第30話 満員御礼
なんてことない戦闘はあっけなく終わり。
茶誉は倒れた大男を縛り上げ、軽く担ぎ上げた。
そして、集まった一般契約者達を一瞥した後、三上に忠告する。
「ワシは他の連中を探してくる。だから、ここを動くな。そこの人達と一緒におれ。お前に何かあったら恋花がうるさいからの」
「この状況ですよ?ちゃほ先輩が動き回ったとしても、戻って来れる保証はないんじゃ…」
「ワシならいける。いいからじっとしておけよ、いいな?」
「えっ、敵とかが来たらどうすれば…?!」
大男を担いだまま、さっさと走って行こうとする茶誉の背に疑問を投げかける。
先程力を使うなと言われたばかりであったが…。
「ヤバい時は戦え!そこの者達を守るつもりでなー!!」
そう叫びながら、茶誉は長い廊下の向こうへとあっという間に消えていってしまった。
給仕さんのすすり泣く声や鬱屈とした雰囲気の中に、三上は取り残される。
茶誉の言いぶりでは、ここにいる人は皆戦えるような人達ではないのだと思う。
皆、幼少期から象物を扱い、契約者として生きているらしいが、人によって象物の用途というのは違うものなのだろうか。
「うっ…ひっ、く……なんで、こんなことに」
「早く、家に帰りたい…」
「大丈夫、大丈夫、茶誉様がまたすぐ帰ってくるから」
会話に耳を澄ますと、なんだか申し訳ないような気分になる。
ここにいる人達をいざという時は守らなければいけない、そう考えると気が重くなってしまう。
この迷宮化した建物の中、この人達を守れるだろうか。ていうか、間違いなく薄川帝誠がいるのなら、すぐシロかオレに向かって来るんじゃないか。
「オレが近くにいた方が危ないまであるんだけどな…」
一息ついて、すぐそこにある壁にもたれかかる。
ふわり、
と、その直後、背中に浮遊感。
もたれかかったはずの三上の身体は、もたれた壁をすり抜け、そのまま壁の中へと入っていってしまった。
〜〜〜〜〜〜
「…!シキ?」
三上が部屋を出て行って数分。
テレビを見つめていたシロの瞳が、一瞬のうちに濁る。
彼女が感じ取ったのは、近くにいたはずの三上の気配が、いつの間にか消えていたこと。
「どうしたの?」
「シキが、シキがいないの!着いてきて!」
「あ、ちょっと──────?!」
近くに座していた幸奈と太助の手を引いて、シロは駆け足で部屋の外へと出ていった。
人気の無くなった室内、テレビの音だけが部屋に響く。
数秒もして、水の流れる音が遅れて聞こえたと思うと、レストルームからハンカチを持った恋花がしずしずと歩き出てきた。
「ふぅ……あ、ら?みんな?」
当然、返答は無い。
「みんなー?シロー?幸奈ちゃーん?」
つきっぱなしのテレビを消し、見渡し、テーブルの下、クローゼットの中などを捜索…。
誰も、誰も、そこにはいない。
嫌な予感と焦りを感じながら、
しかし、それはなるべく表に出さず、
誰も見ていないというのに、
「た、太助くーん?みんなもう呼ばれて行っちゃったとかー?」
自然な笑顔は崩さないまま、恋花は扉を手にかけ、とうとう部屋の外へと出た。
当然、まず目に入ったのは覚えのある廊下。
ただし、かなり、とても、凄く長い。異常だと感じるほどに長い廊下。
そして、そこには──────
「ああ、恋花じゃない。貴方も迷子?」
「……え?」
たった1人の少女。恋花の瞳の先には、ここ数ヶ月の間、一度も向けられたことのない自然な笑顔を向けてくる、シロの姿があった。
〜〜〜〜〜〜
壁へと吸い込まれた三上は、真っ暗な部屋にいた。明かりの一つもない、闇に覆われた一室。否、部屋なのかすら怪しい。
