第20話 狂信者
三上が女と決着を着けた同時刻。
「……あぁ?」
明光院飾音は2戦目の空間に足を踏み入れていた。
1戦目は何も無い空間での戦い。
そして2戦目、ドアを開けて飾音が目にしたのは列車の操車場のような場所であった。
辺りには金属製のコンテナと線路があちこちに並べられてる。
なにより特徴的なのは空、紺色の空である。
時間帯は夜として設定されているのか、かなり暗く、配置されている電灯を頼りにしなければいけない。
「視界が悪ぃ。どんな状況でもに適応してけってワケか…どっちかってぇと私に有利な環境ではあるな」
飾音にとって視界の悪さは関係ない。
彼女の象物“野伏”はコウモリを起源としており、超音波によるエコーロケーションが可能である。
金属製のコンテナすらいざというときの武器となる。
1戦目を難なく突破した彼女には余裕もあった。
「おいおいヌルゲーか?もしかして元引きこもりだからって忖度でもされてんのか?」
誰に言ってるでもない軽口を叩きつつ、相手を探した。
そこかしこに積み上がってるコンテナのせいで迷路のように複雑な道ができている。こりゃあそもそも接敵までに時間がかかるぞ、と思った直後──────
「いるのでしょう?出てきてくださいよ!」
予想外にも、敵から声をかけてきた。
しめた、と飾音は声のする方へと身を潜めつつ近づいていくが、それはすぐに無駄に終わった。
「いるのは分かっていますからね!飾音!」
「……!なにぃ?どういうことだ」
突然の名指しに思わず声を上げて飛び出す。
見知った顔をいくつか予想し出ていったが、そこに居たのは飾音にとっては全く見知らない人物だった。
「会いたかったですよ。ずっとね」
無造作な黒髪に四角いメガネ。
あちらは飾音を見知った素振りを見せているが、どういうことなのか。
そもそも何故相手が飾音だと気づいたのか。
諸々全てを考慮した上で、口を開いた。
「誰だお前」
「私ですよ」
「いや誰だよ!!」
「もう、嫌だな。忘れたんですか?」
メガネの男は指を左右に揺らしながらに言う。
「ぬ・き・た、ですよ」
「はぁ?貫田だぁ?」
「仮の姿のひとつですけど。あなたにはその名前が一番馴染み深いでしょう?」
「ふざけんな!性転換したってかぁ!?」
「察しが悪いですね。これも私の仮の姿なんです。というか、そもそもここにいるのは私自身ではなく、私の象物なんですけどね」
パチン、と指を鳴らすと男の後ろに狸の尻尾が出現する。
“猩々”
箱庭内で暴れているその犯罪組織は、皆共通して狸の象物と契約しているという。
「もしかして…貫田に化けてた奴と同じ奴ってことか?」
「その通り!呼び方変えるのもなんなので引き続き“貫田”とお呼びください!」
「はぁ…で?そんな犯罪者様は何しにきたんだ。まさか大人しく資格試験取りに来たわけじゃねぇだろうな」
「もちろん!“白尾”の捕獲に来ました」
「シロの…!はっ、なら残念だったな。ここには“白尾”はいねぇ!私は全く関係ない。お前は無駄足だよ!」
「いえいえ、私が今ここにいるのは個人的な用事です」
「あん…?」
貫田(仮)はその場に跪き、手を差し出した。
「飾音、貴女を“猩々”に勧誘しに来たのです」
「はぁ?」
「また、私と一緒に輝きましょう!」
「はぁ?!?!」
突然の意味不明な提案に、飾音は顔を顰めた。
その反応を見た上でも、貫田はなおも話を続ける。
「今のこの“箱庭”は偽りの姿。私たち“猩々”はこの偽りの世界を浄化し、真の姿を取り戻そうとしているのです。それに協力してください!」
「なーんか急に怪しい宗教の勧誘みたいになったな。犯罪者集団が?何をするって?」
