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第68話 サダメ

 

「…なんだ、ウチの連中が倒れてるじゃないか」


 その重苦しい声が響き、辺りに緊張感が走った。そこにいた入歌さえも、その存在の登場に身体を強ばらせていた。


「薄川帝誠…!この雑魚はアンタの部下ってわけ」

「ん?いや、確かに倒れている奴らは“四足獣”の構成員だが、私が差し向けたワケではない。私はたまたま、ここに立ち寄っただけだ」

「へ、へぇ…じゃあもう帰ってくれるかしら。そこの連中つれて行ってさ」

「そうもいかない──────」


 持っていた斧を肩に担ぎ、帝誠は死んだ魚のような目でオレを睨んだ。


「私の勘が言っている。ここに、私の求めるものがあると」

「なにが“勘”よ!大人しく回れ右して帰れってのこのデカブツ!!」


 啖呵と同時、入歌の周りを炎が取り囲み始める。どこからか猫の鳴く声が聞こえる度に、その火力は急激に増していく。


「──────“猫火鉢”!!」


 豪々と燃え盛る炎が入歌と“五徳猫”を覆い切ったと思うと、入歌の一声で一斉に、炎は牙を剥く。火の手が向いた先は、無論、目の前の侵入者──────


「火を使う象物(ヴィジョン)…貴様、知らぬ顔だが…」


 が、迫る炎に向かって帝誠は斧を振り払うと、炎の波は簡単に割れ、帝誠から逸れてしまった。規格外の現象に、入歌は一瞬自分の目を疑う。


「…!?」

「どこか見覚えのある顔だな…どこの者だ?そして、ここはなんの連中の住処だ?」

「っ、いやっ!──────」


 吹き荒れた一陣の風。次の瞬間には。


「……っと、聞きそびれてしまったな」


 入歌の上半身が帝誠に握られていた。そして、その足元には入歌の下半身が転がっていた。声を発さなくなった入歌。それが意味するものは、斧から滴る血液が、まろび出る臓物が、何よりも顕著に表している。


「っ!──────ぅ、ボォエァ、!!」


 オレはせり上ってきた酸っぱいものを、堪らず吐き出した。


「三上四季…何故貴様がここにいる?」


 小さくなった入歌を後ろに放り投げ、帝誠はオレの顔を覗き込んでくる。だが、無惨にも地面へ落ちる肉塊に戦慄するあまり、オレは何も答えられなかった。


「ここが“憑景”の拠点、というワケでもないだろう?お前の“白尾”の気配がない。ということは、お前は連れ去られたということだ」

「っ……はぁ……はぁ……」

「答えろ、三上四季」


 地面を擦りながら向けられた斧の刃に、オレはやっと我に返る。そして、今のオレも死と隣り合わせだということに、すぐ気づいた。答えなければ、多分オレは。


「はぁ、はぁ……は、はは。どう、でもいいか」


 そして、すぐ諦めた。

 どうでもよかったから。いつ死ぬのかなんてこと。


「ふん……その目。三上四季、お前は今死のうとしているか?」

「…だったら何なんです」

「本当は、死にたくないと思っているのではないか?」

「…!ア、アンタには関係の無い話だ」


 向けられた斧を手で払い除けようとするが、当然斧はビクともしない。険しい表情をオレに向けたまま、帝誠は続ける。


「“抗えない運命(さだめ)”…というやつか」

「は…?なんなんですか」

「三上四季、“四足獣”に来い」

「はあ?!いきなり、どういう」

「お前がまだ生きることを望むというのなら、私は歓迎する。今のこの状況から、脱する手助けをしよう」

「そんなことして、アンタに何の得があるんだ!オレには、その提案が罠としか思えない!」

「確かに、私に得はない。お前を絆す気もない」

「だったらなんで…?」

「“約束”…とでも言うか……いや、お前が私に着いてくるというなら、全て話そう。それでどうだ」

「…!」


 死んだ魚のような目でありながら、その目は真っ直ぐとオレを射抜いてくる。嘘はついていないように見える。この人は、嘘がつけない人に見える。いや、オレがそう見えているだけなのか、と深く考える。


