第64話 ミカミシキ
白に包まれた部屋に入ってきたのは、今度こそ高澄翔真、オレの幼馴染であった。カミナリやオレの姿を見るなり、気だるげな足取りで近づいてくる。その姿を見てオレは、いても立ってもいられなかった。
「翔真!!」
「……おい、コイツの監視役はどうなった?」
「雪がすることになったぜ」
「あ、そう。じゃあこれからよろしく」
「おい翔真!生きてたんならまず──────」
近寄ろうと駆け寄ったその瞬間、視界がぐるりと回転した。背中に衝撃が走ったと思うと、いつの間にかオレは仰向けになって倒れていた。
「っ…!」
「翔真に気安く触ってんじゃねえよ。人形の分際で」
「いい、カミナリ。今日で話すつもりだ。だから、お前はもう戻っとけ」
「いやウチがいねぇとお前が1人に──────」
「戻れ。」
たった一言、告げられたその言葉にカミナリはビクリと身体を揺らした。オレからでは、翔真がどんな顔をしているのか、よく見えない。だが、翔真の背からは身の毛もよだつような“圧”が発せられていた。
わかった、カミナリは呟くように言うと、ドアを乱暴に蹴り開け、部屋から出ていった。
「よろしかったのですか?」
「いいよ。アイツがいると話が進まねぇ」
「……翔真、アイツとは敵対してたんじゃなかったのか」
「最初から、俺はカミナリと味方だ」
「な…!カミナリは“箱庭”を、“憑景の衆”を襲ってきた敵なんだぞ!?」
「そうだな」
「翔真は、そんなヤツと手を組んでるのか?」
「…そもそも俺は“憑景”の人間じゃない」
「……そ、そりゃオレらは元々、契約者とか、象物とかと関わってきた人間じゃないけどさ」
「それは違う。俺は、契約者の家系から生まれてきた人間だ。生まれた時から、象物に触れてきている」
「──────え?」
翔真は表情1つ動かさず、当たり前みたいに言った。初耳だった。幼い頃から翔真は象物と……だとすれば、そうだとすれば、何が、どうなる?もう、何も分からない。
「俺は“箱庭”を訪れる前から、別の組織に所属していた」
「別の、組織」
「“対妖の衆”と呼ばれる組織だ。この組織は元々“憑景”とは協力関係……いや、元々この二つで、一つの組織だった」
「じゃあ翔真は味方…?」
「だが、今は違う。俺は“憑景”の敵で、“対妖”は“憑景”の敵対組織だ」
そう語る翔真の目には深い憎しみが宿っていた。“憑景”の何もかもを許さないとでも言うような、どす黒い感情がそこには渦巻いている。
「だから、翔真が生きていたことは皆に隠してるのか…?」
「俺が死んだことになっちまったのは、成り行きだ……だが結果として、俺の死はお前を送り込むいいタイミングになったよ」
「オレを、送り込む?」
「三上四季。お前は元々ウチの人間…いや、ウチの象物だ」
「…は?象物?」
きっと、聞き間違いだ。それか何かの比喩的な言い回しだろう。オレは象物じゃなく人間だ。
「お前は象物だ」
「…?どういう、意味だ」
「お前は人間じゃない。象物だ。三上四季なんて人間、本当はどこにも存在しない」
「……そんなことは、ありえない」
自分の手のひらを見た。手だ。人間の手だ。この身体の全て、何もかも人間のそれだ。恋花だって、飾音だって、オレにそんなこと言わなかった。
「意味がわからない!なんの冗談だ!」
「──────“三上四季。18歳。大学入学を控えたオレは、幼馴染である高澄翔真の実家に居候していた。”」
「…!」
スルスルと、翔真は台本を読んでいるかのように喋る。
「“高澄翔真とは、生まれた頃から両親共々の付き合いで中学まで顔を合わせていた。彼とは高校の辺りで徐々に疎遠になっていき…そして数年前、高澄翔真の訃報を耳にしたのが最後”と」
その翔真の言葉は、スルスルと頭に入り込んでくる。まるで、何度も繰り返し聞いたことがあるようだった。一度聞いただけなのに、その一連の分を、オレは一語一句違わずに覚えてしまっている。
「……な、なんだよ、それ」
「三上四季の“設定”」
設定、その短い言葉が、オレの頭に重く圧しかかった。そんなはずはない、と思っていながらも、考えたくない可能性が頭の中に浮かんできていた。
「居候は、高澄翔真の父親から頼まれていたことだ……だが、俺に父親はいない。とっくの昔に消えたからな」
「嘘、つくな。電話で話したのは、シロと会う直前くらい…つい最近だ!」
「そうか?じゃあ、何を話した」
「……!……っ」
「話したという事実だけ、記憶にあるんだろ?ていうか、そもそもその父親の名前も分からないだろ?そこまで教えてないからな」
「そ、んなこと」
「そもそも、俺は高澄翔真なんて名前じゃないぜ」
否定されていく。何もかも、オレが覚えていることの全て、嘘っぱちだってことか?
息が上手くできない。
オレは、じゃあオレはなんなんだ?
「お前は、三上四季は象物だ。俺たち“対妖の衆”によって生み出された、人の形をしただけの象物だ」
「っ…!!」
「誰でもない。なんでもないんだよ、お前は」
フラリ フワリ
足が無くなったみたいに、オレの身体は揺れ動いたと思うと──────倒れた。




