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第24話 撤退劇

 

『トラブルが発生しました。試験参加者、施設内職員は指示があるまで──────』


 アナウンスが鳴り響く。

 照明で明るげに見える館内も、その深刻な声1つで陰鬱な雰囲気を帯びる。

 そんな重苦しい空気の中、険しい表情で歩く者が1人。


「室長!今出歩くのは危険です!」


 室長、と役職で呼ばれた男は女性職員によって呼び止められる。


「名家の方が対処して下さったのだろう?今私たちが優先するのは、試験参加者の安全の確保だ」

「ですが…!」

「離したまえ。私は試験監督としてすべきことを──────」

「待ってください」


 進もうとする男を、さらに呼び止める声。

 声の主は凛として立ち塞がり、男をきっ、と見つめた。


「空木、恋花様」

「まだ安全は確保出来ていません。管理室にお戻りください」

「で、ですが、試験中のトラブルの対処は本来我らが行うべきことです。お力添えには感謝していますが、これ以上名家の方に」

「ダメです。職員の中に“猩々”が紛れている可能性があります」

「“猩々”って、あの…!?」


 職員は手を口に当て、目を見開く。

 “猩々”

 近頃“箱庭”を騒がしているその犯罪組織の名を知らない者はいない。驚き、恐れおののくのが尋常の反応だろう。

 しかし、ある者は違った。


「…どうしました?」

「い、いやぁ…」

「ところで、試験の空間制御を任されている方はどなたで?」


 職員が目で男を示す。

 男は険しい表情でひたすら冷や汗を流すのみで、一向に名乗り出る様子はない。

 あの、と恋花は男に手を伸ばそうとした、その時。


「──────動くなっ!!」

「ひっ…!」

「……何をしてるんですか?」


 男は鼻息を荒くして、手で恋花を制した。

 後ろの職員の首元には、彼の象物(ヴィジョン)らしき鏡が、刃物のように押し当てられている。


「動けばこの女の首が飛ぶ…!象物(ヴィジョン)も出すな!早くどけ!!」

「し、室長…?」


 カタカタと震える職員。

 首元から降りる、生暖かい一筋の赤い血液。

 男はそんな様子に見向きもせず、ただ廊下の先、脱出経路を必死の形相で見つめいていた。

 恋花は真剣な表情で首を傾げる。


「こんなことをしても無駄です。今すぐ彼女を離しなさい」

「無駄ではない!!コイツの空間能力なら、俺はどこにでも逃げれる!いいから早くどけ!」

「どきません」

「はぁ…?名家ともあろうお方が、一般の契約者を捨てるというのか?こっちはいつでもやれるんだぞ!!」

「た、た、助けて…」

「大丈夫です。安心してください」


 にこ、と恋花は職員を安心させようと微笑む。

 油断ではなく、余裕から出たその気遣いは、男の神経を逆撫でした。


「っ!!!これで空木家のメンツ丸つぶれだなぁ!!」


 鏡の象物(ヴィジョン)は至近距離から助走をつけ、職員の首元目掛けて突進する。

 どう足掻いても、契約者本人が死んだとしても、その攻撃は確実に直撃するはずだった。


「ほいっ」


 気の抜けた声と共に投げられた()()

 それは象物(ヴィジョン)に命中したと思うと──────


「…!なっ、!!」

 

