第42話 ゴロン ドロン
仄暗い暗闇、大量のネズミが地を這っている洞窟の中には、少女の掠れた呻きが響いていた。
「がっ…かはっ…」
「そのおもちゃ箱から、みんなを出してもらえるかしら」
少女は白い尾によって締め上げられていた。
目の先には、少女よりもさらに幼い見た目の女の子。白い尾は彼女、シロから伸びていた。しかし、少女は手に持っているおもちゃ箱を離さない。刻一刻と時間が経過する毎に、より一層締め上げる力は強まっていく。
「…!!ぐ、ぇ……」
「別に私はどうでもいいけど。私が人を殺したら、シキが悲しむから──────」
「……シロ」
三上が呼ぶと、尾の締めつけは止まる。
シロは不服そうな表情で主を見た。
「もう、気絶してるよ」
「……そうみたいね」
シロは蔑むような目で、気を失った少女を一瞥する。気を失った少女の腕は、おもちゃ箱を力なく握るのみだが、今にもその手から落ちそうになっていた。シロはもう1本の尾も顕現させ、おもちゃ箱の真下に添えた。
嘆息するシロに、三上は話しかける。
「ねぇ、オレ達は一昨日契約したって、シロは言ったよね」
「……そんなこと言ったかしら」
三上と目を合わせず、シロは答えた。
「その時のオレは何をしてたの?名家の人が死んだのだって同じ日だったよね」
「別に、私とシキは…何もしてない」
「もしかして、オレが知らないだけで、オレが名家の人を、殺して──────」
「それは違うわ!!」
三上の震える声を、一喝。
それをきっかけに、少女の手からおもちゃ箱が落ちた。
「──────あら、大変」
が、落ちた箱はシロの尾に受け止められる前に、横から伸びた何かによって受け止められた。触手に似た何か、それは三上の目には、極端に長い人髪のように見えた。
掠め取られた箱は、その金髪と共に誰かへと手繰り寄せられる。
「それじゃあね。マリーは殺さないであげて」
箱を持った影はそう言い捨てると、洞窟の奥へと消えていった。
「あ……逃げられた。シロ、追おう」
「待ってよ」
倒れている少女はそのままに。
すぐに走り出そうとした三上は、掴み、持ち上げられた。
「三上は誰も殺してない。それは絶対だから」
「分かった、分かった。大丈夫だよ。もしかして、って少し考えただけだから」
「……うん」
「今日はどうしたのさ。何かいつもと違うよ」
「そんなことない。違わない。私はいつも通り」
そう言ったシロの目が、三上と合うことはない。
何かを隠していて、それがオレにバレることに怯えている。三上にはそんなシロの想いが感じ取れていた。だが、敢えて聞かない。シロが隠したいことなら、隠したままにしよう。
「──────行こうか。みんなを助けないと」
そんなことを言って、手を差し伸べる。
三上は、一昨日のことを全て覚えていないワケではない。薄川帝誠と遭遇したことは覚えている。だがしかし、そこから先……何かと出会った辺りからの記憶がすっかり無くなっていた。
思い出そうとすると、靄がかったみたいに記憶が曖昧になってしまう。
「……前にも、こんなこと」
デジャヴ。以前にも似たようなことが。
だが、それがいつの事だったかすらも、三上は思い出せないでいた。
〜〜〜〜〜〜
「大変。大変。アレは“白尾”だわ。早くボスに言わないと」
極端に長い髪の女は走る。おもちゃ箱を抱えたまま。
彼女は犯罪組織“童の足跡”の構成員である。
組織から与えられた名は“髪長姫”
童話から引っ張ってきたようなメルヘンな服装も、長い髪も、その解釈のための装いである。
走りながらに彼女が考えていたのは、同じく構成員である“マリー”のこと。憎き敵である“憑景の衆”にのされていた同僚のことであった。
マリーがあの場で殺されてしまっていれば、ワタシはとても悲しい……それに加え、マリーの解釈によって出来上がったこのおもちゃ箱は壊れてしまう。そうすれば中にいるであろう敵の契約者達が…。
「マリー…死なないでね……!」
その前にボスの元へ。一刻も早く…!
と、足を走らせ、彼女はアジト内で見慣れた深い深い崖で止まった。それは底の見えないほど深い崖。
“髪長姫”はひらめく。
「ここに捨てて行っちゃえば……中のヤツみんな死んじゃうよね」
彼女が危惧しているのは、箱の中にいるであろう契約者達が自分よりも強い可能性。ボスの元に辿り着く前に戦闘になってしまうということ。
我らの目的は“白尾”、それが箱の中にいないとなれば──────
“髪長姫”は迷わず捨てた。
「ごめんねー!サヨナラー!」
岩肌に何度かぶつかり、ボロボロになっていくおもちゃ箱を眺めながら、彼女は手を振った。
やがて箱は闇の底へと、姿を消していく。
「ふぅ……」
一件落着、とその場を離れようとしたその時──────
「え……!?」
まとわりつくような殺気に、咄嗟にその場から飛び退く。気配のみの出現に酷く動揺する。
見ると、さっきまで彼女がいた位置には、ナイフを持った青年が立っていた。
「チっ……殺り損ねた」
青年は鋭い目つきで“髪長姫”を見る。人殺しの目だ。何人も殺してきた目。
「……“塔の上まで”」
告げ、解釈を始める。彼女から伸びた髪が生き物のように宙を舞う。これが彼女の武器であり、解釈。
恐らく箱から脱出したであろう敵を前に、彼女は臨戦態勢を取った。相手がどんなことをするのかは分からない。だが、こと防御に関しては彼女は誰よりも自信があった。
「さあ!来なさ──────」
ナイフを持つ青年の腕が、伸びたように見えた、その刹那。彼女の首元には、ナイフが切り込まれていた。
視界が、転がる──────
ド サ リ
生気をなくした瞳。
転がった生首を、男は一瞥する。
「解釈拡大、とは敢えて言わない。そんな行儀のよい環境で育っていないのでな」
ただの肉塊と化してしまった女を前に、牟田茶知菜は揺るがない。人の死など、彼は慣れてしまっているから。
「……アイツらはどうなった?まあ、いいか」
そこの見えない崖になど目もくれず、茶知菜は行先も決めずに、どこかへと歩いていった。




