第46話 ハイド・ザ・ポイズン
遠く、その音は遥かまで届く。
鈍い音が、深い谷底に響いたのだ。聞こえるはずがないその音に、シロは眉をひそめる。
「カザネン…?」
無意識に出たその声で、シロは飾音の窮地に気がついた。
「シロ、どうしたの?」
「カザネンが危ない、かも」
「どこにいるのか分かる?」
「分かんない。もし、もしカザネンが酷い目にあってたら……私、私」
ザワ…とシロの纏う空気が尖りだす。
どういうわけか分からないが、今のシロが精神的に不安定であることに、三上は気づいていた。これ以上なにかストレスが押しかかれば、シロはどうなってしまうのか分からない。
「大丈夫だよ。シロはなっちゃんと桐緒くんと一緒だろ?今オレ達がすることは、皆と合流することだ」
「うん……分かった」
シロは俯きながらも、とぼとぼと歩き出した。
おもちゃ箱を持って行った人の方へと、三上達は進んでいく。
だが、いくら進めど景色は変わらない。暗がりと鍾乳洞がひたすらに続いているのみである。
チロチロチロ
そんな暗黒に一羽、小さな小鳥が舞い込む。
小鳥は囀りながら、三上たちの進んでいる方向へ向かい、やがてその先にいる人の手に止まった。
「暗い顔ね、お嬢さん。困っときはね、歌うといいわ」
真っ白なドレス。
暗がりの中でもハッキリ視認できるくらい、純白のドレスに身を包んだ女性が立っている。不気味に笑んで、立っている。
シロは警戒しながらも、恐る恐る聞く。
「歌うの?」
「ええ、歌って見せて、お嬢さん」
「か、影に紛れて勇気で照らす〜♪」
恥ずかしながら“魔法くノ一カザネン”のテーマソングを口ずさむ。ドレスの女性は微笑みながら、片手にバスケットをさげて近づいてくる。
その雰囲気に、三上は微かに恐怖を感じた。
「シ、シロ。歌うのはいいけど、多分この人…」
「陰るネガティヴはマジカルクナイで〜♪」
「シロ…?」
三上の声は届いているはず、だが、なおもシロは歌うことを止めない。否、止められないのだ。口を楽しそうに動かしながらも、シロは焦った表情で首を横に振る。
「さあ元気を。笑って見せて。ふふふ。その調子よ」
「ダメだ。一旦この人から距離を──────!?」
シロの手を引いて、その場から離れようとしたその時。三上達の足元に7人の小人が這いより、その足を拘束していた。
「私は“白雪姫”…そう」
“白雪姫”はバスケットから髑髏が浮かび上がったリンゴを一つ取り出し、三上達目掛けて放り投げた。
「“一口、齧って”」
「……!!」
強烈な死のイメージを放つリンゴは、素人目に見ても攻撃だと分かる。だが動けない、故に避けられない。リンゴが三上の目の前で弾けようとしたその時
「シキっ!!」
白い尾が、その毒を遮った。
拡散していく毒の霧は三上に触れることはなかったが、触れてしまったシロの尾は、紙が絵の具を吸うように色を変えていく。
白→紫へと、毒々しい色に染まっていった。
「っ……ああぁ!!」
シロはよろめきながらも、尾で小人達を振り払い、三上と共に距離を取った。
「はぁ……はぁ……」
「シロ?!だ、大丈夫、なの?」
「大丈夫。大丈夫、だから」
「そんな顔色で大丈夫なわけ…!」
「狐さん?大丈夫、怖くないわ。少し眠くなるだけだから」
“白雪姫”は滑るような声で語った。
シロは半開きの眼で、敵と認識した標的を睨む。蠢く尾には、いつもの躍動感は見られない。それでも、シロは前に出る。
「シロ!ダメだよ!オレが」
「シキは戦わないで……シキが戦うくらいなら、私、死ぬから」
「なんでそこまでして…!逃げよう!一旦逃げてからで!」
「それじゃあ、カザネン達を助けられない!」
尻尾の先を敵に向け、シロは戦いへと臨む。
「倒して、進む…!皆を助けに行くんだ!!」
毛を逆立て、奮い立つ狐のように。
“白雪姫”はその様子に、踊りながら、口に手を当てて微笑んで見せた。
〜〜〜〜〜〜
「……あ?」
力の抜けた声と共に、牟田茶知菜は目を開いた。
視界に捉えた景色とその記憶を頼りに、茶知菜は瞬時に自分に置かれた状況を理解した。今、自分は“童の足跡”の本拠地にいて、捕らえられている。
「きゃは!きゃははは!」
少女の笑い声。
その声の主は、白いティーセットの乗った、白いテーブルの前で、白い椅子に座している。薄暗い洞窟の中にあるそのセットは、その景色の中では、異質な雰囲気を放っていた。
「ボス。彼が目覚めました」
椅子はほとんどが空いており、席が埋まっているのはたった2つ。その空間にいたのは、ボスと呼ばれた金髪の少女と赤いパーカーを着た背の高い女のみ。
「この者はどうするのですか」
「んー?どうもしないわー。彼は“白尾”の主じゃないものー」
「では、拷問を…?」
「ううーん。この子は“憑景”の契約者じゃないしー。なんかよく分からなーい」
「本当に、何もしないと」
「……!!」
茶知菜は酷く動揺していた。
この者達は、自分の境遇を知っている。どこまで知っているかは分からないが、自分が“憑景の衆”ではないということは、少なくとも知っていることに。
そして、何よりその代力。赤いパーカーの女は“白尾”に匹敵するほどのエネルギーを持っている。たかが犯罪組織に、何故こんなにも強大な力があるのか…。
「ですが、この者に“髪長姫”は…」
「大丈夫。また、本を用意するわ……新しい子、皆も受け入れてくれるはず」
「はい。ボスが、良いと言うなら…」
「この子はエサ。私たちが求める獲物をおびき出すための」
「この者がいれば、三上四季は来ると」
そういうこと、とボスは呟く。
何もされない、茶知菜はそう分かっていたとしても、その強大な力を前に、落ち着くことなど出来ないでいた。
3人は待つ。
全てを知る、男を。