「“箱庭”を浄化します」
「客観的に見て、気持ちわりぃって思わねぇのかって聞いてんてんだよっ!!」
怒号と共に指にはめていた指輪を投擲し、呟く。
「解釈拡大、“共振爆”」
弾けた指輪から、神速の金属片が放たれる。
爆発した位置的に、貫田は直撃を免れないはずだったが。
「やれやれ」
無数の金属片は貫田の体をすり抜けた。
霧を穿ったかのように、貫田の姿は微かに揺らめいただけで、その身は完全に無傷に終わった。
「やはり分かってくれませんか」
「ちっ!キモいストーカーの言うことは分かんねぇよ。てかどうやって私と同じ空間に来た?試験官側がこの空間制御してるはずだよな?」
「試験官の中にも“猩々”が潜んでいます。今頃“白尾”の契約者の方にも別のメンバーが言ってるでしょうね」
「……!おいおいそれマジかよ」
“猩々”が“箱庭”の一般市民住民として紛れ込んでいるのは知っている。だが、職員として紛れ込んでいるのは初めての例だ。
こんなにも簡単に潜めているのなら、他にも…。
今の状況は予想以上にヤバいのでは。
「こりゃ、お嬢の方も、いや四季の方がマズそうだな…とっととテメェ片付けて、報告いかねぇとな!」
背中に翼を顕現。
飾音は即座にその場から高く飛び上がった。
「どうせ身代わりの分身用意して時間稼ぎしようってハラだろ?私には無駄だっての──────!!」
大量のコウモリを出現させ、自分含めた全員で超音波を空間中に放つ。超音波の反射から、その場にいる敵本体の位置を割り出そうとした。
だが、
「──────反応、1、2…!6人分だと!?」
「ついて来てくれないのなら、連れていくしかありませんね」
「…!なっ、てめっ」
空高くに飛んだはずなのに、いつの間にかすぐ背後に貫田は現れた。
その姿は煙のように溶けたかと思うと、飾音の周囲を漂い始める。
「ごほっ、ごはっ!!」
「解釈拡大“乱惑香”」
思わず煙を吸い込むと、飾音の視界は回転を始めた。
上も下も横もごちゃ混ぜに。空を飛んでいる分、余計に飾音は平衡を失っていく。
翼での滑空を維持できず、遂にはその身は地面へと落下してしまった。
「ごはっ!……く、そ、っ、どこだ!」
「ここですよ」
「…!おらっ!“共振爆”!!」
見えた敵の姿に、咄嗟に攻撃を仕掛けるが効果は無い。
当たっているかどうかすら、今の飾音には認識出来なかった。
「はぁ…はぁ…!くそっ、あと、こんだけか…!」
飾音の指輪は右手の人差し指、中指、薬指の計3つ。
1戦目で使ってしまった分、いつもより消費が早かった。
“共振爆”
飾音が金属っぽいと思った物体に対して発動し、その物体を超音波を介して爆発させることで、金属片を弾丸並みのスピードで飛ばす攻撃手段である。
「っと、知っていますよ。貴女の攻撃手段は限られているということは。見た感じ、あと3回」
「くっそ、もう、外したら、流石にマズイよなぁ…!」
「ほうら当ててみてくださいよ」
「バカが!お前が当たりに来い…って、いったぁ!」
距離を取ろうと立ち上がったが、立ち上がることすら許してくれなかった。
貫田はそれを見て、首を横に振りながら余裕の足取りで近づく。
「最っ悪…!クソが!近寄るなストーカーが!」
「口が悪いですね。散々指導したのに、また教えなきゃいけませんか?」
「るせぇ!マネージャーん時の貫田を知った風に言うな!」
「知ってるんですよ。その時の貫田も、私なんです」
「っ……んな、わけねぇ!誰がてめぇなんかについて行くか!」
「……!」
そこで貫田は気がつく。
飾音の指から指輪が消えていることに。
「反応は6…なら2分の1だな」
「な、なにがです?」
