第51話 赤い毛
辺りを飛び交う鮮血。
三上の目に映っていたのは、血まみれで横たわる飛鳥茶誉の姿と──────
「グウオォォォォォォ!!!」
咆哮する、赤い獣の姿であった。
赤いフードに赤い毛皮、巨大なオオカミのような出で立ちで、獣は二本足で立っていた。異様なまでの威圧感は、対峙するだけで肌がピリつくほど。
「あ……う……」
恐怖、そして極度の緊張から、三上は息を詰まらせ、その獣から目が離せないでいた。
「──────シキっ?!なんでここに!!」
「……!恋、花」
しかし、恋花の声によって覚醒。
我に返った三上は、そこでようやく周りを見渡すことが出来た。うつ伏せで倒れている茶誉、壁によりかかり項垂れている桐緒、そしてボロボロの状態でかろうじて立っている恋花。
獣を前に、名家の3人は満身創痍であった。
「来たのね、三上四季」
そして、獣の後ろで陣取っている少女“アリス”。
「こうして会えて嬉しいわ。話をしましょう」
「四季!2人を連れて逃げて!こいつの狙いはシロと貴方──────」
「“赤ずきん”、そこの、黙らせてくれる?」
“アリス”の合図と同時に、獣は恋花へと飛びかかった。振り上げられた鋭い鉤爪は、恋花に突き刺さるかと思いきや、
「っ!!やめなさい…!」
シロの尻尾によってそれは止められた。
「グ、オ、アァ……!」
「くっ、コイツ……!!」
名家三柱を相手にした後だというのに、“赤ずきん”と呼ばれた獣は、シロに対して互角……否、むしろシロに対して優勢な様子を見せていた。
「尻尾は、もう一本あるのよ!!」
尻尾を両手で掴んでいる“赤ずきん”の不意を突くように、シロの二本目の尻尾が襲いかかる。しかし、“赤ずきん”は喉元目掛けて飛び込んでくる尾に向かって、動揺の色すら見せず、その口を大きく開けた。
「“猟師”」
その刹那に、破裂音。
その口から伸びた猟銃が、向かってくる尻尾を撃ち落とすと、“赤ずきん”はシロを恋花のいる方向へと投げ飛ばした。
「シロ!!」
「ぐっ──────いっ、た…!」
「グオオオオオオォォォ!!」
シロと恋花の前に、赤毛のオオカミが立ち塞がる。完全に隔たれた状況、三上は“アリス”と一対一で向き合っている。
三上がとうとう戦うしかない状況になる中、“アリス”は何をするわけでもなく、じっと三上を見ていた。
「安心して、私、戦えないから」
「なんなんだ……お前ら、シロを捕まえて何をするつもりなんだ!」
「“白尾”は私たちの本当の目的じゃあないわ。ついでよ、ついで。“白尾”が目的で、貴方達を攫ってきたんじゃないわ」
まるで小学生が通学路を通るみたいに、“アリス”はごく普通の足取りで、三上へと近づく。
「貴方よ。三上四季」
「オレ……は、何も、お前らが望むものは何も持ってない」
「そうね。そうだろうと思ったわ」
「……?!」
唐突に踵を返す“アリス”に、三上は顔を顰める。
“アリス”は少し遠くで戦っているシロ達に目を細めると、首をコテンと傾げてみせる。
「おかしいと思わない?」
「は?何の話だ」
「“白尾”……シロちゃんと言ったかしら」
「シロは、何もおかしくない」
「あの、まるで人間みたいな出で立ち。見た目の通り、その中身も、物言いも、そのまんま子供みたい」
「それの何がおかしい」
切迫した表情で、“赤ずきん”と戦うシロ。
白と赤の攻防。その中でも彼女は一際強く光を放っている。
三上は“アリス”の言葉を聞いても、その姿になんの違和感も持てなかった。
「きっとあの子は歳をとるわ。もう数年もすれば大きくなって、身長とか、貴方なんかはすぐ越してしまうかもね」
「だから、それのどこがおかしいんだ」
「それじゃあ、ただの人間。“象物”ではないみたいよね」
「……象物、ではない」
「“象物”は人間の想像によってその姿を保っているの。人が年老いた姿を想像すれば、老人に。幼い姿を想像すれば、その姿はずっと子供のまま」
「シロは人間だって、言いたいのか」
「違う。それでも彼女は、“象物”なの」
“アリス”はどこからともなく、1冊の本を取り出した。
“髪長姫”それは古ぼけた童話の絵本であった。
「“受肉”。象物は人の命を引き換えにすることで、この世にその身を降ろすことができる。私たち“童話”も、こうして現世に降り立った」
「……!!」
「私は、まだ体を新しくしたばかりだから、少し幼いけどね」
「お前らは、“童の足跡”は、人を殺して、そうやって……!」
