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第65話 造花の記憶

 

 ──────目を開ける。すぐ見えた、見覚えのない天井。真っ白な空間ではなかった。


「──────夢か」


 願望を口にする。さっきまで見ていたのは全て夢。オレは象物(ヴィジョン)じゃないし、翔真は高澄翔真のまま。誰も、何も、周りの全ては何も変わっちゃいない。そんな現実だったら、何もかも丸く収まるはずだった。


「夢じゃない、わよ」

「…!!」


 突然の声に思わず顔を向ける。無表情の女、(すすき)がじっとオレの方を見ていた。彼女がこうして存在するということは、彼女の言う通り全てが本当のこと。それはつまり…。


「…最悪だ」

「何がだ」

「オレは象物(ヴィジョン)って、ことなんですよね」

「そうだ、わよ」

「っ…そう、ですか。未だに実感が湧かないんですけど」

「私にもよく分からない。だが、お前が象物(ヴィジョン)なのは紛れもない事実だ」

「なんでそんなことが分かるのか知りたいんですけど」


 象物(ヴィジョン)象物(ヴィジョン)だと言われているが、何がオレは象物(ヴィジョン)たらしめているのか分からない。故に、寝起きのオレの頭の中では、まだ納得がいってなかった。


 キィィ……


 ドアの軋む音。それと同時に、誰かがコソコソと部屋を覗き込んできた。


「…ねぇ、三上四季、起きた?」

「はい。起きました」

「…入っていい?」

「…?はい、どうぞ」


 現れた影はドアをくぐると、縮こまった動きで部屋の中へと入ってくる。そして、近づいてくるなり、オレの顔をジロジロと見てきた。


「……ふーん、そう…ふんふん」


 真っ赤なツインテールが揺れる。そこに立っていたのは、猫のような顔をした女性であった。


「なんていうかあれね…あれ…結構、大丈夫そうね」

「はい。自分が象物(ヴィジョン)であることを自覚しても、形を保っています」

「形を…?え、象物(ヴィジョン)って、オレもしかして元はスライムみたいな感じなんですか?」

「違う、わよ。どちらかと言えば獣系」

「獣系かぁ…」

「トンチキな会話ね…三上四季、アンタ自分の状況分かってる?」


 ツインテール女は、何故だかオレとは目を合わせないようにしながら、話しかけてくる。トンチキとは言うが、この場にいる奴ら全員きっとどこかおかしい。


「えと、オレの状況ってのはどういう…」

「はぁ?なんで知ら…知らないのなら、知らないままの方がいいけどさ」

「えぇ…?なんなんですかアナタ」

「この方は晴永(はるなが)入歌(いるか)様。“対妖の衆”を支える名家の方です、わ」

「名家…それってやっぱり“憑景”の人達とも、何か関わりがあるんですか?」

「当たり前よ。“対妖”も“憑景”も元を辿れば1つの組織よ…と言っても、もうそんなこと覚えてるやつほとんどのいないけど」

「それくらい、大昔の話ってことですか」

「違うわ。数年前まではちゃんと協力し合ってた」


 入歌はこちらは向かないまま、忌々しそうに目を細めた。それが何に対しての恨みなのか、それはすぐに彼女の口から語られることになる。


「“憑景”の中の誰かが、それをぶっ壊した。“九尾”の力を使ってね」


 いつか聞いた話。“九尾”の力の解釈は確か、“事実の消去”だったはず。


「“憑景”の誰かが“九尾”の力で“対妖の衆”って組織自体を消したの」

「…!そんな、ことが」

「組織を消せば、そこに所属してた人間も消え失せる。“対妖”の関係者は全て、記録や人々の記憶からも全て消えてなくなった。私たちはそんな人達の仇を討ちたいの」

「全て消えてなくなったのなら、貴方達は一体…?」

「“九尾”に消されたと言ってもね、名家みたいに強い象物(ヴィジョン)と契約してた人間は、その力に抗えたの。だからこうして私は存在してるし、ある程度覚えてる。あと“対妖”とかなり繋がりの薄い契約者とかも残ったかしらね」


 すぐ横で、雪は黙って頷いていた。何故、誰が、何のためにそんなことを起こしたというのか。


「“箱庭”の連中は“名家三柱”なんて言って囃し立ててるけど、本当の名家は八つ。今“憑景”にいるヤツらに加えてあと五家あるはずだったの」


 入歌が指さした先に、炎で象られた漢数字が浮かび上がった。


「“対妖”に四家。出雲、雷、雨宮、晴永」

「4つ…?」

「“憑景”にも四家。飛鳥、空木、星衛。そして──────」


 そこでようやく入歌はオレの方を向いた。


「風間」

「風、間」


 全く聞き覚えのない名字。だが聞いた途端に、その名前が頭から離れなくなった。何故だろう。


「そして“対妖の衆”が消える直前まで、風間家の当主になるはずだった人がいた。その人の名前こそが、シキ」

「シ、キ──────」


 瞬間、オレの頭の中に再び大量の記憶が流れ込んでくる。


『ははっ!シキくんどんくさいぞー』

『おい!シキ、てめぇが弱ぇと勝負になんねぇ!』

『シキくん。転ばんようになぁ…』

『シキ様っ!足元、お気を付けてっ!』


 頭の中をグルグルし始める虚構の記憶。それは虚構ではなかった。本当にあった、誰かの記憶。そして、それが誰のものかと、オレにはハッキリとその記憶の所有者が浮かんでしまった。


「風間、式…風間家の当主…」

「あんたはね、式様を蘇らせるために、翔真が作らせた象物(ヴィジョン)。自分のことを人間だと勘違いした、人造人間なのよ」

「──────あなたは」


 目の前で、真っ赤なツインテールが揺れる。睨むように覗き込んできたその顔が、記憶の中で重なり合う。


『シ、シキ様っ!このお花、貴方様にプレゼントします!』

「三上四季。あんたは式様のために死になさい。そのために生きてきたの」


 “風間式”の記憶で笑っていた彼女が、今まさにオレのことを睨んでいた。


 オレは三上四季。風間式のために生きてきた、ただ象物(ヴィジョン)だった。

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