「す、すいませーん。誰かいますかー?」
軽率に声を出した。三上にはこれが敵の攻撃であると考える余裕はない。ただSOSとして声を上げた。
ドッ ドッ ドッ
重めの足並みで動く気配に、思わず息を止める。他者の存在に、ようやく敵の可能性を意識したのだ。足音は何度かうろつき、どこかで止まったと思うと、
カチカチ
軽い、照明をつける音が聞こえた。
「あ、ありがとうござ──────」
「やはりお前か。三上四季」
薄川帝誠である。
薄川帝誠であった。
目の前に、すぐそこに立っていた。
「あ…」
三上の思考が数秒間、停止する。
見間違えるはずがない。そして、目に映る足元の畳だとか、襖だとか、気にしてる余裕は無い。そこに立っていたのは、薄川帝誠なのである。件の状況を作り上げている元凶。要するに…敵。
「──────っ!!解釈拡だ」
「待て」
武器を持つ手を作り、立ち上がる三上に向かって、帝誠は右手を向けて制してきた。虚をついて出た、帝誠の予想外の行動に、三上は再びフリーズする。対峙した緊張なのか、攻撃してこなかった安心なのか、どうしたらよいか分からないその感情に、三上は呼吸すらも忘れている。
「私はお前と戦う気はない。だから、落ち着け」
「あ………かっ……!」
「はぁ…深呼吸をしろ。そのまま窒息死されたらこちらが困る。今、私は何もしない」
「はっ…あ……」
帝誠は軽く諭すように三上に言い聞かせた。5秒もしてから、三上はようやく落ち着いて呼吸できるようになった。脳に酸素が渡り、ようやく周りの景色が視界に入り始めた。
『もう戦うのはやめておけ』
そして、落ち着いた今になってから、茶誉の忠告を思い出した。今は力を使うべき状況か。今こそが非常時なのでは、と頭の中の思考がグダグダと蛇行を始める。
「落ち着いたか」
「はぁ……!貴方に戦う理由がなくても、オレにはありま、ゲホォ、ゴホッ!!」
「お前は拾った命を投げ捨てることが趣味なのか?」
三上の突いて出たセリフ、帝誠は困惑した表情を見せた。混乱して出た言葉では無い。今するべきことだと思い、発した言葉だ。そんな三上の決意の言葉に、帝誠は呆れた様子で返す。
「この今の状況は、全て私がやったものだと思っているのか?」
「…違うと?」
「半分違う」
「半分……じゃあ、もう半分は」
「私の仕業だ。この状況は私の“獣の巣窟”によるものだ」
あっさりと認めたことに面食らう。それと同時に、三上にはもう半分に関する疑問がすぐに湧いてきていた。
「今お前は何かをすり抜けて出てきただろう?」
「あっ、そうか」
と、気づき、三上はすぐ出てきた背後に手を伸ばした。
が、腕がすり抜けることはなく、三上はただ壁に向かって手を伸ばしただけとなった。
「……なんだ。そんなに睨んでも私にはどうにもならん」
「オレをここに呼んだのは貴方の仕業ではないと」
「タヌキどもの仕業だ。幻術で惑わし、部屋の造りをデタラメにして誤魔化している。今の状況は私にもどうにもできない」
「じゃあ、アナタは何のためにここにいるんですか?!」
「とある人物を追ってここに来た。そいつは今もこの建物の中にいる。ソイツを出さない為にも、私は解釈を解くわけにはいかん」
「……あの」
「質問はそれだけか?いいのなら私はもう行くぞ」
「あ、ちょっと待──────」
立ち上がる帝誠を引き止めようと手を掴んだその瞬間だった。周囲にあった襖から、白煙が湧き出てくる。
『三上四季。アナタを殺しに来ました』
次から次へと、部屋には別の来客が。どこかで聞いたことがあるような声は、三上の脳内に響いていた。




