第69話 何者
打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた、静寂に満ちた空間。そこには、オレと雪の足音だけが響いていた。歩き続けてしばらくもすると見えてくる、目当ての人物。規則正しく立てられた鉄棒の向こうに、彼は居る。
「帝誠さん、何してるんですか」
「三上四季と、“狸”か……見ての通りだが」
薄川帝誠は手足を鎖に繋がれたまま、壁にもたれかかっていた。いつも通り険しい顔のまま、目だけでこちらを見てくる。
「いつまでそうしてるつもりですか」
「お前が決断するまでだ。私と共に“四足獣”に来るか、ここで“風間式”にその身体を渡すかをな」
まるで、今の自分の状態など見えていないかのように。帝誠はそれなりの危機に瀕しているはずだが、そんな自分など、どうでもいいと思っているみたいだった。
「……雪さん、帝誠さんはここからどうなるんですか?本人は余裕みたいに見えるんですけど」
「鎖に繋がれているが、あんなもの薄川帝誠にとっては何の拘束にもなっていない。こんな鉄の檻くらい、簡単に出て行ける」
「それはそうですよね…」
「今この牢屋は杞憂様によって監視されている。薄川帝誠が出ようとするなら、すぐに分かるだろう。が…」
「が…?」
「薄川帝誠に打ち勝てる契約者が、ここには数人しかいない。“獣の巣窟”を使えば、コイツは簡単にここを脱出できる、わよ」
「それが分かってて、こうやって鎖に繋ぐだけで済ましてるんですか」
「……嫌味っぽい言い方をするな」
「あっ、いやそんなつもりじゃ…」
雪は腕を組み、嘆息した。困らせてしまっただろうか。
「薄川帝誠は今、代力を全て己の防御に回している。こうなったコイツを倒せるのは、もうここには一人しかいない」
「1人だけ…?じゃあその人に」
「その1人が、今は手が離せないくらい忙しい状態だ、わよ。だから、ここの連中はコイツのことを指を咥えて見ているしか出来ない」
「はあ…大変ですね」
「他人事のようだが、お前のせいでもある」
「ああ…そう、ですか」
チラリと視線を投げてみると、帝誠はやはり無言でオレのことを見てきている。雪と同じく、早く決めろと言わんばかりに。
「そうだぞ。早く決断しろ」
「っ……言っときますけど、オレはいざとなれば、消える覚悟はできてますからね。そのためにオレは生まれたって言われてますし」
「それは覚悟ではない。他人の命令を黙って聞いているだけだ」
オレの考えていることなんて知りもせず、帝誠はずけずけと言ってくる。
「私は決断しろと言っている」
「オレは、貴方よりも翔真の役に立つことを望みます」
「だったら行けばいい。その翔真とやらに、“オレを消してください”と、頼み込めばいい」
「…!そんなこと、言われなくても…!」
どうせこの男も、本当のオレなど見ていないのだ。シロか、それか別の何かのために、オレを自分の手中に収めようとしているに過ぎない。ふざけるな。
「オレは、貴方の思いどおりにはならない!!」
思わず捨て台詞を吐いてから、走り去ってしまった。くだらない。何もかも。オレのために世界は回っていない。世界はオレに優しくない。
〜〜〜〜〜〜
「──────翔真!!」
気づけば、雪に案内されるまま、オレは翔真のいる部屋に向かっていた。到着すると、翔真は高そうな座椅子に気だるそうに腰掛けていた。
「……なんだ、三上四季」
「オレを“風間式”にするんだよな?いつするんだ。やるなら早くやった方がいいだろ」
「ああ?…なんか俺らの計画に随分と前向きだな。お前、俺らにそんな協力的だったか?会って1日も経ってないだろ」
翔真は変わらず蔑むような目で、オレのことを見てくる。それもそのはず、翔真にとっての親友は恐らく“風間式”のことであり、オレではない。彼にとってオレは自分を“風間式”だと思い込んだ象物なのだから。
「計画とか、そういうのよく知らないけど、翔真の役に立つならって…」
「ケっ…お前、キモいくらいお利口ちゃんに育ったな。よう雪、お前なんかしたんだろ?」
「いえ、私はなにも…」
「そうか?お前がそう言うんなら、そうか……まあいい。まだ完全とは行かないが、準備はある程度出来たからな」
翔真は手を高く掲げ、強く柏手を打った。
パン パン
乾いた音が部屋を響き渡る。しばらくすると、ペタペタと裸足で駆ける音が部屋に近づいて来た。
「──────翔真、呼んだ?!」
扉を開けて現れたのは“九尾”の片割れ、クロだった。
「…雪にシキまで。なんで翔真と一緒にいるの」
「気にすんなよ。アレやるから、力貸してくれってだけの話だ」
「えっ…!本当に、やるの」
「おうよ。半分くらいはいけそうだろ?」
「イヤ!なんでシキを消しちゃうの!あんなに、あんなに大事にしてたじゃない!!」
「大事に…?」
「半分じゃ三上四季は消えねーよ。いいから来い」
不服そうな顔で、嫌がりながらもクロは翔真の傍まで近づいた。翔真がパチンと指を鳴らすと、クロの後ろから黒い尾が2本這い出てきた。
「三上四季。いつもやってるみてぇに、クロの力を写し取れ」
「えっ…?」
「それだけでいい。そうすれば、お前は“風間式”に近づく」
「それ、だけで…?」
言われるがまま、不安そうな顔をしたクロの顔を、その全体像を見つめる。覆っているその強大な代力さえも、自分のものにするように。
「解釈、拡大」
戸惑うように、告げた。
『──────起きて。起きて、シキ』
聞こえてくる、流れ込んできた声に、オレの意識は連れ去られた。




