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第26話 でこぼこの道を

 

 飾音は明確な敵意を含んだ瞳で、メガネの男を見た。そして、睨みながら啖呵を切った。


「まだぶっ殺され足りなかったかコノクソヤロー!」

「はて…?どうしました?」

「忘れてるふりか?えぇ?!」


 スゴい表情でメンチを切っていた。

 だが、当のメガネの彼は真顔で首を傾げるのみ。彼に飾音の恨み節は覚えがないようだし、そもそも飾音と会うこと自体初めてなように見えた。


「…え、なに烏丸アンタ。とうとう本物の幼女に手ぇ出しちゃった!?」

「そそそそ、そんな馬鹿な。僕の信条はイエスロリータノータッチ。手を出したとして、その事を僕が覚えてないのはおかしい思い出せ我が右手ぇぇぇ!!」

「キモっ…!」

「あ?…なんだお前、違うのか?っつーことは…?」


 すまねぇ、としばらく考えた後、飾音は頭を小さく下げた。戸惑いながらも、視線をあちこちに移しながらブツブツと何かを呟いている。


 ──────飾音の頭にあったのは“貫田”名乗るいつかの刺客。メガネの男のことだ。その姿は確か目の前の男の姿と全く一緒のはず。だが、確かに目の前の彼からはあの時の不快感を感じられない。


「いや…?やっぱ違う、のか?」

「うーん…ってことは、そこのメガネと貴女でヘンタイさんが2人?」

「なんで私の事見て言うのかなノーパン幼女ちゃんは」

「パンツ履いてないのは自分からだもん」

「ノーパン幼女だと…!いいですね!!」

「キモイぞ烏丸」

「黙れ幸奈。彼女は希少価値だぞ。それもかなりの」

「あ、あの…すいません。ウチのシロと、知り合いですか?」


 三上はとうとう思い出すことが出来ずに、恐る恐る聞いた。女の方はサチナ、メガネの方はカラスマという名前らしいが、三上にとっては全くもって聞き馴染みない名前であった。

 問に対してメガネは無言で首を横に振るが、女の方は何やら顔を赤く染めながら、小刻みに震えている。


「…!おまっ、聞いてよ烏丸!こいつ、私の、お、おま、お股に、顔埋めて来たんだよ…私が落下するの予測して、真下にいて…」

「え…?そんなことしてないですけど」

「嘘つけぇ!!」

「はぁ…そんなことだろうと思っていたが。すいませんねウチの幸奈が。こいつ痴漢被害を妄想する癖があるんです」

「はぁ、それは大変で」

「結局ヘンタイちゃんってこと?」

「妄想じゃないしっ!!変態じゃないもん!!」

「僕の名前は烏丸太介(からすまたすけ)。変態の名前は羽鳥幸奈(はとりさちな)といいます」

「シロって言います。こっちはシキです」

「三上四季です」


 はぁはぁシロたん、とわざとらしく呟きつつも、太介は飾音の方にギュルりと顔を向ける。何か考え込んでいる飾音の顔を覗き込み、真顔で聞いた。


「はて、幼女(キミ)の名は」

「あ…?明光院飾音だけど」

「みょ…!?そ、そんな、馬鹿な!そんなはずは無い!」


 真顔で冷静に見えた太介の表情が、突然盛大に崩れ始める。信じられないモノを見るような目で、今度は彼がワナワナと震え始めたのだった。

 飾音を含め、その場の4人は怪訝な顔で太介を見ている。


「魔法くノ一カザネン、なのか?!ち、違うだろう君はそんなのじゃない!!同姓同名だろ…?」

「ああ?そりゃ私だ。マジカルカザネンのことだろ?なんだ?ファンかお前」

「そんなはずはない!嘘だ!嘘だと言ってくれ!」

「む、失礼なメガネね。これがカザネンよ。本物!見れば分かるでしょ!」

「カザネンはこんなヨレヨレブカブカのTシャツを着て、防音材片手に街を闊歩しない!Z指定のFPSなんて買わない!解釈不一致だ!!」

「買います〜!これが本物のカザネンだもん〜!」

「ふぁあ…んだよオマエら、うっせぇな」

「欠伸しながらケツを搔くなー!!」


 太介は人が変わったように狂い始めた。

 三上と幸奈は唖然とするしかない中、シロは太介に対抗するように、その発言に噛みついている。彼らにはそれぞれ“カザネン”の解釈があるのか、両者一歩も譲らない。数分続いた口論は、シロの一言にて決着する。


