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第48話 犬パンチ

 

 視界が、揺らいでいた。

 明光院飾音は後頭部にズキズキとした痛みを感じながらも、目を開けた。視界に飛び込んでくるのは、岩肌を歩く太い足。動こうにも、身体は言うことを聞かなかった。


「デュフフ、もう、小生にここまでさせるなんてっ☆悪いコですなっ、カザネン!」


 小躍りしながら“三匹の子豚”の男は、飾音の頭髪を掴み、その身体ごと持ち上げた。


「っ!いっ、てぇ、な…!」

「2人で愛の巣作ろーねっ、カーザ──────」


 飾音は苦痛に顔を歪めながらも、男に向かって唾を吐きかけた。にこやかだった男の表情は、それを機に般若のような顔へと変貌していく。


「ちょーしにのんなよ、このクソガキがっ!!」


 なんの躊躇いもなく、飾音を地面に叩きつけた。


 ゴ ズ ッ !!


 鈍い音が地を叩く。

 男は頬についた唾を舌で舐め取りながら、再び飾音を持ち上げた。朦朧としている飾音の頭からは、血液を止めどなく流れている。


「おい、聞いてっか?クソガキ。今のはお前最悪の選択だったぞ」

「あ…?」

「お前は肉便器確定だ。ウチの仲間なんかにしてやんねぇ。オレが今日から三日三晩犯し続けてやるよ」

「はっ……ばーか。童貞野郎が。私を犯せるほどのもんが。お前に。付いてるわけねーだろ」

「はいカッチーン。今のでお前に対する慈悲はマジで無くなったからな」

「元から、無かっただろが。性奴隷に、する気満々の、目ェしてたクセに」


 依然として、飾音は笑みを崩さない。

 その様子に男は不機嫌に顔を歪める。飾音の髪の毛を掴み、半ば引きずりながらも、男はある方向へと向かった。


「見えっか?お?」


 男は飾音を持ち上げ、目の前に広がる光景を見せる。それは、この騒動に巻き込まれた関係ないゴロツキ共と、星衛桐緒が倒れ込んでいる光景であった。


「今から〜、コイツら1人ずつ殺していきマース」

「…!」

「やめて欲しかったら〜、泣きながら、惨めに、オレに向かって謝ってくださ〜い」


 男はニヤついた声で、桐緒へと迷いなく近づいていく。


「あ、犯してもらうのを懇願してもらってもいいですぞ!“ぶっといチンポであたしのおまんこ犯してぇ”くらいでいいですからな」

「っ、ロン毛!起きてんだろ!今すぐそこのヤツら連れて逃げ──────」

「るせぇっ!!」


 飾音の頭が勢いよく踏みつけられた。

 鼻血を垂らし、息も絶え絶えの状態でも飾音は桐緒に向かって叫び続ける。


「ロン毛!てめぇ、名家の当主になるだろうが!肝心なとこくらい役に立てよ!!」

「……あ゛あ゛、悪ぃな。傷は癒えてきたけど、動けねぇ」

「馬鹿野郎!動けなくても動くんだよ!」

「無茶言うな……は、でも、大丈夫だ。お前は、死なねぇ…」

「っ、何を…!」

「ちっ、オレ抜きで会話しやがって……小生とカザネンの会話を邪魔する輩は、こうですぞ!!」


 男の右足が豚の足に変身すると、その足は超重量と共に、桐緒の顔面目掛けて落とされた。足裏が桐緒を踏み潰さんと迫ったその刹那──────


「っ……?!」


 その足は、横から伸びてきた、はるかに細い足によって止められていた。不自然なほどのそのサイズ差に、男は面食らう。

 数歩、後ずさった男に向かって、その女は冷たい声を発した。


「ねぇ、死にたいの?」

「恋、花……」


 空木恋花は鋭い眼光で男を睨んでいた。

 どこまでも凍てついてしまうようなその瞳に、男は本能的な恐怖を感じていた。


