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第31話 人形劇

 

『三上四季。アナタを殺しに来ました』


 白煙立ち込める部屋の中、聞き覚えのある声が三上の頭を響いていた。


「タヌキか…!」

『あら薄川帝誠さんまで。そろそろこの迷宮化を解いてくれません?とても迷惑しているのですけど』

「無理な相談だ。私を動かしたければ、そちらにいる我らの同胞を全員解放しろ」

『“解放”なんて嫌な言い方。行き場を無くした子をこちらは預かっているだけですのに』


 甘ったるい猫なで声で、ねちっこく喋る声に帝誠は顔を(しか)めていた。

 今にも殴りかかりそうなその様子に、三上は身震いする。


『ですが、今私はアナタに興味はありません。そこのクソガキに用があるんです』

「クソガキ…?」

「クソガキって…オレ?!なんかしました、っけ?」

『はぁ?君がいると、飾音が私についてきてくれないんですけど?!』

「えっ…飾音?なんで」

『だから殺します。殺して飾音を私のものにします』


 女性の声で、それは殺意を振り撒く。

 三上に向けられた敵意と飾音に対する異様なまでの執着。

 三上はその声だけの存在に微かな覚えがあった。


「あの、もしかして貫田さん…」

『そうですよ!あの日、あの時、あの場所で!私の幸せ生活を君に無茶苦茶にされた者ですっ!なにが“なんかしましたっけ〜”ですよっ!!』

「何やらそちらはそちらの事情があるようだが、このいざこざに私は関係ないな?」

『ええ、邪魔ですので、さっさと早くどこかへ行ってください』

「うむ……む、いや」


 帝誠は移動しようとした足を止め“ミノタウロスの斧”をその手に顕現させた。

 斧を軽く振るうと、辺りに漂っていた煙は一瞬にして吹き飛ばされる。


「え…帝誠、さん?」

「今、三上四季に死なれるのは都合が悪い。タヌキ共には悪いが退けさせてもらう」

『都合が悪いですって?はァ〜?アナタと三上四季に何の関わりがあるんです?』

「タヌキに話す義理はない」

『なっ──────!』


 帝誠は斧を振り回し、風を起こすことで周囲の煙を吹き飛ばした。

 人力で起こしているとは思えないほどの気流は、まるで自分が嵐の中心にいるかのように錯覚するほど。


『くっ、そ、めちゃくちゃしやがって!』

「三上四季。この霧をあまり吸い込むな。恐らくは幻覚作用か、神経に作用するような毒の類だ」

「あっ、はい」

『ちぃっ!!なんだってアナタがそのガキを守るんですか!うっとおしい!!』


 吹き飛ばされた煙達は一点に集まる。何かを形取ったと思うと、それは人の形へと姿を変えた。

 その姿に、帝誠の表情はより険しくなる。


『どうです!お仲間の姿、攻撃できないんじゃないですか?!』


 煙による分身は時間とともに増えていき、四方八方を埋め尽くす数の分身が、短剣を持ちより三上たちを囲んだ。

 ほんの少しの逃げ場もない。だが、その圧倒的な物量を前に帝誠の表情は変わらない。そこにあるのは怒りのみだった。


「姿形を似せれば、私が攻撃できないと?」


 鋭く踏み込み、斧を振るった。


 一陣の風が吹き。

 気づけばそこにいた20ほどの兵は煙へと帰っていた。

 それはたった一振りによる結果。


「俺はかつての仲間が敵に回ろうが、躊躇いなく殺す……!!」


 そしてそれは連なる。

 斧による連撃はいとも容易く。

 そして振るう彼は鬼神の如く。その圧倒的な存在感を前では、辺りに漂う煙など、触れることすらできない──────!!


