第52話 ロードランナー
躍動を始める赤い2本の尾を前に、三上達は身構える。“アリス”の言うことが全て正しいのだとすれば、レッドと呼ばれる、この人間の強さはシロと同等か、それ以上。名家の3人を相手にできていたことも、今なら頷ける。
「三上四季以外ハ、殺ス……!!」
うねる赤尾が最初に狙ったのは──────
「っ、気をつけて恋花!!」
「分かってる…!“八拳”!!」
迫る赤尾。
対する恋花の拳には、膨大な代力が宿る。
「せえぇぇぇ、のォっ!!!」
衝突。風が破裂したように吹きすさぶ。
蛍火のようなオーラを纏ったその拳が、槍の如く走る尾を迎え打った。単純な力によるぶつかり合い、その結果は──────
「こいつ、シロより──────いっ!」
負けたのは、恋花。
迎え打った恋花の右腕がひしゃげ曲がると、その長くも細身の身体は、簡単に跳ね飛ばされる。風を切りながら、三上の横を過ぎていった。
ド ゴォ ッ !!
激突音が、三上の後ろで響く。
レッドは余裕の表情で、その姿を獣から人へと戻した。
「はぁ、ぬるいですね。名家様と言えど、所詮はこの程度ですか」
「よくも、恋花を…!!」
「何を睨んでいるんですか。私は男の子に興味はありません。ボスの命令がなければ、貴方など、とっくに細切れになっていることを忘れずに」
「レッド、ダメよ」
「ええ、もちろんですよ。ボス」
レッドは三上を興味なさげに一瞥すると、ツカツカとヒール音を鳴らしながら、恋花のいる方へと歩く。三上は目の前にいる彼女の強大さに気づいていながらも、その身を奮い立たせようとしていた。
「オレが…オレが、ちょっとでも時間を稼げれば」
赤い毛皮を見つめ、手の平を拳に固める。
シロ並の力、それを写し取れればきっと打ち倒すことだって出来るはずだ。三上が考えたその時。
「──────なん、だ、これ」
デジャブというやつなのか。
その瞬間、三上の頭を駆け巡っていたのは、覚えていないはずの一昨日の記憶だった。前の“貫田”との戦い、そしてそれは“白尾”の力を写し取った瞬間でもある。あの日の記憶、三上はシロの力を写し取り、そして──────
「……なんでオレ、こんなこと今の今まで忘れてたんだ」
嫌な汗が、頬を伝う。
“九尾”の解釈は“事実の消去”
アリスの言った言葉が本当なのだとすれば。シロの能力もそうなのだとするなら。
「やああぁぁぁぁあ!!!」
甲高い雄叫びが聞こえると、背後から通り過ぎたはずのレッドが飛んでくる。レッドは吹き飛びつつも、ヒールでブレーキをかけ、ちょうどアリスの横で止まる。
「流石は同じ“九尾”の片割れ…一筋縄ではいきませんね」
「はぁ…はぁ…なに!意味わかんないこと言わないで!」
土埃に汚れた白い毛皮を揺らしながら、シロが三上の横に立った。戦いが続いたからか、流石に彼女からは疲労が見えている。シロはその双眸を鋭く三上に向け、口を尖らせて言う。
「シキ!今、また戦おうとしたでしょ!」
「う、うん…ごめん」
「もう!シキは私が絶対に守るから、戦わなくてもいいのっ!!」
「ねぇ、シロ」
「ん?なぁに?」
その銀髪が、妖しく揺れる。
この切迫した状況で、ボロボロの姿で、シロはオレに微笑みかけてくれる。それはきっと、オレを安心させようとして。それは多分、オレを守ろうとして。
そんな彼女を見ていると、オレの杞憂など、どこかへ行ってしまった。シロが、オレを騙すはずがない。オレの記憶がおかしいのは、シロが僕のためにやったことなのだ。
「…いつも、ありがとう」
「え?な、なに急に」
三上は、割れそうな頭を押さえながら、シロの前へと歩み出る。目の前の強敵を見据え、戦いのイメージを頭の中に描いた。想像するのはいつだって、自分ではない別の姿。
「…?!何してるのシキ!やめてってば!!」
「下がってて…大丈夫だよ。オレがおかしくなったら、また、記憶消してくれればいいから」
「…!なんで、それを」
「オレはシロの味方だし。シロは、オレの味方だから──────」
その目で赤い毛皮を見据え、口を開く。
「──────解釈拡大“赤尾”」
ザワ、と三上の纏う空気が豹変する。
「三上四季。一体、何を」
告げたと同時、膨大な代力と膨大な記憶が三上に流れ込んできた。人1人に収めるには大きすぎる、その力と情報に、三上は苦しい呻きを上げる。
「う、あ、があああぁぁぁぁぁ!!」
忘れていた感覚が、蘇ってくる。
全身を裂くような痛み。破裂してしまいそうな感覚。そして、思考することもままならないほどに頭を回転する記憶の数々。
『シキ!一緒に遊ぼう!』
『おい。おっせーぞ!シキ!』
『なんやシキくん。泣いてるん?』
『シキ様っ!てててて、手、繋いでください!』
また、揺らぐ。自分が、どこかへ行ってしまう。今ここに立っているはずの三上四季が、消えてなくなってしまう。オレがオレで無くなってしまう。
それでも、三上は意識を保った。力と記憶のラッシュの中、高速で過ぎていくその渋滞の中を、歯を食いしばって耐えた。以前よりも固く、強くその意識を保てているのは──────
「バカ…バカシキ!!なんで、なんでそんなことするの!!」
シロがいたから。彼女が、三上の傍にいたからである。やがて、三上の意識は激しい奔流を抜け、その意識を現実へと引き戻した。
「私と同じ二つ尾が、もう1人…?こんな、ことが」
「シロも、恋花も、皆、誰一人として殺させない」
赤い毛皮。オーラと共に、炎のように揺らめくその姿は、レッドの視界の中で、シロよりも強い存在感を放っていた。
「オレは三上四季だ。この力で、お前の全てを写し取る男だ──────!!」
自我を保つように、言い聞かせるように、己の存在を強く言い立てた。