 鏡の軌道は本来のものから大きく逸れ、天井へと突き刺さった。

 パラパラ…と天井の破片が静寂と共にこぼれ落ちていた。


「恋花、頼んだ」

「はいはい」


 二つ返事で返すと、恋花の拳は男が気づく暇すら与えず、振り抜かれた。

 殴打する音の後、男の体はその場に崩れ落ちていった。

 沈黙を確認すると、小石を投げた張本人でもある飛鳥茶誉は気の抜けた足取りで歩き寄る。


「まったく…わしが間に合わんかったらどうするつもりじゃった?」

「自分の腕を犠牲に止めに入ってました」

「バカ。お前の腕が落ちたら、困るのはこの女の方じゃろうが」

「た、助けて下さり、ありがとうございます」

「おーおー、よいよい。人質がおらんかったらコイツは全速力で逃げとったからの。そっちの方が面倒じゃった」

「は、はい」


 茶誉は落ちていた小石を拾い、ポケットに突っ込んだ。


「で、どうじゃコイツ。本当に“猩々”か?」

「見てれば分かると思います」


 2人してじっ、と男を見つめる。

 倒れていた男の姿はしばらくすると、白煙に包まれ、そこに残っていたのはやはり、タヌキの象物(ヴィジョン)であった。

 その姿に茶誉は眉をひそめる。


「契約してたのは鏡の象物(ヴィジョン)…これだと象物(ヴィジョン)象物(ヴィジョン)と契約していることになるが、ありえるのか?」

「さぁ…すいません。この方が契約していた象物(ヴィジョン)は、さっきと変わりなく鏡の象物(ヴィジョン)でしたか?」

「は、はい。“雲外鏡”という、空間を制御する象物(ヴィジョン)でして、象物(ヴィジョン)は何の変化もないからてっきり室長本人かと…あの、室長は、無事なんでしょうか」

「ええ、もちろ──────」

「いや死んどる可能性が高いな。“猩々”の被害にあった人間は漏らすことなく行方不明のまんまじゃ」

「ちょっと!ちゃほ先輩!?」

「いずれ知るんじゃ、濁してもしかたないじゃろ」


 声を荒らげる恋花に対して、茶誉はやれやれと肩をすくめた。

 すると、女性職員は肩を揺らし、すすり泣き始める。

 恋花はそっぽ向く茶誉を睨みつつも、職員の背中をさすった。


「だ、大丈夫です。行方不明ってだけで…私たちがー、いずれ見つけ出すので。ね?」

「ぐすっ…室長、は、学生時代からよくしてもらった、先輩でしたので、まさか、いれかわっている、とは…」

「学生時代から…元からその人間として潜入している線はなし?やはり早くとも2年前からか…?」

「先輩、その話は後にしてください!」


 こうして騒乱は通っては過ぎる。

 そこにタヌキの尻尾は残っておらず。

 残された人々のすすり泣く声が館内に響いていた。


 〜〜〜〜〜〜


「はぁ?僕?!今回何も関わってませんけど?!」


 いつも通り、薄暗い部屋で石川綾児は声を上げる。


「はぁー、あ。やっと完成するところだったんですよ?」

「なんの話しです」

「ジグソーパズルの話です。1000ピースの」

「興味ありません。報告をお願いします」

「可愛い猫ちゃんのですよ。見ます?」


 互いから、ため息。

 綾児はウンザリした表情で手に持ったタブレットをスワイプし、メッセージのアプリを開いた。

 送信元、空木恋花の名を流し見ながら、適当な調子で話す。


「“猩々”のメンバーを10名ほど拘束。全員“四足獣”の残党らしいっスね。下っ端も下っ端ですが」

「ドブネズミが。あれだけやったのにまだ残ってたのね」

「やっぱ、1年前から“箱庭”を出られない連中の受け皿になってるみたいっス。頭領らしき人物は“カミナリ”と名乗っていたみたいですけど」

「…その呼び名に心当たりは?」

「“時枝様”の情報網で分からないなら、一介の教員には分かりませんて」


 綾児は首を振り、嘲笑した。

 上司は顎に手を当て、思考してみるが思い当たる節はない様子。

 お手上げと言わんばかりに綾児は手を上げる。


「特にこれ以外の情報は。もういいっスか?パズルあるんで」

「いいでしょう。引き続き三上四季と白尾の監視を頼みます」

「はぁ…面倒なら、資格取る前にシロをぶんどっちゃえば良かったんじゃ?」

「そんなことをすれば、空木の娘が気を悪くするでしょう」

「何しても、あなたのような人間の思い通りになるのなら、いつだってあの子は気を悪くしますよ」


 口の減らない、と吐き捨てるように言うと上司は扉を勢いよく閉めた。

 静寂の中、綾児は死んだ目で扉を睨み、誰もいない空間に向けて、小さく中指を立てる。


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