第61話 日が没する前に
何も聞きたくない。何も考えたくない。夕の光が差す部屋の中、三上は響く時計の音だけを聞いていた。
コッ コッ コッ
部屋の外から物音がした。何も考えないつもりだったのに、人の気配を感じるとすぐに聞き耳を立ててしまう。誰にも会いたくないと、思っているはずなのに。
「誰でもいい。オレに構わないでくれ……」
隣の部屋にばかり、意識がいってしまっていた。
コンコンコン
ノックは、三上の部屋の扉から。三上は来客に顔をしかめた。誰だろうか、恋花?飾音?
「三上四季様。いらっしゃいますか」
「…?」
身構えていた三上の耳に流れ込んできたのは、全く聞き馴染みのない声だった。物静かで、淡々としている女性の声。でも、どこか聞いた事のある声だった。
「……はい。今出ます」
重苦しい身体を起こし、ドアを開けた。
「こんばんわ。お体の具合はいかがでしょうか」
「……こんばんわ」
そこにはメイド服を着た、金髪の女性が立っていた。パッと名前は浮かばないが、彼女のことを三上は知っている気がしていた。どこかで見た気がするが、どこだったか。
「和氣が、三上様をお呼びしています」
「和氣…?あ、長の人か」
「着いてきてくれますか?」
金髪メイドは微笑む。
三上はこの“箱庭”に初めて訪れた日のことを思い出した。長、和氣とはこの“箱庭”を治めている権力者(?)だ。和氣龍馬という本名を知っているだけで、三上は彼がどういう人間なのか、よく分かっていない。
「って、あの人がなんでオレを?」
「私のあずかり知るところではありません」
「でもオレ、今日はあまり外に出たくないんですけど」
「私も、あまり貴方を傷つけたくありません」
「……え?」
「傷つけたくないから、大人しくついて来て欲しいと思っています」
「オレ、もしかして脅されてます?」
はい、と悪びれもせず金髪メイドは告げる。三上は、その貼り付けられたような笑顔が、途端に恐ろしいものに見えてきていた。
「もう一度聞きます。着いてきてくれますか?」
「はい」
即答だった。だが、家から出れば、恋花と顔を合わせることもない、そう思うと少し楽だった。
〜〜〜〜〜〜
夕暮れの街。疎らな人並みが、少し疲れた足で街を歩いている。真っ黒に伸びた影が、日の高さを感じさせる。
「……そういえば、あの太陽も“霊樹”が作ってるのか」
「この“箱庭”にある自然物は、全て“霊樹”の代力によって創り出されたものです」
「虫や動物も?」
「もちろん。これから出てくるお月様もです」
彼女は金色の髪をなびかせ、無表情で可愛らしく空を指さした。
「お名前、なんでしたっけ?」
「K-16。私は人工的に作られた象物です」
「人工的…象物って作れるものなんですか?」
「口で言うほど簡単には出来ません…マネーが必要です。マネーが」
「マネーがあればできるんですか」
「所詮、人の想像で作られる存在ですから……あ、製造方法は企業秘密ですよ」
「分かってますよ。別に気になりませんから」
K-16は唇に指を当て、無表情のままウィンクした。人工的に作られたにしては、かなり人間味があるように思える。それに、よく見ると美人だ。色白な肌と深い茶の瞳が綺麗なコントラストになっている。
「私の口は固いですからね。三上様」
「聞く気ないですって…K、いや、16……あの、なんて呼べば?」
「和氣からは“K”と」
「じゃあKさんで」
「ふふっ!はい、三上様」
その瞬間だけ、花のように笑うその顔に、どこか見覚えがある気がした。どこで見たのか、思い出せるようで思い出せなかった。
〜〜〜〜〜〜
夕暮れを抜けてたどり着いた場所、そこは地下だった。“憑景の衆”本部ビル、その地下深く。エレベーターで5階層深く降下した先に、和氣はいた。
「やあやあ!よく来てくれた!Kもご苦労!」
和氣は笑顔で手を広げ、三上達を出迎える。周りにはカラフルな液体で満たされた巨大なカプセルが何個も置かれている。いかにもな、怪しい施設だった。
「もしかして、ここで象物作ってます?」
「なヌぅ!?なぜ分かった!」
「結構ケミカルな感じで作るんですね…」
「おぉーのぉー」
和氣は叫びつつ、大袈裟にリアクションを取ってみせた。K-16も三上の後ろで、同じようにリアクションを取っている。こんなにひょうきんな人達だっただろうか。初対面の時はこうじゃなかった気がするのだが。
「あの、時間も時間ですし、早く要件を話して欲しいんですが」
「あっはは!すまないすまない。君がここに来てくれたのが嬉しくてね。アガってしまっているようだ」
「三上様、申し訳ありません」
「いいですけど…」
照れくさそうに笑いながらも、和氣はK-16から何かを受け取った。
「改まって話すようなことでもないんだがね」
ごくスムーズな動作で、和氣はそれを三上に向けた。
「──────ようやく、君が1人になったから」
拳銃。
三上がそれを認識する前に、発砲された。
パ ン ッ
と、乾いた音が部屋を響く。
「えっ…?あ…っ」
三上は太腿から流れる熱い感触を感じながら、その場に崩れ落ちた。思ったより声は出なかった。
「……っ、たい…!」
「やはり心苦しい。君のそんな顔はあまり見たくないな」
「はっ……あ、っ…!」
「なんで?って顔をしているね。でも、悪いね。答える気はないよ。僕は君が1人になるのを、殺せる機会をずっと窺っていた」
和氣は拳銃を両手でしっかり握ったまま、倒れた三上へと歩み寄る。次の一発が撃てることをしっかり確認してから、その銃口を三上に向けた。
「結局、君が何なのか最後まで分からなかったな」
「っ…?意味が、っ……オレは、三上、四季です」
「そんな人間は存在しない」
「……!?」
三上を見つめるその目には、嫌悪が映っていた。
“存在しない”その言葉の意味を理解しようとすると、三上はどこか気が遠くなりそうだった。この人まで、そんなことを言うのか。オレは一体、何だったというのか。
「君のような子は、“対妖”と共に消えたはずだ」
「たい、よう…?」
『──────呼べ』
その直後、三上の頭の中に声が響いた。重苦しい声、きっとその場で聞こえていたのは三上のみ。聞こえたならば、三上はその声に従わなければいけない気がした。
「……はい」
三上の表情が能面のようなものにガラリと変わる。だが、和氣は構わず……否、その変化に気づくことなく、三上に向けてその引き金を引こうとしていた。
「な──────っ?!」
弾丸が放たれるその直前、三上は銃口を掴み弾道を自分から外した。
パ キ ォ ン ッ
外れた弾丸は床を跳ね返り、どこかへと飛んでいく。三上は和氣が呆気に取られている隙に、全く無駄の無い動作で懐から札とペンを取り出し、文字や記号とも似つかない模様の羅列を機械のように綴った。人とは思えない動作、和氣が次弾を放つ前にそれは完了。
そして、一瞬にして完成したその札を床に叩きつけた。
「──────解釈拡大」
「っ、君は、まさか…!!」
和氣は我に返り、焦った表情で三上の顔面に再び弾丸を放った。しかし、その弾丸は三上に届くことはなく──────
「やっと、掴んだ」
突如現れた一人の男によって、弾丸は受け止められた。男の姿をハッキリと見た和氣は、忌々しそうにその名を呟く。
「高澄、翔真…!!」
「おじさん。また会えたね」
和氣の狼狽える姿に、現れた男は不敵に笑んでみせた。