『バ、バケモノが…!』


 ものの数秒で、煙の軍勢は姿を消した。

 それだけのことをしていながら、帝誠は汗の1つもかいていない。

 三上は派手なマジックを見ているような気分だった。

 帝誠が一息つこうとしていると、散り散りになったはずの煙は再び兵を再構築する。


『はっはっはっ!残念でしたね牛さん!これは全部実態のない煙の塊!いくら倒したところで無駄なんですよ!』

「そうか…」


「え?ちょっと帝誠さ──────」


 一言呟くと、帝誠は三上を掴みあげる。

 ジタバタする三上のことなど気にとめず、帝誠はそのまま襖のある方に向かって無造作に投げて見せた。

 三上の身体は数秒滞空すると、背中からドズン、とすぐに落下した。


「っ、た……何するんですか!結構緊迫した状況でしたよ!」

「下を見ろ」


 帝誠は鼻で笑い、下を指した。

 見ると、三上の下敷きになっていたらしいタヌキが目を回している。

 それと同時に、部屋を占拠していた煙の軍勢は今度こそ風と共に消えていった。

 頭に響いていた声も、いつの間にか無くなっている。


「勝ちだ。ひとまずは退けただろう」

「…なんでここにタヌキがいるって」

「第一波で力の差を見せつけるように動いてやった。そしたら、そこから逃げようとするだろうな、と」

「見えてなかったんだ…ほとんど勘じゃないですか」

「私はそれで生きている……来い。お前に死なれては困る。お仲間の所まではついて行ってやる」

「なんでオレが死んだら貴方が困…って、ちょっと聞いてますか?!」


 持っていた斧は光の粒子となり消える。

 帝誠はすぐ近くにあった襖を蹴り飛ばし、気だるげな様子で歩いていく。

 数歩歩くと、まだ立ち上がってない三上の方に振り返り、忠告する。


「お前は軽すぎる。あのレベルと渡り合いたければ、まずは鍛えることだ」

「っ、余計なお世話、です!貴方に言われる筋合いはありません」

「……ところで、お前何歳だ?」

「え?18歳、ですけど」

「ふむ、少年と言えば、少年…か?」

「はぁ!?なんですかそれ」


 気にするな、と返しながら先を進む。

 不穏なことを呟く帝誠を不審に思いながらも、三上は複雑な迷宮の中、彼について行った。


 〜〜〜〜〜〜


 人が1人も見えない長い廊下。

 白い木肌を見せている廊下は裸足で歩くとひんやりとした感触が心地よいのだ。

 数時間前まで、上機嫌な様子でそんな風に歩く彼女を、微笑ましくも見ていたはず。


「〜♪」

「シ、シロ…?靴下なんて、アナタ履いてたかしら?」

「ん?さあ、どうかしらね?今はそんなことどうだっていいでしょ、恋花」

「……そう、かしらね。そうね」


 どこで買ったのか、白のハイソックス。

 恋花、と彼女が自分を呼ぶのも違和感があった。

 シロは今の今まで私の名前を呼んだことがないはず。

 もしや“猩々”なのか、と疑って彼女を見つめるが…。


「…?どうしたの、そんなに私を見て。顔に何か付いてる?」


 愛おしい。

 この感情は嘘ではない。

 匂いも、その気配も、笑顔も、何も変わっていない。

 今目の前にいるのは“白尾”シロそのもののはず。


「早くシキのところに行きましょ。きっと1人じゃ寂しいから」

「ええ、そうね」


 いつもの病的な四季への執着を感じない。

 そこで確信する。やはり彼女はシロではない。

 だが、だったとして、私はこの子を手にかけられるのか。

 敵だと分かったとしても、こんな幼い子を…。


『姉ちゃん…オレ、死にたいんだ』


 頭を過ぎるのは、救われたはずの記憶。

 もう思い出さなくてよかったはずの。


「……できないよ。私には」

「恋花?どうかしたの?」

「あ…!だ、大丈夫!大丈夫だから、行きましょうか」


 小さな手を引いて、歩く。

 もう泣かない。

 守る側の人間になるんだと誓ったはずが。

 私は久しぶりに握ったその感覚に涙ぐんでしまった。


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