「おぉマイハニー。遅いぜ…」

「……それ、死なないわよね」

「あぁ余裕。もうちょっとしたら、動けるように、なる」

「じゃあそれまでに終わらすから」


 恋花は二、三度拳を打ち鳴らすと、現れたオオカミと共に男へと歩み寄る。それに合わせて、男は飾音を掴んだまま後ずさった。


「飾音を離しなさい」

「あ、あ…?は、離すわけねぇだろ。それ以上近づいてみろ、この、クソガキを──────」


 一度の瞬き。

 その数瞬の間で、いつの間にか男の手は恋花に掴まれていた。


「クソガキ?それ、誰のこと言ってるの」

「あ、あああぁぁぁ!!!」

「ねぇ、飾音は誰よりも良い子よ。誰よりも頑張ってる。そんな子をアンタ……分かってるわよねぇ」


 男の腕がバルーンアートのように歪む。

 真っ赤に染まっていく手先から、はらりと飾音の髪が離れていくのを確認してから、恋花は手を離した。


「義牙、飾音は頼んだから」

『承知』


 力なく項垂れる飾音は、オオカミによって運ばれていく。恋花は、膝をついて悶える男を冷たく見下ろしている。


「ねぇ、逃げた方がいいわよ。今の機嫌だと、私貴方を殺しちゃいそうだから」

「ぐ、っ……なんだババア。てめぇ急に出てきやがって!てめぇなんざ肉便器にしてやる価値も」

「肉便器?そんな言葉、飾音に言ったの?」


 恋花の拳に代力が宿る。

 男は後ずさりながらも、ほくそ笑んでいた。

 おそらくこの女は筋力を強化して戦うタイプの契約者。脳筋女だ。


 “藁の家”

 1度だけ、どんな攻撃をも防ぎ、“木の家”と“レンガの家”の強度をリセットする解釈。藁で防げなかった攻撃は、木の家で確実に防げるようになり、木の家で防げなかった攻撃はレンガの家で確実に防げるようになる。


 今、この女が拳に込めている代力は尋常ではない。一流の契約者の10倍以上の代力をそこに感じる。恐らくは防御系の解釈だろうと、一撃で粉砕してやろうと考えているのだろう。


「脳筋女が…」


 ニタリ、と笑った。

 この一撃を“藁の家”で防げば、その一撃ですら砕けない“木の家”が。更にその上の攻撃があったとしても、まだ“レンガの家”がある、


 “三匹の子豚”の男は勝ちを確信していた。


「っ、恋花!気をつけろ!その男の解釈“三匹の子豚”を起源にしてる!」

「三匹の子豚…?ああ、あれね」


 ちっ、余計なことを。だが問題ない。脳筋女はその力を保ったままだ。こちらの解釈には気づいていない…!


「3回、殴ればいいのね」


 呟き、恋花は男に拳を振りかぶった。


 フ ァ サ


 軽い音と共に、藁が舞う。

 瞬間、膨大なエネルギーが男の身体中を満たし、その力を高めた。


「来たっ……!!この強度!テメェはもうオレに傷1つ──────」

「2回目」


 バ ギ ィ ッ!!


「──────は?」


 最硬かと思った“木の家”は、次撃で無惨に飛び散った。そして、再び、先程とは比にならないほどの膨大なエネルギーが男を満たした。


「デュフっ、今度こそ!最強の“レンガの──────」

「3回目」


 ボ ゴ ォ ン ッ!!


「あ」


 “レンガの家”は、あっという間に砕け散る。

 そして、男の目には、更に膨大な代力を込めた拳を構えた恋花の姿があった。


「待っ──────!!」

「“八拳(ハチケン)”」


 表情をひとつも変えず、拳は振り抜かれる。

 わずか四撃目にして、その拳は鎧に守られていた男の脂肪を抉り捉えた。

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