第44話 不本意なファンサ
レンズ越しに見える下卑た笑みに、震えが止まらない。怖くない、とどれだけ心で唱えても、その恐怖が払拭されることは無かった。
「運命の再会ですなっ!カザネン!」
川の流れる音。
飾音は震えながら、太った男と対峙していた。
「なんで、こんな所まで……もしや小生に会いに来たのではっ?!」
「んなワケ、あるか馬鹿野郎。聞きてぇのはこっちだ。なんでテメェが、こんなとこに」
「おほっ!口調が荒いカザネン……って、意図せずここに?!やはりこれは運命の──────」
飾音は震える手で、持っていた指輪を投げつけた。
「解釈拡大──────“共振爆”!!」
ドカン!
爆発音が鳴り、金属の破片が男を襲ったはず。
「気の強いカザネンもいいですな」
「…!効いて、ない」
男は無傷で立っていた。彼に向かったはずの破片は、彼の腹の辺りで、その纏っている衣服すら貫けずに止まっていた。
「な、な、なんで、どうして…!」
「小生、カザネンを傷つけるつもりはありませぬ。さあさ、大人しくしていただければ、優しく連れて行ってあげましょうぞ」
「や、やだ…!来るな!来るなぁ…!!」
手を差し伸べて近づいてくる男に、恐怖で腰が抜けた。男が無傷なのには、何か仕組みがあるはず…だがそれを考える思考力すら、今の飾音にはない。
怖い。怖い。今の飾音にはそれしかなかった。
「む?この輩達は……忘れる前に先に殺しておきましょうか」
「…!」
男は倒れている桐緒達に気づくと、飾音の前を過ぎていった。
「や、止めろ!ソイツらは関係ねぇだろ!!」
「いえいえ、小生はアジトに侵入した者を殺すよう命を受けておりますので」
「だったら、だったら私から殺せよ。私、も、侵入者だ」
「いえいえ、これからカザネンは我ら“童の足跡”の一員となるのです。小生の推薦で。大丈夫ですぞ。我らのボスは優しい。カザネンを受け入れてくれますぞ」
「勝手に、決めんな。私は」
「何を言いますか──────」
男は満面の笑みで振り向く。その手には、いつかと全く同じナイフが握られていた。
「カザネン。もうあのクソマネージャーはいません。2度目はないですからな」
「…!て、めぇ──────」
また、あの光景が帰ってくる。
コイツがナイフを振り上げ、貫田へと突き立てた光景が。また、同じことが起きる。そこにいる男たちに、星衛桐緒に、その凶刃が突き立てられようとしている。
「ふ、ざけんな。どいつもこいつも…私のこと、特別扱いしやがって…!!」
恐怖で縛り付けたつもりか。私は指をくわえて、ソイツらが殺されるのを見ているだけだと……!!
「っ、“共振爆”ゥ!!」
投げつけ、再び放った。
爆発音と共に煙が上がった。
「……はぁ?カザネン。まだ何かやるのですか」
煙が立ち込める中、やはりヤツは無傷。
だが、私へと顔は向けた。どんな感情で私を見ているのか、そんなことはどうでもいい。なんでもいいから矛先を私に向けろ。その矛先、真正面から、私の怒りの矛でぶち折ってやる。
飾音は恐怖を怒りでかき消し、その身を奮い立たせる。あの時、守れなかった貫田のために、私はこの力を磨いてきた。今はその力を、他人を守るために…!!
「言いましたぞ。2度目はないと。あの時小生を拒んだこと、まだ小生は覚えています」
「あぁ?!私は忘れたねぇ!誰だよこのデブ!いい歳こいて女児の特撮にお熱かぁ?気持ち悪ぃなぁ!!」
「……少し仕置が必要──────」
「“共振爆”!!」
間髪入れず、指輪を投げた。
爆発音。そして、煙の中で揺れる横長のシルエット。
「……ふぅ。しつこいですな」
爆発の中、無傷。当然のように無傷。だが、飾音は見た。直撃の瞬間に展開されていた“木製の鎧”のようなものを。
「防御系の解釈…あのナイフだけが攻撃方法だってんなら、やりようはある…!」
思考のエンジンが温まってきた。
童話、木の鎧、防御系の解釈……拾ったキーワードを頼りに、男の能力を見通していく。
「物理で無理なら……みんな、頼むぞ!!」
指を鳴らすと同時、男を無数のコウモリが包囲した。飾音は一呼吸おいてから、叫ぶ。
「あ──────!!」
「…?!」
コウモリの超音波が男に集中する。
男は咄嗟に耳を塞ぐが、その表情は徐々に苦痛に歪んでいく。
(効いてる…?このまま鼓膜ぶち破ってやる!)
と、考えるのも束の間。男も息を深く吸い、告げる。
「“狼の息吹”!!」
「っ──────?!」
男の口から生み出された突風が、周囲のコウモリ諸共吹き飛ばしていく。異常なまでの風速は、離れていた飾音すらも軽く吹き飛ばし、その身を岩壁へと叩きつけた。
「こっ、かっ…!!」
ヒュゥっ、と飾音の意志とは関係なしに、口から息が漏れ出る。同時に打ちつけられた頭から、ドクドクと血が流れていた。
「飛びすぎて草。ガリガリの幼女は小生の性癖に刺さります」
「いっ、てぇ……なんだ、風?狼?なんだ、アイツの解釈は…!」
朧気な意識の中、真顔で向かってくる男を睨む。
音は効く、だが今の攻撃がある限り音の攻撃は通せない。物理攻撃は……まだ分からないが、無効化とまではいかないはず…!
「やるかぁ…?!相変わらずファンサしてるみてぇで気乗りしねぇけどなぁ!!」
飾音はその身をコウモリの帳へと隠し、指で印を結んだ。




