第37話 幕引き
拳骨足刀が飛び交う会場入り口前。
恋花とカミナリは互いの代力をもってして肉薄する。
骨と皮と肉がぶつかり合い痛々しい音。
その中でカミナリは口角を上げ、恋花は口を噤んでいる。
互いに言葉は発さない。
無言で続いた一進一退の攻防は──────
「カミナリ、もう帰るわよ」
扉から現れるクロによって終局となった。
「──────?!しまっ」
クロの登場によって動揺した恋花の間隙を狙い、カミナリの身体が恋花へと組み付き、そのまま押し倒す。
馬乗りになった時点でほぼ勝負は決した。それでもなおカミナリは拳を振り上げ──────
「やめて」
その拳はクロの声によって止められた。
「カミナリの勝ち。それでいいでしょ」
「あー?こっからがアツい所だぞ」
「一方的に殴ることのどこかアツいの?下らないことやってないで、早く帰る」
「……もしかして、怒ってるか?」
カミナリの一言が図星だったのか。
喋った直後に、クロの黒尾がカミナリに纏わりつく。馬乗りになっていたカミナリの身体が恋花から無理やり引き剥がされた。
尾によって持ち上げられたカミナリはニヤニヤと笑っている。
「ははは!三上四季、取られたのか?残念だったなぁ!」
「いい。うるさい。最初からシキは私の物じゃないし」
「はっはは!……うぐ、ちょっと、尻尾緩めろ、キツい…」
「黙ったら緩めてあげるけど」
「クロ!どこへ行くの!」
踵を返してどこかへ消えようとするクロを恋花が呼び止める。
切迫した表情で見つめてくる恋花に、クロはやはり寂しそうな顔で返す。
「恋花。私と貴女はもう敵よ。これは、多分もう変わらない。私のことは気にしないで」
「なんで?せめて、どうしてそうなったのか教えて!」
「……おい。話すなよ」
「分かってる!…恋花、まだなの。もう少し待って。話せる時はいつか来るから」
「いつかって……なんで」
恋花の視界に、ぐっと握られるクロの拳が入る。
何かを我慢している。やはり、何か事情がある。
そう確信した恋花は、疲弊しきった体にムチを打ち、立ち上がる。
「おい、まだやれるぞあの女。まだ勝負ついてねぇ」
「ダメ。もう帰るの。アメミヤとも合流できてないでしょ」
「じゃあ探しといてくれよ。ウチはこの女と戦りあっとくからよ」
「バカ絶対に離さないから」
その言葉に、カミナリは不敵に笑み、告げる。
「“鬼の尖角”」
カミナリの頭部に青白い角が浮かび上がると同時、
拘束していたクロの尻尾が一瞬、消えかける。
それと同時にカミナリは飛び出した。
飛んでいく先には当然、ふらついた恋花。
「バカっ!!止めて!」
「名家の人間の1人くらい、殺したって問題ねぇだろうが!!」
「──────来なさい…!!」
両者睨み合ったまま、ぶつかり合う……と思われたその瞬間、突如現れる別の人影。
「……!」
カミナリの拳が恋花に当たる前に、その影の足先がカミナリの顔面を蹴り飛ばした。
奇襲に反応できなかったカミナリの身体は床を二、三度転がり回ると、立っていたクロによって受け止められた。
現れた影はゆらりと揺れ、恋花の前へと立ち塞がる。
「へい、悪党。俺のハニーに何してくれてんの?」
こめかみに青筋を浮かべる星衛桐緒がそこには立っていた。
「おぉ…!ごほっ、ぅ、てべぇ…!」
「あ。よく見ると女じゃねぇか!まあ、いいか。お前だろ?ハニーをこんなに傷つけたのは」
「……!」
桐緒を見たクロの表情が、あっという間に恐怖に染まっていく。本能的な恐怖に、クロは後退りするしかない。
その様子に、桐緒は反応する。
「お前。お前だろ。翔真といた象物」
「……え?ち、違うっ!人違いよ!」
「いーや間違えないな。その尻尾の動き方のクセ、覚えがある。いや覚えてる。翔真に勝つためにずっと俺が見てきた動きだ。誤魔化せねぇぞ」
「ひっ……!そ、そんなこと」
「ちょうどいい。バトろうぜ。そこの女と同時でもいい。かかってこい。リベンジだ」
桐緒は慣れた手つきでナイフを取り出し、腕に引き当てる。その顔は嬉々として歪んでおり、およそ不利な状況に臨む契約者の姿には見えない。
鬼神のような気配を纏いながら、一歩一歩近づいてくる。
その出で立ちにクロだけでなく、カミナリも一歩下がった。
「おい、なんだこのイカれた野郎は……おい!こっちは“白尾”と名家レベルの契約者だぞ!勝てんのかテメェに!」
「名家の契約者にテメェみたいな汚ぇ小娘はいねぇ。要するに小娘×2だ。楽勝。楽勝。俺は女だろうが平等に殴るから覚悟しろよ」
「あ、ああ?!上等だ!!テメェ横恋慕野郎!女々しいクセして虚勢ハッてんなよ!」
「ああ?!」
「あ!?」
今にも殴り合いが起こりそうになっている。
近づいてくる桐緒に対して、なおも前へと出るカミナリ。
果たして、と、戦い火蓋が切って落とされようとしたその時──────
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
建物の景色が大きく歪む。
それは、幻と迷宮化によって歪な形となっていた室内が元に戻す予兆である。
その状況に、その場にいる誰もがある名前を連想した。
「“時枝様”…?!」
「来たか……!流石にダメだ!おい!もう帰るぞ!」
「最初からそのつもりだったわよ!!早く!アメミヤと合流しよ!」
「……!おいなんだテメェ!横恋慕呼ばわりしといて逃げんのかおい!!」
逃げる2人を追おうとする桐緒。
彼の服の裾を引っ張る、恋花の手。
崩壊していくかのように、形を歪める建物の中、首を横に振る恋花の前では、桐緒は遠ざかっていく敵の影を、ただ呆然と見ていることしか出来なかった。
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「時枝様!!」
「時枝様!!」
建物の外では、ある名前を讃えるように叫ぶ幾人。
その中心にて、巫女服を着た人間は踊る。
こうして、崩壊していた何もかもは元に戻っていった。
崩壊へと繋がり行く、歪なひび割れを残して。




