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第56話 唐突にグッバイ

 

 温もりと倦怠感


 三上は目覚める。身体を預け慣れた、ベッドの上で。靄がかった思考で探るのは、今の時刻、そして……。


「ねぇ、起きてる──────」


 いつも大切な、あの少女のこと。

 しかし、かかっている毛布をめくっても、彼女はいない。一瞬、それで思考が止まってしまっていた。足元が寂しい。


「そっ……か。シロは」


 シロは今、入院してる。

 象物(ヴィジョン)を治療するような施設ではなく、普通の人間が通うような、“箱庭”内にある病院に。本来、象物(ヴィジョン)は怪我をしても治療する必要はない。だがシロは、どうやら違うらしかった。


『あの子も“受肉”してる。誰かの命を使って』


 三上は“アリス”の言ったことを連想した。

 多分、シロは人間と象物(ヴィジョン)の狭間に存在している。負った傷の、確かな治し方なんてないらしい。それでも、彼女は生きているということだけは確かだった。


「午前9時30分…いつもより、早いかな」


 寝覚めの悪さから、何となく睡眠の質の低さが感じられていた。眠気の取れきっていない目蓋を擦り、ふらつく足並みで外へ出た。


 扉を開け、すぐ隣に見えた扉を、いつも通りノックもせずに開ける。


「くぉっ、うあああ!」


 そして、いつも通り入った途端に、カチャカチャした音と甲高い雄叫びが聞こえてくる。


「飾音。恋花はどこに──────」


 と、入るとやはり見えたのは、薄暗い部屋で、青白い光を浴びながらコントローラーを持っている少女、明光院飾音。頭や身体のあちこちには包帯が巻かれていた。


「ふっ、ふぅっ!…来たか、三上四季」

「えっ…?な、なっちゃん?」


 そして、そこには普段いない、牟田茶知菜がコントローラーを握って座していた。


「待っていろ。今カタをつける」

「いや、もうお前負けてるよ」

「なに…?この球を敵に当てればいいんじゃないのか」

「ゴールに入れろ、ゴールに」

「ゴー、ル…?」

「なんでそこで分かんなくなるんだよ!」


 茶知菜は納得いってないような表情でコントローラーを手放すと、三上の方に向き直った。


「……カタをつけてきた」

「自分が勝った風に話し始めるな」

「なっちゃん、なんでここに?」

「それがよー、四季に話があるってんで今朝からずっと私の部屋に居座ってたんだよ」

「そうだ。俺は三上四季と話したい」


 すると、茶知菜は思い出したように立ち上がり、すぐに外へ出ていった。そのいきなりの行動に、三上は頭を傾げた。


「……ついてこいってことじゃね?」

「あ、そっか……行かなきゃ」

「おおい、ちょっと待て。四季は四季で、私に用があって来たんじゃねぇのか」

「ん?……あ、恋花だ。恋花がどこにいるのか知らない?部屋にはいないっぽいんだけど」

「あー?確か…シロのとこに行くっつってた気がすんな」

「分かった。ありがとう」

「あ、ちょっと待て」


 出ようと踏み出そうとした三上を、飾音は呼び止める。何やら不安げな表情で、言うか言うまいか迷っている様子。


「前から思ってたんだけど、お前さ……あの……あー、やっぱいいや。なんでも、ない」


 飾音はそっぽを向く。

 変なの、そう言うと三上は飾音の部屋を後にした。出ると、外から差す陽の照りに思わず身体を伸ばしてしまっていた。


 寮の敷地を出てすぐそこ、河川敷で茶知菜は待っていた。


「なっちゃん、話って?」

「話というか…礼を言いたかった」


 三上を見るなり、茶知菜はすぐに頭を下げた。


「ありがとう。助けられなかったら、俺は恐らくあそこで死んでいた」

「あ……そっか。なっちゃん助けようとして、ああなったんだっけ」

「そうだ。そして、すまない。シロが負傷したのは俺のせいだ」

「いいよそんな。ていうか、なっちゃん助けに行ったのは恋花や桐緒くんだし。シロが今あんなになってるのは多分──────」


 シロが赤い尾に貫かれるその瞬間が、フラッシュバックしてしまう。あの時なにも出来なかった自分に、三上は思わず顔を顰めた。


「俺のせいだ。俺が、無茶したから」

「そうか。確かにそうだ。三上四季が来なければ、シロは狙われなかっただろうからな」

「あ……うん。そうだね」

「だが、今こうして俺や空木恋花、星衛桐緒が無事でいるのも、三上四季、お前のおかげだろう」


 茶知菜は無表情に語る。それは三上を慰めるために言っているのか、はたまた思っていることをそのまま口に出しているだけなのか。真意は定かでは無い。


「間違いなくお前の行動によって、“憑景”は良い方に傾いた。そして、恐らくシロの負傷は明日には治っているだろう」

「なっちゃん…」


 だが、真意は定かでなくとも、茶知菜の言葉を聞いた三上は、安心することが出来ていた。


「なんだその顔」

「感謝してるんだよ。本当に、ありがとうなっちゃん」

「急になんだ、気色悪いぞ」

「あ、ごめん」

「ふぅ…話したいのはこれだけだ。あとは──────」


 茶知菜はポケットからカードと名札を三上に手渡す。それは、道場の生徒であることを示す物であった。


「それを道場に、石川センセイにでも返しておいてくれ」

「え…なんで?」

「知ってると思うが、俺は“憑景(ここ)”の者ではない。それがバレてしまった」


 茶知菜はフードを深くかぶる。


「ここを去る。元の場所に帰るのだ」

「お、お別れってこと?」

「まあな。お前が俺を捕まえれば、すぐにそうはならないかもしれないが」


 薄く笑んだと思うと、茶知菜の右腕が3倍くらいの長さに伸びる。


「お前がシロなしで、俺と“ろくろ首”に勝てるかな」

「捕まえないよ。俺となっちゃんは、友達だし」

「ふっ…友達か」


 腕を元の長さに戻すと、茶知菜は三上に背を向けた。朝日を反射している川を眺めながら、茶知菜はため息混じりに言う。


「結構楽しかった。他の連中にも言っておけ」

「……皆寂しがるよ」

「どうだか。だが、永遠の別れではない。またどこかで会うだろう」


 振り向くことはせず、茶知菜は川に向かって歩いていった。


「さらばだ」

「あ……バイバイ」


 手で別れのサインを告げると、茶知菜の姿は道の向こうへ、どんどん遠ざかっていった。突然現れ、突然去る。彼は一体何者だったのだろうか。


「悪い人では、なかったな」


 不思議に思いながらも、三上は、彼に対しての親しみと寂しさを感じていた。


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