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第72話 その頃

 

「誰もいねぇー!!」


 数珠流A地区道場。その中にあるひとつの教室内にて、1人の少女の声は響いた。少女の名は明光院飾音。その教室で授業を受けていた生徒である。


「…って、そりゃそーなんだけど」


 教室には彼女1人。その日、そのクラスは休講となっていた。当然、教室には彼女以外の生徒は一人もいない。教師さえも。あるのは埃かぶった机と椅子のみ。


 飾音は一人、ド真ん中の席に着き、退屈そうに何かを待っていた。


「──────なんだ?なんで開いてんだ」


 そんな空の教室に顔を覗かせる男が一人。


「んぁ?…ロンゲじゃん」

「お前は確か、飾音?だったか」


 教室に入ってくる男、星衛桐緒は怪訝な顔で辺りを見回す。時刻は昼時、どの教室もまだ開くには早すぎる時間であった。


「ここの教室、今日は休講だろ?なんでいるんだ」

「教えてやんねー。ロンゲの方こそ、なんでここにいるんだよ」

「マイハニーを探してる。知らないか」

「マ、マイ…?誰だよ!」

「空木恋花」

「え…あぁ、そっかお前ら、そうだったっけか」


 桐緒は悪びれもせずその名を口にした。その様子に飾音は少し面食らう。桐緒と恋花が許嫁(いいなずけ)の関係にあるのは、“箱庭”の人間にとっては周知の事実であった。


「最近住んでるっていう寮の方に行ったけど、誰もいなかったぞ」

「恋花嬢は…シロが眠ってる病室だよ。シロのそばから離れようとしない」

「……いつからだ」

「四季がいなくなった日からだ」


 それは数日前のこと。三上四季が姿を消した。契約象物(ヴィジョン)である“白尾”シロを置いて、この“箱庭”からいなくなった。三上四季のことを知る者にとって、それは有り得ない出来事であった。


 それに加え、“憑景の衆”本部からの通達。その旨は“三上四季を発見し次第、確保し本部へと連絡せよ”。


「なっちゃんもいなくなってるし、もうワケわかんねぇよ」

「ハニーは何か知ってるのか?」

「分かんねぇ。でも、四季が消えたことがかなりショックだったみたいだ。四季の行方までは、多分知らねぇよ」

「どうもおかしい。今まで以上に“白尾”は無防備。なのに、そういう時に限って“白尾”を狙う輩が現れない。本部の方も、シロより四季の方が気になってるみたいだし」

「…なぁ、ロンゲ。四季のこと。アイツがどこの生まれかとか、知らねぇか」

「知らないね」


 真剣な眼差しの飾音に対して、桐緒は当然のように返す。


「俺が知ってるのは、四季くんが翔真の古い友人ってことだけ…ちゃほパイセンにでも聞いてみたらどースか?」

「ちゃほ、は、飛鳥のやつか。アイツは大丈夫なのか。父親死んで、当主確定なんだろ?」

「いやー、ピンピンしてるね。あの人くらいだよ。この状況の中、いつも通りやれてんのは」


 しばらくの沈黙が部屋を支配する。


「…まぁ、要するに四季くんのことはほとんど誰も知らない」

「だな。本当なら、象物(ヴィジョン)となんの関わりもないただの一般人…って言える所だが、アイツが戦うところをずっと近くで見てた私には分かる」

「…なにが?」

「アイツの使ってた力は“時枝”の力だ。“霊樹”と契約した人間。他人の象物(ヴィジョン)と契約して、その力を使ってるんだ」

「……へぇ、“本家”が言うなら間違いない、ってこと」


 “本家”と呼んだ桐緒に向かって、飾音は鋭い視線を飛ばす。


「時枝飾音…時枝の“巫女様”」

「本名で呼ぶなボケ。芸名で呼べよ」


 〜〜〜〜〜〜


 ピッ ピッ ピッ ピッ


 規則的な電子音。冷房の音。そして、少女の寝息。病室で流れる音としてはごく普通の環境音。その中を、呪詛のような呟きが通り過ぎていた。


「ごめん…ごめん…四季、シロ…」


 空木恋花は赤く腫れきった目で、目覚めない少女を見つめ続けていた。謝罪の言葉は誰にも届いていない。それでも、彼女は絶えず呟き続けていた。


「私のせいよ…私の、私が…!」


 ガラガラガラ


 そんな恋花に気づかせるように、病室の引き戸が勢いよく開かれた。


「恋花、ここにいたか」

「…昭継(あきつぐ)兄」


 立っていたのは眼鏡をかけた短髪の男が一人。空木昭継が立っていた。同じ空木の者、だが恋花はその男をよく思っていない様子であった。


「何をしている」

「何も」

「暇なのか?なら家に戻ってこい。話すことがある」

「私はここから離れない。次の当主ならそっちで勝手に決めてください」

「馬鹿が。そうもいかんのは分かっているだろ。お前の“義牙”と健吾の…」


 昭継がいいかけたところで、恋花は勢いよく立ち上がりその腕を掴む。その瞬間だけ、恋花の頭からはシロの存在が消えたように思えた。


「私から、健吾を奪う気…?」


 昭継を見る恋花の目はまるで、どんな方法だろうと厭わない殺し屋のようなドス黒い目をしていた。その豹変ぶりに、昭継は身の毛がよだつような感覚になる。


「っ…!離せ!お父様が亡くなった今、いつものように貴様のワガママが通るような状況だと思うな!」

「お父様がいようがいまいが関係ない。私は今、シロの傍にいないといけないの」

「この、愚妹が!来ないというのなら、力づくで…!」


 互いの足元に犬の象物(ヴィジョン)が現れ、一帯の代力の高まり始めたと同時──────


「お二方。ここは病室です。お静かに」


 静かに、それでいて芯の通った声が二人を制止する。いつの間にか2人の間にはタンクトップ姿の女性が立っていた。


「貴女は、“守り人”の」


 眼帯に、金髪のポニーテール。酒瓶を片手に持った彼女は酒気を帯びた息を吐きながら、事務的に告げる。


「これより“白尾”は我々“守り人”が護衛、監視します。関係者以外はこの病室から立ち退いて下さい」

「はっ?!何を勝手なことを!“白尾”の契約者は“時枝”とはなんの関係もありません!」

「我々の決定です。どうか──────」


 直後、代力によって強化された恋花の拳が“守り人”の女に向かって振り下ろされた。


「──────?!」


 恋花の視界が一時揺れたと思うと、拳は“守り人”とはあさっての方向に向かっていた。混乱する恋花と昭継をよそに、やはり“守り人”は淡々と告げる。


「空木の御二方。どうか」

「なんで、“時枝”が“白尾”を欲しがる?!どういうことだ!」

「…先程申した通り、護衛をするだけですが」

「なんのために…?」


 言葉遣いは丁寧だが、その目には恐らく“空木”に対する敬意は全くない。取り繕った言葉で、“守り人”の女は静かに告げた。


「全て、“時枝”のためです」


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