第22話 鬼の首
三上四季、三戦目。
そろそろ終わってもいいんじゃないかと思う頃。
シロと共に森林を抜け、ドアから出ていくと、次はほとんど何も無い場所だった。
ベージュ色の土砂利と白いフェンス。少し遠くには“売 地”と書いてある赤と白の看板。
どうやら次のステージは空き地のようだ。
障害物も何も無い、環境としては一戦目の空間の大した差は無いように見える。
「ねーこれいつ終わるのかな」
「さあ…もうすぐ終わってもおかしくないと思うんだけど」
ゴールなんてあるのだろうか。
そう言葉を交わしていると、目の前に人影が現れる。
1人だ。今回の相手だろうか、それとも試験官が──────。
「よう!久しぶり!」
気さくに声をかけてきた。
その姿と声は、ひどく懐かしくて、三上は一瞬だけ言葉を失ってしまう。普通なら疑うはずの光景を、そのままに受け入れてしまっていた。
「翔、真」「ショーマ…?」
2人揃って、その名を口にしていた。
どこからどう見ても彼だった。
少し距離が遠いから気のせいかもしれない。
それでも、彼だった。
シロは堪らず翔真のもとへと走っていく。
「ショーマ…?本当に、ショーマなの!?」
「あっ、ちょっとシロ!」
そんなわけない、そんなわけないと思いながら
三上は心のどこかで期待していた。
『翔真くんの死体は見つからなかった。』
いつだったか、和氣龍馬が言った言葉を思い出す。
死体を見ていないのなら、本当はどこかで生きている。犯罪組織に捕まった後でも、どこかで息を潜めて、生きているのでは。
そんな淡い希望を毎日、心の中で浮かべては沈めていた。
それが今、こうして…。
「ショーマ!ショーマぁ!!」
「本物、なのか…?」
夢なら、覚めるな。そう思いながら歩みを始める。
「なーんてなぁ!!」
突然、シロの足元に地割れが起きたかと思うと、シロを囲むように植物が伸び出した。
「…!シロッ!」
すぐに駆け出すが間に合わず、伸びた植物は絡み合い、緑の籠となってシロを閉じ込めた。
そして、不自然にも地から現れた植物の檻は宙へと浮かび上がる。
「感動の再会、終わり」
翔真の姿などどこかへ消え失せ、別に位置にまた別の人影が立っていた。
真っ黒なパーカー。フードを深くかぶっていてその顔は見えない。体のラインからは女であることだけが分かった。
「シロを…!いや、戦いが終わったら返してもらいますからね」
三上はシロが捕まったことに不安を覚えたが、これは試験だ。こういう作戦で戦いに来ている人なのだ、と思い直した。
勝っても負けても、これは試験なのだと。
しかし、そんな甘い考えはあっさり打ち砕かれる。
「終わったら?ダメだな。ウチが勝ったら、ウチにこいつを返してもらう」
「シロはオレと契約してる象物です」
「あん?なんだそりゃ…ああ、言うの忘れてたわ」
面倒くさそうに頭を掻き、懐から取り出したものを三上に投げ渡した。
三上が手に取ると、それは小さな缶バッジだった。
タヌキをモチーフとしたアニメ風のイラストが描かれている。
「ウチら“猩々”。お前殺して“白尾”を奪いに来た」
「…!“猩々”って、あの」
「分かるか?ウチはお行儀よく試験受けに来た人じゃない。今お前に戦いを挑んで、このシロを強奪しに来たの。ドゥーユーアンダスタン?」
三上は静かに戦慄した。
当たり前みたいに、敵と言える存在が、こんなに平然と目の前に現れるとは思ってなかった。
試験は、あっという間に試練へと姿を変える。
状況を冷静に判断した上で、三上は口を開いた。
「シロ!もう“尻尾”いいよ!」
「…!うん!分かった!」
緑に囲まれた空間の中で、シロの白尾は躍動を始める。
試験の参加者じゃないのなら、遠慮はいらないだろう、と。
「あ、それも忘れてたわ。解釈拡大──────」
瞬間、それは静かに起きる。
シロの背から揺らめいていた尻尾は、女の言葉を合図に、力を失ったように動かなくなってしまう。
次第に小さくなっていき、遂には尻尾はシロの中へと消えていってしまった。
「え?あ、あれ…なんで…」
「“鬼の尖角”鬼は、常に相手を蹂躙する存在である」
その現象にシロは戸惑い、困ったように何度も自分の後ろを見た。
得意げな女の頭の上には、2本の角が天使の輪っかのように浮いていた。
「この解釈は、周囲の象物の、解釈の拡大を抑制する」
「…わざわざ説明してくれるんですね」
「アホは人の言ったことをそのまま信じるからな。これを聞いたアホは勝手に想像して、勝手に手前の想像を鈍らせる」
「…“ミノタウロスの斧”」
静かに告げると、三上の手元に巨斧が現れた。
その様子に女は驚くでもなく、興味深そうに眺める。
「お、帝誠さんの斧か?!やるなお前。芯の強いやつには角の効きが悪いんだよ。お前の場合はちょっと違うかもしれねぇが──────」
「なんでこんなことするんですか」
「は?…白尾を手に入れるため」
「違う。何のためにここまでして…そんなにシロが欲しいんですか、あなた達は」
「あったりまえだろうが。神みたいな象物をゴミみたいな契約者が持ってんだ。奪わない手はないだろ」
「人を殺して、シロを奪って!そこまでして、一体、何がしたいんだ?あんた達は!」
「それって、そんなに難しい話かよ」
「っ…!」
目を丸くして答える。
三上は女に、我を失うほどに怒っていた。
人を殺し、物を奪う、その理不尽な行為にワケが分からないほどイラついていた。その理屈を理解していながら、自分でも驚くほどに怒っていた。
「生きるために生きているモノを殺す。こんなのお前ら“憑景”の専売特許だろ?ウチらはそれと同じことやってるだけだ」
「お前らは生きるためじゃない。私利私欲で人を殺してるんだ」
「私利私欲って言葉選びで誤魔化してんなよ。意味は同じことだろ…そっか。じゃあ、今からお前に理解させてやるよ」
女はフードを取り、その姿を現した。
長く伸びた前髪、目立って伸びた犬歯と三白眼が三上を鋭く睨む。
「解釈拡大“鬼の拳”」
彼女の両腕に青い結晶のような物がまとわりついた。
肘まで結晶で覆われると、両の拳骨を打ち合わせ、彼女は不敵に笑ってみせる。
「“猩々”頭領であるカミナリ様は、今からお前を殺す。殺して、“白尾”を我がモノとする」
「オ、オレは…」
「さあどうする!ウチに大人しく殴り殺されっかぁ?!私利私欲で人を殺すウチに!」
三上は一瞬の躊躇いを見せながらも、斧を握り、決意の瞳を見せる。
「オレは三上四季…今から、あんたからシロを奪い返す!」
「はっ!殺すって言ったらどうだ?!このフニャチン野郎!!」
対するカミナリは嬉々として笑顔を浮かべた。




