第67話 シキ
肉の、焦げた匂いがする。男たちの呻き声が耳に残る。地に伏せた人間の群の中、入歌は不機嫌そうな顔で辺りを見回していた。
「杞憂!コイツらどうすればいい?!」
『殺したん?』
「んなわけあるか!!」
『んー…外に運べばええんやない?』
「私にやれっての?下っ端にやらせなさいよ」
『ふふふ、誰のミスでこないな人達入ってきたんやろな』
嘆息すると、入歌は横たわっている男たちを一点に集め始めた。その女性っぽい細腕で、屈強な男たちを次々と運んでいった。
「で、聞きたいことってなんなの!」
「…あ、オレに話しかけてます?」
「当たり前でしょ!」
「でも…聞きたいことはある程度きゆちゃんに聞いちゃったし…」
「なに、“きゆちゃん”って…やっぱり式様とは程遠いわ!アンタ!」
入歌やはりこちらは見ず、男たちを運びながら、悪態をつく。杞憂や入歌の言うことから察するに、“風間式”は内向的な性格だったようだが。そうだとするなら…。
「──────オレは、どうやって“風間式”になるんですか」
素朴な疑問だった。オレが本当に象物だったとして、それがどうやって死んだ人間になるというのか。
「アンタに式様の記憶を入れるの。今のアンタの記憶を消して」
その答えはいともあっさりと、返ってきてしまった。
「その瞬間、三上四季はいなくなる」
「……そんなことが、できるんですか」
声は震えていた。
「難しいことではないわ。現に、私たちが手を加えずとも、アンタは式様の記憶を取り込んでる」
「…!」
“風間式”の記憶。それをオレが取り込んでいるというのは、心当たりしかなかった。
「私たちはそれを早めるだけ。簡単でしょ?」
「なんで、そんな簡単に話してくれるんですか?聞いたオレが、逃げるかもしれないのに」
「逃げられないわよ。アンタはウチの象物。逃げようとしたって、こっちの言うことを聞くしかないもの」
ヒュ…
それは、オレの口から漏れた音だった。突如として目の前に現れた絶望に、息が詰まった。ここに来て、消えることへの恐怖がオレの心に、色濃く滲み出していた。
「な…な、なんで、そんなことを」
「私たちには式様が必要。言ったでしょ、そのためにアンタは生まれたんだって」
「ふ、ふざっ、ふざけるな!なんでオレが、そんな目に遭わなきゃならない!!」
震える腕で、入歌に掴みかかっていた。だが、入歌はそれを蔑むような目で振り払った。
「やめろ。式様の姿で無様な姿を晒すな」
「っ、なにが、“式様”だ…オレは、三上四季だ。オレにだって…!!」
オレには恋花がいる。
『健護は、私のせいで死んだんじゃない…!』
オレのことを、弟と重ねて見ている恋花が。
「オレにだって…!」
オレには飾音がいる。
『会った時からよ…ちょっと怪しいと思っててな…』
オレのことを、“時枝”の関係者としてオレを疑っている、飾音が。
「オレに、だって…」
オレには桐緒くんがいる。
『ごめん。あの時シロちゃんや四季くんに絡んだのは、完全に人違いだった』
オレのことを、翔真へのリベンジを果たす、代わりの相手だと思っていた桐緒くんが。
「……」
皆が待ってる。ここで消えるワケにはいかない。きっとオレがいなくなって、皆心配してるに決まってる。早く、戻らなくてはいけない。
「…」
シロも、もう目覚めたかもしれない。早く見に行ってあげないと。きっと、オレがいないと不安になる──────そうだ。そうに違いない。
「シロの、とこに、戻らないと…」
「……“九尾”が幼い少女の姿なのは、“風間式”の妹である“風間子色”の体を使って受肉してるから」
「…は?」
「だから、式様を模したその姿は“九尾”の片割れ達に好かれやすい。そして、式様は元“九尾”の契約者だ。片割れ達の扱いにもきっと慣れている」
オレの心情が見えているかのように、入歌は畳み掛けた。
「つまり、お前が式様になった方が、“白尾”は引き込みやすい」
「…何が言いたい」
分かっていながら口にした。そして、その答えは返ってくる。当たり前みたいに。
「“白尾”はお前よりも、式様を選ぶだろう」
「…やめろ」
「この世の誰も彼もがお前を必要としていない」
「やめろ!!」
「世界はお前よりも、式様を必要としている」
「…!や、めてくれ」
もう、生きたいとは思えなくなっていた。さっきまで生きたいと宣っていた人形は、もう既に自分の命を絶って欲しいとさえ、考えるようになっていた。
『人形』
カミナリがオレのことをそう呼ぶ理由が、今分かった。人の形をしていながら、何も無いからだ。何も、何もかも。
『ちょっと、いるちゃまー。大好きな四季くんにそないな酷いこと言うてええのー?』
「私が大好きなのは式様。三上四季じゃない」
入歌がオレと目を合わせようとしないのは、それが見るに堪えない存在だったから。翔真がオレに何も言ってくれないのは、オレが“風間式”じゃないから。
「よっし!運び終わり!ったく、こんなゴツイ男ども、どこの連中なんだか」
「オレ、オレは…」
「杞憂!集めたから転送よろ!私は部屋に戻ってもう寝るから」
『…っ!?入歌!四季くん連れてすぐそこから離れ──────』
と、そこまでで杞憂の声は途切れた。入歌が首を傾げ、面倒そうな足取りでその場から離れようとしたその時に、彼は来た。
「──────“獣の巣窟」
重苦しい声で告げたその声は、オレの意識を一瞬で現実へと引き戻してくれた。のしりのしりと近づいてくるその巨躯に、入歌は冷や汗を滲ませる。
「薄川、帝誠…!?なんでここに」
ウェーブかかった長髪が、斧刃の横でゆらりと揺れる。クマの酷いその瞳は他でもなく、オレの方を見つめていた。




