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第71話 消えるべき存在


 翔真はオレのことを“霊樹”と契約した人間だと言った。その情報を完璧に飲み込むのに、オレはある程度時間を要していた。


「…オレが?“霊樹”って、アレのこと、だろ」


 “箱庭”に初めて訪れたいつかの時、オレは“憑景の衆”本部で和氣龍馬と会うと共に、その大樹を目にしていた。確かアレは“箱庭”を形成することが出来るほどの力を秘めていた。


「“霊樹”は一応、象物(ヴィジョン)だ。象物(ヴィジョン)ってことは人と契約が出来る。実際、お前以外に契約している人間は何人かいる」

「そんな…あれはシロ以上に代力を持ってるって。そんなのと契約したら、本当に誰でも、何でも出来るんじゃ」

「過去に“風間式”も契約していた」

「…!」

「そして、“霊樹”に取り込まれた。今この世に“風間式”がいないのは、そのせいだ」


 “霊樹”に取り込まれる。そして、消える?

 そんなことがあっていいのか。


「“霊樹”には意思がある。他の象物(ヴィジョン)がそうであるようにな。だが、奴は気紛れだ。どれだけ強大な代力を持っていたとしても、奴はほとんど人間に力を貸さない」

「意思、木にか?」

「本体は“箱庭”にこそ見えているが、奴は根を世界のあらゆる場所に張っている。奴は世界中の人間の認知から力を得ている」

「でも、表の世界の人間は“霊樹”のことなんか知らないだろ?誰も“霊樹”のことなんか認知しないんじゃないのか」

「そのはずだが…奴の持つ代力は今も尚、増え続けている。“箱庭”にいる人間全員を合わせても足りないくらい、日に日にな」

「そんなのもの力を、オレが?なんで」

「お前、初めて“箱庭”に訪れた日のことを覚えてるか?」


 先程まで考えていたことだ。すぐに思い出せた。和氣龍馬に会い、シロを奪われかけて、それで…。


「…“霊樹”が光って、なんか、記憶が入ってきて、気を失った」

「それからのはずだ。“風間式”の記憶がお前に流れるようになったのは」

「そう、だけど」

「そこで契約したんだ。その瞬間に“霊樹”はお前のことを“風間式”だと勘違いした…いや、俺たちがそうさせた」

「…!」

「そのためのお前だった」


 翔真はその頭に入っているであろう、己のプランを、淡々と口に出していた。


「力を使うとお前に式の記憶が流れ込むのは、お前と“霊樹”の結びつきが強くなっていってるからだ」

「意味が、分からない」

「“霊樹”はお前を取り込みたがってる。かつての式は自分から“霊樹”に向かい、そして自分から取り込まれた。お前を式にしちまえば同じように戻って来てくれると思ってるんだ」

「そんな…じゃあ、意味ない…?」

「大丈夫だ。今度は俺たちが、そうはさせないつもりだ。同じ悲劇は、もう起こさせない」


 そう語る翔真の目には火が灯っているようだった。オレを見つめる冷たい目とは違う。式と呼ぶ男のために、翔真は何かをしようとしていた。


 オレの存在など、どうでもいいかのように…それも当然か。オレは誰でもないのだから。


「“霊樹”は全ての象物(ヴィジョン)と繋がっている。人間と象物(ヴィジョン)が契約できているのは、実は“霊樹”の力のおかげだ」

「…!」

「お前の“写し取る力”は、“霊樹”を介して他人の象物(ヴィジョン)と勝手に契約しているだけだ。何も写し取っちゃいねぇ」

「そうか、じゃあ…」

「お前の力なんて本当はどこにもありゃしない。お前の価値は“霊樹”と契約していることだけだ」

「翔真…!そのくらいにしてあげて」


 隣に座っていたクロが翔真を睨む。間で気まずそうに立っている雪を流し見ると、翔真は肩をすくめた。


「あのなぁ、言っとくがコイツを野放しにしてれば、いずれ“霊樹”の中の式は完全に消えるんだぞ。クロはそれでもいいのか?」

「それでも、私たちの勝手で生み出されたこの子が、勝手に消されるなんて可哀想だと思わないの?」

「思わねぇな」


 やはり、オレを見る時は蔑むような目で。


「俺の事を親友だと思い込んで、勝手に感動してるキモイ象物(ヴィジョン)だよ。コイツは」

「そういう風にしたのは翔真でしょ?!」

「だから早く消したいんだよ…なぁ?分かってくれるよな?四、季、く、ん」


 翔真は机を飛び越しオレの前へと来ると、言い聞かせるようにオレの肩を叩いた。


「お前が消えなきゃ“風間式”が消えちまう。そうなれば“対妖の衆(オレたち)”は途方に暮れちまうよ」

「……オレが、消えたら」

「クロも喜ぶ。シロも喜ぶぜきっと。式はこいろちゃんと仲良かったしな。“九尾”は未だかつてないほど、式のことを気に入ってたらしい」

「…。」

「“憑景(あっち)”の連中だって…なぁ?お前一人いなくなったところで何ともないだろ?」

「……たしかに。ほんとだ──────」


 ガ ゴ ォ ン!!


 視界の端で何かが動いたと思うと、目の前にいた翔真の身は、部屋の壁にめり込んでいた。黒い尾が、オレを守るように揺れる。


「翔真。あまり私の機嫌を損ねないで」

「いっ…てぇな。ったく。愛されボディってのも厄介だな。おい、(すすき)、三上四季連れてどっか行っとけ。またしばらくしたら呼ぶ」

「…御意」


 雪に連れられて、オレはその部屋を後にした。


「おい!忘れんなよ!お前がいたところで何も好転しねぇ!俺たちは“式”の方を求めてるんだよ!」


 ドア越しに響いた、翔真の声。忘れようにも、忘れられない。この世はオレよりも“風間式”を求めている。それが、嫌という程に分かっていた。


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