第29話 飛ぶ鳥を飛ばす勢い
茶誉に連れられ、三上は部屋の外へと出た。
木造の壁に囲まれた廊下は、相も変わらずお盆を持った人達が行き来している。
首を傾げる三上向かって、茶誉はビシりと指さした。
「四季、といったか?もう戦うのはやめておけ」
「…は、はい?」
「お主のことじゃ。戦うのは止めろと言ったんじゃ」
目を丸くする三上を気にすることなく、茶誉は続ける。
「聞いておるぞ。“猩々”のボスと戦った際に、大分無理したらしいの」
「無理、ってほどじゃないです。今こうして無事ですし」
「知らない敵の解釈をコピーしたらしいな。では、その時にお主の体に異変は無かったか」
「えと……目と口から、血が」
「かぁーっ!やっぱりの。恋花には言わんと言いてやる。もうその模倣する力を使うのはやめておけ」
三上は思わず面食らった。
カミナリの能力をコピーして戦ったことは確かに、恋花や綾児に報告はした。だが、その時の体の異変のことはシロ以外に誰も知らないはず。
茶誉はまるでそれを予想していたかのように話していた。
「さて?あとは、まだあるんじゃろ?」
「あ……覚えのない、記憶が思い出せる、というか」
「…記憶の混濁か。それが一番マズイの。いずれ、自分が誰だか分からんくなるぞ」
「な、なんでそんなことが分かるんですか?」
「ワシは目が肥えとる。人呼んで慧眼の茶誉、とはよく言われたもんじゃ」
「は、はあ…」
「なんてな、半分冗談じゃ。お主の身体の異常は、少し前、翔真のやつにもあった」
「…翔真にも?」
「十中八九“白尾”と契約してるからじゃろうな。どうやら記憶の混濁があった。流石に血が出るまではいかんかったが、アイツもたまに様子がおかしかったのぉ」
茶誉は懐かしむように話し、壁にもたれかかった。
そして、金のボタンを取り出し、それを指で弾き上げ、目で追った。
「太陽、太陽、と、このボタンを見てうわ言のように呟いておった。意味はわからん。聞いたが何も言わんかった」
「太陽…?じゃあ、翔真はどうやって戦ってたんです?」
「無論、全て“白尾”に任せておったよ。契約者の戦い方としては珍しくない。そもそも“白尾”は強力な象物じゃし」
指で矛の形を作り、顔の横に掲げる。
すると、茶誉の背後に真っ白で巨大な鳥が現れた。
「白鵠。ワシはこの象物の力を借り、ワシ自身で戦う。じゃが綾児のようにカマイタチの力のみを操って戦うものもおれば、幸奈のように武器と象物の力を絡めて戦うものもおる」
「オレは石川先生タイプってことですか」
「そうなるな。嫌か?」
「まあ、ちょっとだけ──────」
と、綾児への雑言を言いかけたその時。
違和感。
何が変わったかは分からない。だが、確かにその場に見えていた風景に、何かしら変化があった。
さっきまではそうではなかった何か。何が。
「お……!やられた…!」
「え?何がですか」
「今すぐ部屋に戻れ!扉を開けろ!!」
三上は言われるがまま、さっき出た部屋への扉を開けた。
そこには椅子に座ってテレビを見るシロ達の姿が──────
「…!これは」
──────無かった。
そこにあるのは長く、どこまでも長く続いている廊下。
さっきまであった部屋は、跡形もなく消えている。
身の毛もよだつような感覚。三上は、この感覚に覚えがある。建物の構造が突然変わり、百足のように這い寄るこの悪寒。
「薄川、帝誠…?!」
「全員一点に集まれ!くれぐれもここから動くなよ!」
瞬時の茶誉による指示で、周りにいた人々が一点に集まった。
起こる、明らかな異常。それはこの建物内での、“憑景の衆”に対しての宣戦布告を表していた。
「あ、みーっけぇ…」
緊迫とした空気が流れる中、滑り気を帯びた声がこだまする。
