで君がいるのかな」


 と、前からの声がオレに顔を上げさせる。


「三上四季。君は本来、ここにいないはずだろう」


 オレがいた。

 正確には、オレと同じ姿の人間。


「誰だ」

「僕は風間式。と名乗ったところで、君にはもう分からないか」


 名乗られた、が確かに彼の言う通り、その名に覚えはない。どころか“三上四季”という名にすら覚えがなかった。


「記憶は消されても、意思は少しばかり残るみたいだね。ちゃんと残ってるのは…誰かの手心かもね」

「…?」

「でもその残った意思も、どうやら長くないみたいだね」


 ボロボロと、オレから何かが剥がれ落ちていくのを感じる。消えていっている、オレの何かが。


「悲しい生き物だね、三上四季。君は翔真くん達の都合で生み出され、そして翔真くん達の都合で消えようとしている」

「しょ、う、ま…?」


 誰だろう。思い出せない。

 ボロ…と、また何かが落ちていく。


「本来なら真っ当な象物(ヴィジョン)だったはずの君が、なんでこんな目に遭わないといけないんだろうね」

「…?」

「君は僕になる…いや、僕が君になるんだ。今いる君は完全に消え、そして無になる」

「消えると、どうなる?」

「何も、なくなる」


 ゾク…と嫌な感覚が走る。嫌な気分だった。この場から今すぐ逃げ出したい、そんな衝動に駆られてしまう。


「嫌だ。消えたくない」

「そうだろうね。消えたい僕が蘇り、消えたくない君が消える。悲しい話だ」

「嫌だ!なんとか、なんとかしてくれ!」

「しょうがない。君の記憶は既にない。もう誰にもどうすることは出来ない」

「あ、ああ…!」

「でも、多分これは君の望んだことでもあるんだろ?」


 助けて、と叫ぶ声すら上げられない。徐々に消えていく。オレが、無になっていく。オレがオレじゃなくなる。“三上四季”は、完全にこの世から消えてしまうのだ。


「三上四季!」


 そんな消え入る瞬間に、オレを呼ぶ声が響く。漆黒に一筋の光が刺した。

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