「今分かってるテメェの分身6人。この中の3人に、残りの指輪で一斉に攻撃かますンだよ」
「…!そ、それは」
「運ゲーにはなっちまうけどよ、今この場にいるテメェはなしだと考えりゃ、5人に絞れるよなぁ?えぇ?!」
「ま、待ってください!1回話を」
「もうコウモリちゃん達は行ってんだよ!“共振爆”っ!!」
三度、遠くの方でガラスの割れるような音が聞こえた。
飾音のコウモリから得た情報では、放った全弾は命中。
だがしかし、目の前の貫田は依然として消えることはなかった。
「……は?」
「くっははは!ざぁんねぇん!分身と本体の位置はいつでも入れ替え可能!どの分身に攻撃するかは賭けだったんですが、ここにいる分身を貴女が候補から外した時点で、私の勝ちでした!」
「な、に…?!」
「はい。今ここにいる分身が、本体となったのです」
絶望の表情を浮かべる飾音を見て、貫田は高らかに笑った。
もう飾音の手には指輪は無い。
為す術なくしたであろう飾音に、今度こそ貫田は近づいた。
「さてさて、では観念して私と共に」
「…よ…なぁ…」
「ん?」
“共振爆”
この解釈にはもう1つ特性があった。
それは、物質が爆発する威力はその物質に宿された代力に応じて大きくなるということ。
飾音は服のボタンを外す。
「ここにいるのが、本体ってのは、間違いないよなぁ…!」
顕わになった飾音の胸元から現れたのは、チェーンネックレスに通された、大きめの指輪。
首にネックレスとしてかけてある1つは、他の指輪よりも多く代力を込めてある。それは服に隠れて見えないようになっており、これこそが飾音の奥の手であった。
「テメェに連れていかれるくらいなら、ここで一緒に死んだ方がマシだっての!!」
「なっ、ちょっ」
「くらえ!最高火力の“共振爆”だ──────!!」
ネックレスを掲げ、叫んだ。
「──────なんちゃって」
「…!」
貫田は予見していたかのように、掲げられた飾音の腕を握り、即座に指輪を奪い取って見せた。
そして、爆発する前に貫田の姿は指輪ごと煙のように薄れ…。
パ キ ォ ン ッ !!
どこか遠くで、爆発する音が聞こえた。
「分身との入れ替わりは、持っている物ごと可能です」
「……」
「なんとか言ってくださいよ!可愛い声で!ここまで手こずらせてくれたんですから!」
「ごふっ…!」
避けようと動く気力すら無くなった飾音は、太腿に刺さった蹴りに悶えた。薄く開いた目で見える、メガネをかけた男は下卑た笑みを浮かべている。
「そんな残念がらないでください!そんな貴女の顔も可愛いですけどっ♡」
「……」
声すら出ない。
演技では無い、本当に絶望した表情だった。
飾音の予想していなかった事態。まさかの状況に声すら失っていた。
奥の手さえ潰された。
否、そもそもやつの手の内すらまだ全て明らかになっていない。
どう見ても絶対的な敗北、飾音の運命、この男に負けることはほぼ決まっているようなもの
に見えた。
「き、きっひひひひ…」
「なにを…」
「最悪だよ。マジ最悪。絶望もんだ。こんなの、よりにもよってもお前に……ちょーBad入るわこれは」
引き裂かれた狂気的な笑みに、貫田は眉をひそめる。
すると、いつの間にか上空に集合していたコウモリたちが、一斉に飾音に向かって飛びかかる。
「なっ…にを…!」
あっという間に飾音の周り一帯が真っ黒に染まった。
ブラックホールを連想するような漆黒の空間から、チラチラと飾音の姿が見え隠れしている。
「ひひ…言っとくがなぁ!これはファンサじゃねぇぞ!これ見たやつは全員、例外なく殺すって決めてっからな…」
そうして暗雲は晴れ、その姿は明かされる。