廊下にポツンと立っていたのは、ギョロ目で山のように大きなスキンヘッドの大男であった。
「早速か。なんじゃあ貴様、何しにワシらに喧嘩を売っておる!」
「わっかんねぇ。知らないけどぉ、殺せって。見たやつできるだけ殺せばぁ、タヌキの連中がおれたちを外に出してくれるってよぉ」
「タヌキが、外…?そうか“箱庭”の外か!外に出たいってことは貴様ぁ、1年前に置いてけぼりにされた“四足獣”の残党じゃな?哀れよのぉ。“猩々”ごときに駒にされおって」
「は?何お前、チビ、おれと戦ろうってぇ?」
「だとしたら?」
「さっさと外出てぇ…薄川さんへの手土産にしてやるよぉ」
嘲笑すると、茶誉は大男の前に立ち塞がる。
その身長の差は2倍どころではない。茶誉を3人分縦に重ねたとしても、その身長は男の方が上回っているだろう。
遠近感が狂ったとしか思えないその光景の中、両者は笑顔で対峙する。
「へぇっ!へぇっ!へぇっ!でもよぉ!お前みたいに小さいヤツ、殴ったら消えちゃうんじゃねぇのぉ?!」
大男が笑うと、その巨躯はさらに一回り大きくなる。
ほとんど天井を突き抜けてしまうほどのサイズになると、男は拳を握る。
「…!ちゃほ先輩!」
その拳は予想通り、茶誉へと振り下ろされる。
だがしかし、巨岩を連想するような殴打に対して、茶誉は1歩も動くことは無い。
不敵に笑んだまま、仁王立ちしている。
ド ゴ ォ ッ !!
床を易易と破り砕き、その拳は茶誉がいたであろう場所を覆い潰した……ように見えた。
「──────はっ?」
「ふぁーぁ…四季。お前はそこで黙って見ておれ。後で、そこの奴らと一緒に避難させてやるからの」
床を貫いた拳の、すぐ横に、何事も無かったかのように無事な茶誉が立っていた。
「あ、あれ?今オマエを潰して…」
「たまたま外したんじゃ。ワシの体は小さいからの。瞬く間に、狙いがズレて外すのも無理ない」
ケロッと、当たり前のように語る。
「なっ、なら!“ギガンテスの岩”!!」
叫びと同時、大男の左手に大岩が現れる。
そして、次こそはとよく狙い澄まし、茶誉へと投擲する。
「喰らえっ!!」
投げるというより半ば叩きつけるような感じで。
岩の攻撃は今度こそ茶誉を捉える。
「はぁ、ちょっと頑張ってやるかの」
茶誉は手をプルプルと振るったと思うと、豆粒のような握りこぶしを岩に向かって突き出した。
ボ カ ン !!
そして、破裂音。
気がつくと、茶誉の拳に触れられた岩は粉々に砕け散っていた。
「な、なんでだあっ?!!」
「殴ったら壊れた」
「力は見えなかった!代力じゃないぞ!どうやって壊した!」
「劈開じゃの。たまたま、殴った部分がこの岩の弱点じゃった」
「へ、へきかい…?」
「ま、なんでもいいがの。そろそろワシからもええか?」
茶誉はグルグルと、コミカルな動きで腕を回し、大男へと近づく。
「お?おお!こい!やってみろ!お前のパンチなんて毛ほども痛くないぞ!!」
「お、そう?……じゃあ、ほい」
ぴょんと跳び、茶誉の豆粒フィストは大男の顎を軽く小突いた。なんてことない、攻撃と呼べるのかすら怪しい、その一撃。
「クリティカルヒット、ってな」
ドズン。
その一撃を受けた大男は途端に目を回し、立ってられなくなったのか、その場に倒れ込んでしまった。
気絶したのか、男の体は倒れたままみるみるそのサイズを縮めていく。
茶誉は勝利の拳を天へと高く上げながら、三上の方へと戻っていった。
「うぇい、ブイブイ。一応は安心じゃなー」
「勝ったん、ですよね。これは、何が?」
「たまたまじゃよ。ぜーんぶたまたま、な?」
そう言った茶誉は、そばを飛び回る白鵠の頭を撫で、無邪気に笑って見せた。




