第53話 蘇生
ほの暗い、冷気舞い込む洞窟の中。
2つの炎が、熱気を舞い上げながら向き合っていた。
「三上、四季…!この私と戦おうというのですか」
1つは煌々と、その猛き炎の如き熱気を高く上げ、纏いながら。対する炎を鋭く睨んでいた。
「っ…当たり前だ。お前を、倒して、皆と無事に帰る」
もう1つは、不安定に揺れる炎。今にも地に伏してしまいそうなオーラを、その身と共に揺らしている。
三上四季は、全身を引き裂くような痛みと記憶の濁流に耐えていた。“赤尾”の力を写し取ったのを合図に、それは三上の精神を削り取るべく駆け巡っていた。
『シキくん。他には、どんなことができるの?』
相も変わらず身に覚えのない記憶ばかり。自分が誰なのか分からなくなりそうなくらい、その記憶は頭に流れ込み、三上の意識を容赦なく刈り取ろうとする。それでも、三上がその地に力強く立とうとするのは──────
「シ、シキィ…シキの、バカぁ…!」
「大丈夫だから。シロは下がってて」
シロのため。恋花のため。なっちゃんのため。桐緒くんのため。ちゃほ先輩のため。
皆、もう戦える状態じゃない。
「“赤ずきん”…!皆を殺すって言うんなら、オレを殺してからにしろ!」
「ボスには、貴方は殺さないようにと言われているのですが…」
レッドはチラリと視線を後ろに投げる。視線に気づいた“アリス”は何も言わず、ただ小さく頷いた。
「痛みつけるくらいはいいみたいですねぇ…!ひひ、二度と立てなくなるくらい、ボロボロにしてあげます!!」
三日月のように口を歪ませ、レッドは不気味に笑う。赤い尾を悪魔の舌のように揺らがせながら、三上へと歩み寄っていく。
「誰が──────ボロボロになるのは、お前の方だ!!」
先手必勝。
先に仕掛けたのは、三上の方だった。
不安定に赤尾を揺らしながらも、その尻尾の先を、レッド目掛けて飛ばして見せた。
ド ゴ ォ ッ!!
岩の砕ける音。瓦礫が飛び散ると同時に鳴ったその音は、間違いなく標的に命中した音ではなかった。
「避けるまでもない…何をしてそうなっているのかは知りませんが、貴方はまだその力に慣れていないらしいですね」
「…!」
「では、次は私の番ということで」
蛇が地を這うように、レッドから伸びた2本尾は宙を泳ぎ、三上目掛けてすっ飛んでいく。対抗すべく、三上は残った1本を伸ばすが……
「拙い。あくびが出ちゃいます」
レッドの尾はすり抜けるように、三上の攻撃を掻い潜り、あっという間に三上へとたどり着いた。
「シキ!!」
「っ、避け──────」
ヒ ュ ガ ッ
風を切る音。
人間の身体など、容易く穿つその威力が三上に触れる。
その時、三上は確かに“赤尾”の力を写し取っていた。しかし、“赤ずきん”は受肉した象物。彼女の身体の耐久性は自前のものであり、彼女の解釈の中には、身体能力の強化は含まれていなかった。
「いけない。痛めつけるつもりが殺しちゃっ──────!?」
「まだみたいよ。レッド」
レッドの尾は、穿とうとした三上の身体によって止まっていた。豆腐のように砕けるはずだった人間の肉。レッドにはそれが、鋼鉄の塊のように感じ取れていた。
「──────“ミノタウロスの斧”」
三上の右手には、巨斧が握られていた。
「……?!!」
その異様な気配を感じ、レッドは尾を引っ込め、距離を取った。その斧、三上の全身から感じるのは、あの“薄川帝誠”の象物“ミノタウロス”の力。三上四季が写し取って使った力なのだと、予想は出来た。
「どういう、ことだ……!」
レッドの頬に、冷や汗が伝う。
“写し取った力”。それにしては、感じ取れる力が本物に、“真”に迫りすぎている。受肉した象物だからこそ感じ取れる、象物の気配。三上が纏っている“それ”は、あまりにも似すぎている。“ミノタウロス”と契約しているかのようなその気配に、レッドは激しく動揺していた。
