表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/109

第27話 歩く、夕の空

 

 三上とは目を合わさぬまま、桐緒は言う。


「三上くん。俺と戦ってくんない?」


 彼は冗談を言っていない。

 コンビニに行くようなノリで懐からナイフを取り出している。


「…なんで戦わなきゃいけないの」


 三上は至極当然な疑問を投げかけた。

 そうしなくてはいけない理由はどこにも無い。三上と桐緒は現世と“箱庭”の境い目である“境界点”で会って以来、なんの交流も無かったはず。

 だが、その問いに対して、桐緒は微笑する。


「それは、上からの命令──────」


 三上は思わず身構え…


「とかじゃないんだよね」


 首を傾けた。


「違うんだ…」

「悪いね。これは俺の、個人的な理由なんだ」

「個人的な?それはどうして」

「勝ったら、教えてあげるよ」


 そう言って、桐緒は何の変哲のないナイフを己の手の甲に当て、一息に引いた。

 数滴の血液が空へと舞う。


「“契約”──────」


 呟くと、周りに小さなガラス玉のようなモノが現れ、宙へと浮いていた。それは淡く光を放ち、桐緒の周りを浮遊し始める。


 “霊芥(オーブ)

 極小数の認知によって生まれた象物(ヴィジョン)の欠片。どこにでも存在しており、秘められた代力は微々たるもの。それは言ってしまえば、象物(ヴィジョン)のなり損ないである。


「“筋力強化”」


 桐緒は、それらと今その場で“契約”した。

 解釈の拡大すらできず、引き出せる代力もごくわずか。起こせる現象の規模は些細である。

 だが、それで十分と言わんばかりに、桐緒は首を鳴らし、ナイフを懐に仕舞った。


「…何してんの。何もせずに俺に殴られたい?」

「い、いやオレは──────」

「戦いたくないならいいけど、さっ」


 思わず一歩後ずさった足を引っかけ、桐緒は三上を盛大に転倒させる。

 倒れ込む三上には見向きもせず、桐緒はシロを見つめて言う。


「いいのかシロちゃん。四季くん殺されちまうぞ。翔真の時みたく、またご主人様が死ぬんだぞ」

「…!や、やだ!なんで、こんなことするの」

「嫌なら反撃したらどうだ。いいのか?このまま四季くんが死んでも」

「う、うう…アンタなんか、アンタなんかぁ…!」


 怒りに震えるシロの背後から、白い尾が2本にじり出てくる。

 “霊樹”に次ぐという力を持つ象物(ヴィジョン)の片鱗。

 矛先は他でもない、桐緒へと向けられる

 だが、桐緒は恐れるどころか、待ってましたと言わんばかりに顔を嬉々として歪めた。


「尾は2つ、か」

「──────死んじゃえ!!」


 尾は桐緒に向かって一斉に飛び出した。

 2方向から襲ってくる尾を、桐緒は目で追いながら軽く避けてみせる。


「…?おいおい、これは」


 一撃、一撃と攻撃を見切り、避ける。

 そして、何故だかその度に桐緒の表情は曇っていく。何か違和感を感じているのか、怪訝な顔をしていた。

 繰り返し攻撃を避けながら、距離を詰め、やがてシロの目の前へとたどり着くと、桐緒はシロに告げる。


「──────お前」

「ひっ…」

「違うな。シロじゃねぇだろ」

「……えっ?」


 シロを見下ろしながら、そう告げた。

 その言葉の真意を三上は読み取れない。

 そして、それはシロ自身もそうであった。

 立ち止まり、見下ろし、意味不明な言葉を発する男に混乱したのか、シロは戸惑いながらも


「──────どっか行って!!」


 桐緒の背に思いきり尾を叩きつけた。

 くの字に折れ曲がり、川の上を2、3度跳ねると、桐緒の体は向こう岸の川原へと打ち上げられた。

 宙でおもちゃみたいに回転すると、桐緒は砂と石の絨毯(じゅうたん)に叩きつけられた。


「えっ、えっ?」

「ふぐ…っ、うわあぁぁぁぁ!!シロは、シロだもーん!!」


 泣き崩れるシロ。

 三上が川の向こう岸に目を向けると、逆さまになってピクピクと痙攣している桐緒の姿があった。

 既視感を感じる。

 死んではいないだろう、と考えながら、シロを連れ、逃げるようにその場を後にした。


 〜〜〜〜〜〜


 自宅に着くと、空はもう夕の色を見せていた。

 家のドアを開けると、何かが焼ける香ばしい風とトントントンと小刻みに打ち付ける音。

 いつも通り、エプロン姿の恋花がそこにはいた。


「ただいま」

「おかえり2人共、遅かったじゃない。もう飾音は帰ってきてるわよ。なんか買ってきたみたいだけど」

「まぁ、こっちは色々とね」

「…?今日は菜の花と卵の炒め──────」


 シロのすすり泣く声に気づいたのか、すぐに料理の手を止めてこちらへ歩いて来る。

 赤くはらしたシロの目をなぞり、恋花はすぐに険しい表情を作った。


「転んだ?」

「いや…実は」

「違うよね。大体、予想はつく」


 少し悲しそうな顔をすると、恋花は台所へと戻って行った。


「もうすぐできるから。しっかり手は洗いなさいね」

「ねぇ、あのさ恋花!予想はつく、ってなんで?」

「……桐緒でしょ?シロを泣かせるなんて、アイツくらいしかいないから」

「本当に分かってる。でもなんで」


 鼻水をすするシロの手を洗いながら、三上は声だけで会話を続ける。


「なんで?なんかあったの?」

「シロは前から桐緒のことを怖がってた。なんでかは分かんないけど。ほら、多分、アイツ雰囲気とか怖いからよ」

「そうかな」

「こうしてシロを泣かせて帰ったでしょ?子供を泣かせるなんて、ろくな奴じゃないのよ。ダサいロン毛だし」

「でも、なんか理由がありそうだった。シロは怪我してないしさ。ねぇ、なんか知らない?」

「知ってるけど。大した事情じゃないわ…また今度、アイツから聞いて」

「理由があるんなら、そんな悪い人でもないんじゃない?」

「……そんなことないわ」


 シロの手をタオルで拭き、ついでにティッシュで鼻を拭いた。


「──────馬鹿よ。アイツは」


 乾いた笑いと共に、恋花は言う。


 三上も手を洗う。

 “シロじゃない”

 その発言を頭に留めながら、色んな可能性を頭で巡らせた。

 今のシロは、翔真といたシロとは違う。

 だとするなら“前のシロ”はどこに?

 今のシロと何が違う?

 以前のシロも桐緒から恐怖を感じていた、理由もなく。恐れは本能的なものだとすれば。


「記憶喪失、とかかな…」


 象物(ヴィジョン)のことすらよく知らない、その口で呟いた。


 そういえば、オレはシロと出会ったその瞬間のことを、覚えていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