第19話 収束
それは試験が始まる直前のこと。
三上は恋花から、ある話を聞いた。
「シロに戦わせたらダメだって?」
「シロのあの尻尾はもう、人前で見せたらダメ。道場を壊した件でシロのことが“箱庭”中に広まっちゃったの。誰かが動画を撮ってたみたい」
「バレちゃってるならいいんじゃ…」
「映像からはあれが小さな女の子だとは誰も分からなかったみたい。ちゃんと写ってたのは尻尾と私だけ」
「まぁ、分かった…とりあえず尻尾さえ出さなかったらいいんだね」
「そう。あと1つ、先生からの伝言」
恋花は声を低くし、綾児っぽく間延びした喋り方で話した。
「“三上の解釈は、どうも他人の想像したものをそのまま写し取っている。どんな相手だろうとそれがあれば互角以上に戦える。だが──────”」
「“恐らく複雑な力はまだ真似できない。斧を作る、翼を生やすなどの単純な力だけだ”」
「“自分の理解が及ばない力を真似ようとした時、シロとの力が相まったら何が起こるか分からない。くれぐれも注意するように”…だそうよ」
「はぇー…結構似てるね」
「ちょっと、ちゃんと聞いてた?」
要するに、
シロは戦わせるな。
理解できない力はマネようとするな。
ということだ。
「──────とか、気にしてる場合じゃないよ!」
一呼吸おいてから、独り言ちる。
意識を現実へと戻し、青々とした木の群れを視界に捉えた。
三上は走っていた。アテもなく、ひたすらに足を動かしていた。
「っ、危なっ!!」
飛んできた物に気づき、咄嗟に足を上げた。
見ると、そこには矢が刺さっている。
矢の飛んできた方向は三上の走っている方向の先、正面からだ。
「逃げてばっかじゃ何にもならないよ!変態のお兄さん!」
だがしかし、相手の声は全く別の、背後から聞こえる。
かと思えば矢が右、左から、声は正面からと、三上にはもう訳が分からない状況。
となれば、三上には走るしかなかった。
「ものすごいスピードで移動してる?いや、たまに矢と同時に声が別の方から来るんだよな…」
「2人いるんじゃないの」
背に乗ったシロが耳元で話す。
今、三上はシロを背負い、片手に斧を持った状態で全力疾走している。かなり超人的な身体能力を有しているが、決して度重なる苦労で筋肉が活性化したわけではない。
かの“ミノタウロスの斧”のおかげである。
どうもこの斧は持っているだけで、身体能力を強化してくれているようだ。
「ん──────?!」
風を切る音。
聴覚が次の矢の接近を知らせる。
音は正面から。しかし
「ヒット」
矢の飛んできた方向は左右から、それも2本同時。
そして、三上の両腕への被矢を確認する淡々とした声は背後から聞こえていた。
「いっ、……ってあれ?痛くない」
「大丈夫?1回隠れてみたら?」
シロが心配そうに覗き込むが外傷はない。
矢は刺さるどころか、弾かれて地面を無造作に転がっていくのみ。
矢の先には一滴の血も付いていない。
「これは…斧の人さまさまかな?」
斧の人が飾音の攻撃を喰らっても無傷だったことを思い出す。
矢のスピードからして当たれば刺さるのは必至。そうならないということは、そういう事だ。
矢が当たったとしてもなんのダメージもないなら楽勝だ。
「ちょっと待ってシキ」
「え、何──────」
シロへと振り向く前に。
次は全くの無音で、矢は左腕のさっきと全く同じ位置に命中した。
その瞬間、三上の左腕に異様な不快感が走る。
「──────あ?」
だらん、と三上の左腕は力を失ったように動かなくなった。本人がどうしようが全く動かない。それは糸を失った操り人形のように。
その感覚は、三上がちょうど最近に味わった麻酔の感覚に似ていた。
「「“天狗流神隠し”」」
淡々とした声で、女の声は全方位から聞こえていた。
見ると、矢が当たった位置に紅葉のような紋様が刻まれている。右腕には赤色、動かない左腕には黄色の紋様である。
「2回当たったら動かなくなっちゃうんだ!気をつけて!」
「いや…それよりも、音だ」
「え?」
「あっちは音を操れるんだよきっと。矢の音もあの人の声も、きっと自由自在に、どこからでも出せる」
背負いきれなくなったシロを下ろし、残った右腕で斧を握った。
三上に絶望はない。
薄川帝誠との戦いから、三上の恐怖心は麻痺していた。今の彼の精神を支配しているのは使命感とほんの少しの全能感である。
そして何より、相手の能力のタネが見えてきている。
スピードではないのなら、追いつける。
複数に増えていないのであれば、一撃でいい。
「ごめん。シロ、ちょっと行ってくるね」
目をまるくしたシロをポンポンと撫でる。
「すぐ、帰ってくる?」
「もち。できるだけすぐね」
「じゃあいいよ──────頑張って!!」
「うん。ありがとう」
身を屈め、次の動きのためのイメージを固める。
いつかの光景、思い出すのは飾音の姿。飾音から伸びていたあのコウモリの翼。
「と、破れるんだっけか」
思い出したので上着を脱ぎ捨てる。
「さて、そんじゃあ行こうかな。解釈拡大ってね──────!!」
イメージした姿をその身に現出させた。
肩甲骨が盛り上がる感覚と共に、三上の身は大きく飛び上がり、森の木々を突き抜けた。
「──────っはぁ!…ああ、こりゃダメか!」
広大に広がった景色に叫んだ。
広がっているのは緑の海。
この葉っぱに覆われきった景色からでは、相手の姿を探せるわけが無い。
そして、次の手を考えるのを妨げるように、矢を放つ音があちこちから響いた。
「「上に飛んだからって、逃げれるわけないでしょ!」」
複数の声が耳元で響く。
それぞれ別の場所から突き抜けて出てきたのは計3本の矢。そのどれもが一直線の軌跡を描くことなく、蛇行しながら三上の元へと飛んできた。
「追尾してる──────なんでもありかよ!!」
「「天狗の矢羽根、逃げれると思うなよ!」」
風を掴み、できる限りの速度で空を駆けた。
音も操る。矢も操る。オレに対抗する術は──────
「音、そうだ音……出来るはずだろ…!」
喉を押さえ、全力で頭を巡らせ想像する。
身体の強化、翼の発現、なら喉のつくりを変えるくらいどうってこと無いはずだ。
三上は息を吸い込み、できる限り叫んだ。
「解釈拡大──────!!」
自分のモノとは思えない音が口から発される。
エコーロケーション
コウモリは超音波を発し、その反響によって物体の距離・方向・大きさなどを認識するという。
森の中のあらゆる情報、姿形が頭に流れ込んできた。
「見つけた…!!」
「「なっ、どういう原理だ!人がそんなの出来ても情報を受け取れるわけないだろ!」」
「そういう解釈なんだよ!オレの中では!」
標的目掛けて一直線に駆け抜ける。
急いで飛んで逃げているようだが、最早遅い──────!!
木々を突き抜けると、探すまでもなくその姿は見えた。
背を向け、スカートをはためかせながら逃げているその姿が。
迷いない疾走で先回りをし、女に向かって笑顔を作って見せた。
「ひっ…!!」
「すいませんね。手加減はするんで、全力で防御してください!!」
斧の側面を下に、逃げている彼女の頭目掛けて振り下ろす。
「ヒィん!!」
ゴイン、と音を立て脳天に直撃。
女は力なく、その場に倒れてしまった。




