第75話 蘇生
後悔と疑念。
いくつ残ってるだろうか。いくつをほったらかしたまま、オレはこの世から去るのだろうか。
「三上四季。大丈夫か?」
大丈夫なわけがあるか。口には出さない。この人がわざわざこんなことを聞いてくるということは、オレはきっと酷い顔をしている。
「──────大丈夫です」
すぐにバレる嘘をついたのは、きっとこれで初めて。そして、最後なんだ。
「そうか…」
複雑な感情が入り混じった顔で、雪は頷く。この人くらいは、最期の最期までオレを想ってくれるだろうか。そんな思考をおこがましいと思ってしまうほどに、卑屈に染まっていた。
そんな気持ちで、扉を開けた。
「お、来たな。“準備”に手間取ったがらこれで役者が揃った」
“準備”。そう言った翔真のすぐ横には、拘束され奇妙な札で目隠しされたクロの姿があった。オレが来たのに気づけないのか、じっと黙って呼吸をしている。部屋には名家の面々が全員揃っていた。
「さて。始めるか。善は急げだ」
翔真が椅子から立ち上がると、クロから2本の黒い尾が現れる。まるでクロの意志とは関係ないように、現れた尾は翔真の手の動きと対応して動いている。
「雪。三上四季をクロの前まで」
「……」
「…?どうした」
「いえ、何も」
一瞬躊躇った様子を見せたと思うと、雪はすぐにオレの手を引き、クロの前まで連れて行った。部屋のちょうど中心あたりにオレは立つ。
「クロ…」
「…?」
話しかけてみても、やはりクロにオレの声は届かない。微かに感じている気配に首を傾げるだけであった。恐らくクロの意思とは関係なしに、オレは消されるのだ。
「それじゃあ、始めるか」
翔真が手のひらをオレに向けると、2本の黒尾はオレへと迫ってくる。巨大な口が目の前のものを飲み込むが如く。
「──────はっ」
息が切れる。
消えるって、死ぬってどんな感覚なんだろう。
考えれば、考えるほどに──────
「っ、う、うわあああぁぁ!!!」
いつの間にか踵を返していた。
いつの間にか走り出していた。
いつの間にか、逃げようとしていた。
「ちっ…おい、雪」
「……」
「あ?おいおい…まったく、どいつもこいつも」
この部屋の出口までそう遠くない。部屋にいた名家の面々も、何故かオレを止めようとしない。一心不乱に動かした足が部屋の境界から踏み出ようとした、その時である。
「イチ、止めろ」
部屋一帯に影が落ちた。
その直後、床についていたはずの足が感覚を無くす。宙に浮いているような感覚はすぐに過ぎると、オレはいつの間にか翔真の前に戻っていた。
「…?!な、なんで」
「手こずらせやがってよ。お前はここで死ぬんだ。それは今更変えられるもんじゃねぇ」
翔真の手が、オレの顔を鷲掴んだ。
「雪。こいつに命令しろ。今ここで」
「……」
「命令の内容は“動くな”、だ」
「う、“動くな”…」
雪がそう呟くと、オレの全身は石になったかのように動かなくなった。
「信用してんだぜ。これでもな」
「……はい」
「さて、と」
気を取り直して、と言わんばかりに手を向けた。逃げようにも、動けない。どうしようもない。今度こそ黒の尾がオレを飲み込み始める。
「…!」
「じゃあな、“三上四季”」
視界を埋め尽くす黒を最後に、オレの意識が闇に連れ去られて行った。
〜〜〜〜〜〜
静寂。
事が済むと部屋はしんと静まり返っていた。空だった人形に、生命を吹き込んだ。その結果出来上がるのが、果たして彼らが望む存在なのか。それは誰も分からない、これからの結果が全てである。
「……開くぞ」
強ばった声で高澄翔真が言う。
緊張感が走る中、彼を包んでいた黒尾が、花開くように解けていく。その場いる全員がその一点を見つめていた。
「──────」
そして、中から現れた男が現れ、その目を開く。先程までそこにいたのは“三上四季”と呼ばれていた何か。果たしてそれは今…。
「あ、れ…また、知らない場所だ」
恐る恐る口を開き、彼は辺りを見回す。
「「──────!!」」
その一挙一動で全員は感じ取っていた。
明らかに雰囲気が違う。目の前にいるこの男はもう、“三上四季”ではないこと。それだけは確実で、絶対的な事実であるということ。
「もしかして、翔真くん?」
「…!!」
その言葉は目の前にいる青年に向けて。
「それに、晴永さんに雨宮さん。皆…」
次いで、周りにいる人間に言った。
その一人一人のことを覚えているかのように。否、ように、ではなく覚えている。ハッキリと。彼にとっては知り合った仲であった。
「──────成功だ」
ワッ !!
翔真の一言で歓声が上がる。和気藹々とした光景だった。喜ぶ者やホッと肩を撫で下ろす者。入歌にいたってはボロボロ涙を流している。
その光景に“風間式”は照れくさそうに笑うと、目の前の目隠しされた少女に手を差し伸べた。
「皆…どうして──────」
彼が少女の手を握ると、一変。
「──────どうして僕を生き返した?」
伸びた黒尾が、部屋を暴れ始める。