「安心して、この体は汚い大人共を使ってる。子供たちの命は、1度たりとも殺めたことはないわ」
「変わらない…大人だろうが、子供だろうが、それは人殺しだ!!」
「そう、だから私たちは犯罪組織と呼ばれてるの……でも、なんで“白尾”はいいのかしらね」
“アリス”鋭い視線で、三上を見る。
「あの子も“受肉”してる。誰かの命を使って」
「…?!そ、そんなわけ」
「そう、貴方は何も知らない。あの子が誰の命で生きているのかも、あの子といつ契約したかも、あの子といつ出会ったのかも。とりつかれてるのよ、あの化け狐に」
「っ──────」
割れるような頭痛が三上を襲う。
いつ契約したのか。いつ出会ったのか。その瞬間、その場面、何も、何も浮かばない。何故考えようともしなかった。何故、それに気づかなかった。
そんな三上の頭に、“アリス”はそっと手を添える。
「私は知りたいの。貴方の知らない“体験”を」
“アリス”の吸い込まれるような瞳が、三上の瞳を覗き込む。三上は苦痛に顔を歪めるだけで、何の抵抗も出来なかった。
「見せて……“ウサギの穴”」
“アリス”の右目の瞳孔が歪み、鍵穴のような形に変わる。
三上は何かされていることを感じていたが、何をされているのかは分からなかった。痛みもない、不快感もない、鍵穴がこちらを覗き込んでいるだけ。振り払おうにも、なぜだか振り払えなかった。
やがて数秒もすると
「──────っ!!っはぁ……はぁ……」
“アリス”は何かに弾かれたように後ずさり、その右目を痛そうに押さえていた。
「やっぱり…やっぱり、そう。消えたのは、“ヘンゼルとグレーテル”。消したのは……ふふ、最後までは見られなかったけど、十分ね」
「な、にを」
「やっぱり、貴方は何も知らない子供だった。狐に取り憑かれてるだけの」
「く、来るな!もう触るな!」
「怖がらないで。私たち“童話”は子供の味方。私たちと一緒に──────」
「ボス!!避けてください!!」
女性の声の後、投槍のように飛んできた両足が“アリス”を突き飛ばした。
ゴッ!! ガッ!!
体をくの字に曲げ、“アリス”は人形のように地面へと叩きつけられた。呆然とする三上の前で、恋花はよろめきながらも立ち上がった。
「四季、大丈夫?あの女に、何もされてない?」
「あ──────うん。シ、シロは」
「大丈夫よ。平気」
恋花の指さす先、崩れた岩壁の中から這い出てくるシロの姿があった。“アリス”はいつの間にか現れており、赤いフードの女性によって抱き抱えられている。フードの女性は恨めしそうに、こちらを睨んでいた。
「貴様ぁ…!ボスが情けをかけているというのに……!!」
「いい、いいの。“赤ずきん”。もう私たちの知りたいことは知れたわ」
“アリス”は抱えられた状態から下ろされると、優しく三上に微笑む。
「三上四季。お礼に貴方の知りたかったことを教えてあげる。ついでに、空木のご令嬢にも」
「オレの、知りたかったこと」
それは恐らく、シロの持つ“解釈の軸”のこと。
「“白尾”達は本来、1つの“象物”のはずだった」
「白尾、達?」
「“九尾”。本来ならば九つの尾を持つ狐の“象物”。それが何故、人として受肉し、複数の“象物”として分かれているのか。私にも分からない」
複数の“象物”
その言葉に、三上はなんの見当もつかない。しかし、恋花には、その言葉が指している“象物”が、頭に浮かんでいた。
「まさか、クロのこと……?!」
「ク、ロ…?」
「“九尾”の持つ解釈は“事実の消去”。あらゆる人の記憶や記録から、事実を消し去ることができる」
「記憶、を…」
「なんでそんな解釈なのか。やっぱり、私にも分からないわ。でもね、一つだけ確かなことはある」
恋花は息をのみ、三上の頭には、再び頭痛が走っていた。
「九つの尾を揃え、“九尾”を顕現させれば、どんな願いも叶えられるほどの代力を得られるということ……私たちはこの力で、子供だけの世界を作る」
「どんな願いでも……?そんなわけ!なんで、アンタ達がそんなこと分かるってのよ!!」
“アリス”は恋花の言葉を鼻で笑うと、“赤ずきん”に顎をクイと合図をする。“赤ずきん”は再びその姿を獣へと変化させると、さらにその姿を包んでいた赤いフードを脱ぎ捨てる。
「……!!」
真っ赤な毛並み。
オオカミに見えていたその姿。その先、頭から腰にかけて、視線を滑らせていくと、その正体には、自ずと辿り着く。
「2本の、尻尾……?!」
「レッド、三上四季以外はもう、殺していいわ」
雄叫びと共に、赤い尾は躍動を始める。