「っ、まだ、いけるか…?」
当の本人、三上は攻撃に対してなんのダメージも受けていない。にも関わらず、その表情は苦痛に歪んでいた。
『──────シキ、君にはここで死んでもらう』
『お前が死ぬ必要は無いんだ!!』
記憶の奔流が、更に勢いを増したからだ。
今にもくずおれそうな体を、それでも前へ。
「翔真なら、そうするはずだから…!!」
「なん、なんだ、お前は」
レッドの嘲笑するような笑みが、その時点で消え失せる。目の前の存在を“ムカつくガキ”から“警戒すべき敵”に。
「解釈拡大“大狼”」
その姿が、真っ赤な獣へと変貌する。
“赤ずきん”
“九尾”の片割れであった“赤尾”と象物“赤ずきん”をその身に宿し、受肉した存在。2つの象物を同時に受肉させた彼女は、異例中の異例だった。その身がいつどうなるのか、彼女自身、受肉させた“アリス”にさえ分からない。
ただ、一つだけ確実なことは──────
「…!シキ、ダメよ。ソイツは…逃げてよ…!」
その身に宿した代力は、間違いなく、どの“二つ尾”の力も凌ぐ。
「ダメだ、シロ。コイツは、皆を殺そうとする…だから、オレが、コイツを殺さなきゃいけないんだ…!!」
「ス、スミマセンボス──────」
三上はその身を奮い、巨斧片手に走り出した。
見据える狼の背後には炎が揺らぎ、その身を大きく燃え上がらせている。
「コイツ、コロスシカアリマセン!!」
「レッド、ダメじゃない…まあ、でも、分かったわ」
2つの炎がぶつかり合う。
金属音、破砕音を響かせながら、辺り一帯を破壊していく。どちらの炎にも、もう迷いの揺らぎは見えない。目の前の存在を食い尽くそうと、目の前の存在を消してしまおうと、その火の手を敵へと伸ばすのみ。
その光景に目を細めた“アリス”は、祈った手で、その場にいた全員に語りかける。
「“九尾”の片割れ、狐の少女達は受肉した象物として、その身に膨大な代力を宿しています」
「“九尾”の持つ解釈は“事実の消去”。消した存在や出来事は、この世の全ての人間の記憶から消え失せる」
「三上四季、貴方の記憶を追体験して、確信出来ました」
レッドとの激戦の中、三上は頭に響いた、その言葉を聞く。
「高澄翔真は、この力によって何かを消されている」
「…!?」
「それが何なのか。記憶なのか、はたまた出来事自体なのかは分からない。でも、確かに消えている。分かるでしょう?」
三上の脳内にノイズが走る。
流れてくるのは、覚えのない、翔真との記憶ばかり。
「あっ、ぐ、あああぁぁぁ!!」
「スキあり、ですね」
レッドの攻撃が、三上の身体を地へと叩き落とす。確かなダメージに苦しみながらも、三上はなおも体を起き上がらせる。かき乱される脳に耐えながら。
「シキっ!!」
「シロちゃん。今話しているのは、あなたにとっても、とても大事なことなのです」
「…!うるさい、何の話!!」
「“九尾”の解釈は“事実の消去”。つまり、解釈によって消せることも出来れば、もちろん──────」
「元に戻すことも、できるって、こと?」
「翔真を、生き返せる……?」
記憶の乱れで余裕のない中、その一言で三上の意識が、戦いから逸れる。それと同時に“ミノタウロスの斧”が、三上の手から消えた。
「防御の手がお留守ですよ!!」
その意識の空白を狙うように、レッドの尾が、三上を貫いた。
「──────え」
「あ…ボス、すいません」
「…………え?」
血に濡れた腹部を、真っ赤な尻尾が貫いていた。
三上の視界は、電源を切ったテレビの画面みたいに、プツンと黒くなる。シキ、シキ、と呼ぶ声。それを聞き取れていた聴覚さえも──────
そうして、三上四季の意識は途絶え、二度目の死を迎えた。
そして、意識は入れ替わるように、三上四季の身体に別の意思が流れ込んでいた。




