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第35話 シキとシロ

 三上は宴会の会場へと足を踏み入れた。

 部屋は明かりが1つもついておらず、三上に分かるのは足裏で感じる畳の感触だけである。

 目が暗がりに慣れてくると、会場に並んだ長い机、机に置かれた料理等が見えてくる。


「シキ、来たのね」


 隅でクロが足を三角にして座っている。

 そして、その横では目をつぶったシロが横たわっている。

 何かが始まるのを待っているみたいだった。


 カチャン


 会場内で何かが下ろされた音が響く。

 どこかから照らしているスポットライトが、ある二点を明るく示した。


「…!」


 和服姿の初老の男性が2人、壁に磔にされていた。

 流れている血や顔色から死んでいることが窺える。

 数秒もすると、照らされた二点の間、宴会の舞台が照らされ、同じく和服姿の初老が現れた。


「飛鳥、空木、星衛、これらは“箱庭”を守る三柱と呼ばれている…だが、これは偽り」

「…誰ですか、貴方は」

「空木家こそ、“箱庭”を統べるに相応しい名家。この空木士源は、私にそう言った」

「この?私…?何を言ってるんです!」


 初老の男性の姿が、突然出現した霧によって薄く揺らぎ始める。

 やがてその姿が霧によって完全に覆われると、その全貌は明らかとなった。


「野心というのは厄介なものです。自分が1番力を持っていると錯覚した途端、欲しくなかったものさえ欲しくなってしまう」

「え?あの、何を言って…聞こえてますか?すいませーん!」


 三上の声など聞こえていないように。

 若い女性が目を伏せながらに、霧から現れた。


「そうして空木士源は私に、“猩々”に依頼した。自分以外の名家当主を始末しろ、と」

「全然答えてくれない…」

「はぁ……真剣に話してるんですよこっちは。三上四季。本体で会うのは初めてですが、私が分かりますか?」

「あ、いえ全然」

「わ・た・し!ですよ!幾度と貴方に邪魔された!飾音の隣に立つべき!高貴なる私!!」

「…?ああ!貫田さん!」


 スーツ姿の彼女の口調で思い至る。

 今日2度目の邂逅。彼女は、かの貫田(仮)さんご本人であるようだった。


「殺しに来たんですよ。本体じゃないと、殺しきれないと判断してね」

「…今いる貴方と外のカミナリを倒せば、“猩々”の騒動は全て治まるってことですか」

「カミナリ、ねぇ…別にあの人は関係ないですよ」

「えっ?あの人がボスなんじゃ」

「何言ってるんですか。そもそも“猩々”なんて組織、存在しないんですよ。そちらが勝手に噂して、勝手に広めただけです」


 貫田が手を広げると、霧の向こうから何匹ものタヌキが湧き出てきた。

 足下にやってきた内の一匹を掴み取り、貫田は三上に向かって突き出した。


「“猩々”は私が契約している象物(ヴィジョン)の名前です」

「ああ、じゃあ要するに、貫田さんを倒せば“猩々”の騒動は終わると」


 三上は身構えた。

 茶誉曰く“ヤバい時は戦え”

 それが今だと悟り、三上は戦うための思考へと切り替えた。


「はぁ、何か勘違いしてます?」

「…?なにが──────」


 その刹那、三上の視界が揺らぎ、霞み始める。

 霧が視界を遮っているのではない。三上は自分の意識が、刈り取られようとしているのを感じていた。


「霧は、毒…!解釈拡大!!」


 叫ぶと同時、カマイタチの風が巻き起こり、三上の周囲から霧が退いていく。

 三上は意識を朦朧とさせながらも、貫田を見据える。


「よーいドンまで待つと思いました?今日、私は貴方を殺しに来たんですよ」

「なん、で、そんなに、オレを殺そうと」

「邪魔だからです。貴方が居たら、飾音は私を見ようともしない。貴方を殺せば、あの子は私を見てくれます」

「飾音は、あなたの物じゃ…」

「ほら、風を起こす解釈が止まってますよ。キープキープ」


 柏手を2度打つ。

 部屋の隅に充満していた霧の中から、タヌキが2匹躍り出で、ナイフを持った暴漢へと姿を変える。

 暴漢は虚ろな瞳をしたまま、ナイフを振り上げる。


()()()からは殺してもいいと言われてます。手は抜きません」

「武器、武、器…ダメだ、思考が…」

『ぐおおおおぉぉ!!』


 暴漢は雄叫び、切っ先が飛ぶ。

 刃は避けようとする三上の皮膚を何度も掠め、その肌に赤を彩っていく。

 傷つき、今にも倒れそうな足取りで、三上は立っていた。


「はぁ……!はぁ……!」

「はあ。あっけないですね…ちょっと!本当に殺しちゃってもいいんですよね?」


 貫田はクロに声を投げる。

 しかし、クロは答えない。悔しそうな表情で傷ついた三上をじっと見るのみ。それを肯定と取った貫田は、柏手を打った。同時に数え切れないほどのタヌキが煙から現れ、人の形へと姿を変える。


 帝誠といた時よりも多い軍勢。それは明らかに絶望的な状況であった。しかし、三上は朦朧とした意識の中で、その状況すらも理解出来ていなかった。


「──────シキ!!」


 その様子を見て、クロは声を上げる。


「え…?クロ?」

「アナタが今戦ってる、目の前の敵は誰?!」

「て、き…?貫田、さん」

「そいつは“箱庭”を荒らし回ってる悪いヤツ!シキはそいつに殺されそうなのよ!」

「…好き勝手言ってくれますね」


 三上は歪む視界で、叫んでいるクロを捉える。

 横には目をつぶったシロが横たわっている。


「シキを殺したら、コイツ次は恋花を殺すわ!」

「…!」

「その次は星衛桐緒!次は飛鳥茶誉も!コイツは飾音の周りに人がいなくなるまで殺し続けるわ!それでもいいの?!」


 よくない。

 誰も聞こえていないであろう、掠れた声で呟く。


「アナタは三上四季!周りの人のために傷つける優しい人よ!」

「オレ、は…」


 ミカミシキ。

 高澄翔真の親友。

 18歳。親友である翔真の実家の留守を任され、ある日──────。


「……シ、キ」

「シロ」


 少女を見る。

 目をつぶり、悪い夢を見ているかのように顔を歪めている。

 少女は純粋で、無垢な瞳からは考えられないほど強大な力を持っている──────


「っ……解釈拡大」


 霧を吸わないよう息を深く吸い、か細く告げる。


 互いに因縁はない。

 互いに信念もない。

 そこには憎しみと私怨だけ。

 そこにいるのは歯を軋ませ、人を殺すために、誰かのマネをする生き物。


「“白尾”──────」


 白い2つの尾が、部屋を埋め尽くした。


 〜〜〜〜〜〜


 形を歪め、揺れている“憑景の衆”本部。

 その建物を前に、困惑した表情を見せる少女が一人。


「先に行っとけって言われたがこりゃあ…」


 明光院飾音は額に汗を滲ませ、嘆息した。


「四季と恋花、この中だよな…?」

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