「む〜!でもこんなカザネンも可愛いでしょ?」

「…!か、かわ、それは…」

「こんなにダラダラしてるのも可愛いの!カッコイイの!カザネン知ってるからこそ!分かる?」

「それは…同意、する。しかし、これはカザネンでは」

「わからず屋!カザネン、見せてあげて!」

「えぇ…?ったく仕方ねーな」


 飾音は頬を桃色に染めつつも、小さく跳ね、一度ターンを決めてから、ポーズをとって見せた。


「魔法くノ一マジカルカザネン☆見参!」

「本物だああぁぁぁぁぁ!!!」

「ふふん!」

「あー…そんな反応できるなら、お前は()()わな。疑って損したわ」


 太介は公共の場でこれでもかと言うくらい叫んでいる。その横では何故か誇らしげなシロと自分の耳を塞ぐ飾音。


「アホらし」


 幸奈は吐き捨てるように言った。


 〜〜〜〜〜〜


 飾音や幸奈達とは別れ、三上とシロは帰路につく。

 夕方と言うには早く、昼というには遅いくらいの時間帯。

 しんと冷たい風と川のせせらぐ音。

 川原の上を、2人して歩いていた。


「シキ、みてみて!カニ!」

「あんまり靴を濡らさないようにね」


 はーい、と言いつつも、徐々に川の方へとシロは進んでいく。

 三上はそんなシロの手を引きながら、ぼーっと川を眺めていた。

 そこには数匹の川魚が泳いでいる。


「魚…生きてるのかな…?」


 この川も、街も、何も無いところから、“霊樹”の力によって作り出されている。

 象物(ヴィジョン)の力によって作られているということは想像の力、代力によって、形成されているのだ。

 つまり、この川を泳ぐ魚は想像によって作られ、そして今こうして生きている。


「シキ、ごめん。靴びちゃびちゃになっちゃった」

「……」

「シキ?」


 ──────おそらくだが、オレはその気になれば翔真を生き返すことができる。何も無いところから、なんの前触れもなく。オレの想像によって。

 しかし、オレの想像によって作られたのなら、オレの知っている翔真にしかならないのでは。

 オレの知っている翔真は、この“箱庭”に来る前の翔真だ。

 本当の翔真はきっと、この“箱庭”で幾人もの人を助けていた。

 オレの想像の翔真なんて、本当の翔真と言えない。


「四季くん。そこで何してんの」


 低く、優しくはない声。

 振り向くと、土手で風になびく銀の長髪がまず目に入った。シロとは違う、少しくすんだ、なにか力強さを感じる頭髪だ。

 戸惑いながらも、三上はその名を呼ぶ。


「星衛、桐緒くん…?」

「覚えてくれてたんだ。意外だな」

「シキ、誰この人…」


 シロは少し怯えた様子で三上の後ろに隠れた。

 それはシロが見せる初めての恐れの反応だった。

 視線を戻すと、桐緒はじっとシロの方を見ていた。


「何してんの」

「今、帰ろうと思ってた」

「…恋花は近くにいるかい?」

「分からない。買い物行くって言ってたから、いないと思うよ」

「そうか」


 喜怒哀楽の1つも見せることなく、桐緒は土手を下りて、三上の方へと近づく。ふと、色が変わり始めている空を見上げ、桐緒はなんてことないような声で言う。


「三上くん。俺と戦ってくんない?」


 彼は視界に、シロを捉えていた。


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