「どうする」


 思考がまとまる前に手を差し伸べられた。

 めちゃくちゃだ。何もかもが一気に起きすぎて何がなんだか分からない。だが、少なくともこの人について行けば、今よりは──────


「──────ダメ!」


 甲高い声が響いた。すぐに目を向けると、そこに立っていたのは小さな黒髪の少女。


「……クロ」

「シキ、その人について行っちゃダメ!」

「黒い“二つ尾”…!来たか!来ると思っていた」


 クロを見るなり、帝誠は目の色を変えた。斧を持ち上げ、すぐクロのいる廊下へと足先を向ける。


「どこだ、私の主は…!答えろ!!どこへやった!!」

「…答えて欲しいなら、今すぐシキから離れて!」

「そうか──────答えられないのなら、殺す」


 帝誠の片手にもう一振り、巨斧が握られる。それにビクりと反応し、クロも背後で黒い尾を蠢かせた。互いに鬼気迫る顔で向かい合い、近づいていく。


「──────消えろ!!」


 怒号と同時に仕掛けたのは、クロ。鈍い動きで近づいてくる帝誠へ、二本の尾を一息に飛ばした。目の前の存在を消すために代力をつぎ込んだ魔の一撃は、廊下の壁や床を這い回りながら帝誠へと接近する。


「拙い。私の主が、これに負けたとは思えん」


 対する帝誠は、防御の姿勢すら取らない。手に持った二振りの斧を、クロ目掛けて投擲した。


「きゃ、っ…!」


 クロが思わず身をよじると、斧は風を切り裂きながら頭上を過ぎていく。そして、クロが顔を上げた頃には、そこにいたはずの姿は消えており──────


「上だ、小娘」


 ──────いつの間にか頭上へと跳んでいた帝誠。

 その瞬間、クロの四肢は斧によって、尻尾ごと床に縫いつけられた。


「っ…!!あ、が、あ…!」

「今一度聞く。私の主はどこだ。答えろ」

「だ、れが…!今、よ!ススキっ!!」


「“ドロン”!」


 壁から煙が立ったと思うと、壁の中から現れた雪が、持っていた短剣を帝誠の背中へと即座に突き立てた。


 パキンッ


「あっ」

「“狸”か。下らん」


 動きの止まった雪に、容赦ない裏拳が叩きつけられた。動けなくなったクロと雪を見ると、ようやく帝誠は肩を撫で下ろした。


「最後だ“二つ尾”…私の主は、どうなった」

「…っ、その主というのは“四足獣”の頭領のことよね」

「そうだ」


 クロを押さえつけたまま、帝誠は頷いた。

 “四足獣”の頭領は薄川帝誠のことだったはず。“主”というのは彼の前任の頭領ということか。


「け、“消した”。私の“九尾”の力で」


 クロの震えた声に、帝誠は目を見開いた。そして、斧を掴んでいた手を離し、振り上げたと思うと…。


「──────そうか」


 とだけ言って、立ち上がった。直後、クロに突き刺さっていた斧は霧散し、帝誠に立ち昇っていた闘気が消え失せていくのを感じられた。


「三上四季。答えろ。“四足獣”に着いて来るか?」

「…まだ、そんなこと」

「答えろ」

「シキ、ダメ。この人たちは簡単に人を殺せる人よ。ついて行っても、ろくな目に遭わない」

「…ここに残っていても、ろくな目に遭わないだろ」

「大丈夫!私が守るから!翔真達が間違ってるのよ。シキを使って、“風間式”を生き返そうなんて」


 慈愛に満ちたような顔でクロはオレを見てくる。何故、彼女は会って1日にも満たないオレにそこまで入れ込んでいるのか。


『式様を模したその姿は“九尾”の片割れ達に好かれやすい』


 入歌の言った言葉が、オレの頭を跳ね回っていた。


「…帝誠さん。オレ、まだ決められません。まだ誰を信じていいのか、何にも分からないんです。だから、アナタについて行くか、なんてまだ…」

「そうか」


 また、それだけ言うと、帝誠はその場に胡座をかいた。


「“獣の巣窟(ラビュリントス)”を解いた。黒い“二つ尾”、貴様らの仲間をここに呼べ」

「…は?」

「貴様らに捕らえられてやる。三上四季が、答えを出すその間までな」


 表情を変えず、帝誠は静かに告げた。その身同様に、揺るがない瞳でオレを見つめながら。

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