第66話 数字
入歌から告げられたのは、オレがこの世に生まれた理由。オレにとってそれは、残酷な事実だった。
「あんたは式様になるために生きてきたの」
「風間式になるために…オレが?」
オレは誰でもなかった。三上四季は誰でもない上に、自分のためにすら、生きてはいけない存在だった。全ては“風間式”のため。三上四季という存在は、最初から消えるために…。
ド ゴ ォ ン
鈍い激突音が部屋をひびき、辺りを揺らす。
「──────なに?」
『いるちゃまー、いてはるー?』
どこからともなく、おっとりとした声が部屋を響いた。発信源は部屋の隅、小さなスピーカーから声は聞こえていた。
「杞憂。何があったの」
『いるちゃま今日当番の日やったやん?敵はんが侵入してんでー』
「……あ゛あ゛っ?!忘れてた!」
『もー、しっかりして。四季くん来たからって浮かれすぎんといてや』
「っ、別にコイツのことを式様って思ってるわけじゃないからっ!!」
本日一の怒号がこだました。スピーカーからの声がしなくなったと思うと、入歌はヅカヅカと怒ったような足取りで部屋を出ようとする。
「…!ちょっ、ちょっと待ってください!まだ聞きたいことあるんですけど!」
「ああ?じゃあ勝手に着いてくればいいでしょ!!」
怒った様子のまま、入歌はバタン、と勢いよく扉を閉めた。それを最後に、部屋にはひと時の静寂が訪れる。唖然とし、ワンテンポ遅れてからオレはベッドから飛び起きた。
「あの、入歌さん?はどこに向かったか分かりますか?」
近くでじっと座っていた雪に堪らず話しかけた。
「……三上四季。服を着てない、わ」
「っ?!早く言ってください!」
「服、そこにあります、わ」
雪は一切動じずに、ハンガーに掛けてあったシャツ達を指さす。裸のままベッドに寝ていたのか。そりゃ入歌さんも目を逸らすだろうよ。
「あのっ、で、入歌さんはどちらに?」
「はい。恐らくこのアジトの出入口かと」
「勝手に行くけど、いいですよね?!」
「私の監視下なら、アジト内のどこに行っても大丈夫です」
わざわざ聞いてから、なんでオレは敵の組織に大人しく従ってるのか、と思ってしまっていた。ろくにボタンも掛けきらずに、オレは雪と共に部屋を飛び出した。
部屋を出ると、一気に景色は灰色に変わる。壁も天井も床も、全てが打ちっぱなしのコンクリートで出来ていた。少し目を凝らした先に、走っている入歌の姿が見えていた。
『あらぁ、四季くんも行くん?』
「っ、だ、誰ですか?」
今度はスピーカーからでなく、頭に直接、あのおっとりとした声が響いていた。
『雨宮杞憂、って名前。気軽に“きゆちゃん”て呼んでや』
「…きゆちゃん」
呟き、走り続けるオレの頭をまた、記憶が駆け巡った。
『シキくんまたこけたん?どんくさいなぁ』
雨宮杞憂、彼女も“風間式”と縁のある人間。
“対妖の衆”の、名家の人間だ。
『すぐ呼んでくれるんやね。式くんより素直な子やな、君は……まぁ5歳児みたいなもんやし、そんなんやな』
「オレは、オレはなんで生まれたんですか?そんなに“風間式”は必要な存在なんですか?一度、死んだ人間が」
『んーん、風間の式くんは死んでまへん。今のあの子は“霊樹”で寝てるだけよ』
「…?!それは、どういう──────」
『そこ、曲がって。いるちゃまのとこに行きたいんやろ?』
オレの質問を遮るように、杞憂は道を案内していく。どこからか見えているのだろうか?絶えず動き続けているはずのオレの動向を、杞憂は正確に把握している。やがて走り始めてしばらくもすると、入歌の姿は見えた。
「はぁーん?ウチのアジト見つけるなんて、まあまあやる契約者なのかしら?」
外へと繋がってるであろう大きな通路にて。入歌は見下したような言動と共に、一人で数十人の契約者達と対峙していた。
『あ…もうちょい下がった方がええで。いるちゃま派手にやるさかいな』
「派手…?」
『今にわかんで』
「ちょっと、杞憂!!翔真にやっていいか聞いて!!」
『んー…ええって言うとったで』
「よっしゃあ!!久しぶりにぶち燃やすわよ!」
入歌が叫んだ途端、微かな気温の上昇を感じた。先程部屋でも見た、銀色の、鮮やかな炎が彼女を囲い始める。
「さぁゴーちゃん!久々にやるわよ!」
にゃ…と、猫の鳴き声。炎に囲われた入歌の傍にはいつの間にか、黒い王冠を被った黒い猫が座していた。
「にゃひっ──────解釈拡大」
オオオッ、と雄叫びともに数十人の契約者は入歌へとかかっていく。皆、屈強な男達がそれぞれの象物を連れ、何かしらの能力を発現させている。
その大群を前に、やはり入歌は笑う。
「“猫火鉢”」
白い八重歯が覗き、その口から一雫の火盛れたも思うと、その火は炎へと。やがて熱の波へと形を変えていく。
「ぷぅっ…!」
尖らせた口からひと息吹くと、炎の波が目の前の群衆をいとも容易く飲み込んでいった。苦しみと悶えの呻きが響く光景の中、入歌は高らかに笑っていた。
「……!!」
思わず息を呑んだ。渦巻いている代力の密度は、シロが戦っている時に感じられるものとほぼ同格。入歌は“白尾”と同等の力を持っていたのだ。
『“五徳猫”ちっちゃな猫がいるちゃまの象物』
「あれが名家の象物、なんですよね」
『そや。“憑景”の方でもいくつか見た事あんでなあ?名家の象物。ほら空木の人とかの、あの犬とか…』
空木家、恋花は“八犬”という象物と契約していた。そして、今見た晴永家、入歌の“五徳猫”。
オレは、何か、引っかかる気がした。
「あっ!なに隅でコソコソ見てんのよ!いやらしい!」
そんな“何か”を考えつく前に、入歌は相変わらずそっぽを向いたまま、オレの方へと近づいてくる。服を着てるのに、なんでこっちと目を合わせないんだろう。別の疑問に“何か”は流されて行ってしまった。




