第17話 放浪者
契約者資格試験会場にて。
溢れかえるほどではない、参加者ざっと100は満たないくらいの参加者が歩き交う中。
「うヴぇ…うヴぇろぇ…」
参加者の1人でもある明光院飾音は隅っこでグロッキーになっていた。
「カザネン大丈夫?」
「いや、マジ無理…ちょっと、しばらく動けねぇわ」
会場についてから数分。
申し込み等を済ませ、その辺を歩いていると突然に起きたことであった。
かれこれこの状態が10分は続いている。
「何?どういうことなの?悪い物でも食べさせちゃったかしら」
「いや、人混みに酔ったんだよ…最近街中歩いたし、もう大丈夫だと思ったんだが…うぇ…」
「試験始まるまでに治るといいけどね」
「──────ん?お前ら何故ここにいる」
飾音の背中を叩いていると、後ろから声。
声のする方へに振り向くと、キョトンとした顔の男が立っていた。
「「…なっちゃん」」
「ん、どなた?」
「お前こそ誰だ。俺は牟田茶知菜という名だ」
茶知菜は初対面にも関わらずかなり横柄な態度で恋花を指さした。無遠慮というか、悪気はないようだが、ただ単に配慮に欠けた接し方である。
恋花はその態度に少しむっとしながらも、澄ました顔で応える。
「空木家の恋花という者です。失礼ですが四季やシロとはどのようなご関係で?」
「何故そんなことを聞く?お前には関係ないだろう」
「なっちゃん、恋花はクラスメイトだよ」
「ん?…そうか。では、これからも牟田茶知菜をよろしく頼む」
「これからって、っ、アンタ…あ、あえてなにも言わないわ。よろしくね」
恋花は引き攣った顔で差し出された手を取った。
第一印象は最悪だが、三上達があだ名で呼ぶほど親しいのだから、と感情を抑えてながら。
対する茶知菜は目線を恋花の顔から少し落として、笑顔で言い放つ。
「良い乳をしている。誇るといい」
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試験の受け付けも終わり、これから試験の説明に入るというところ。
恋花とは一旦離れ、茶知菜を含めた4人は大量の参加者共々、誘導されていた。
「何故あの女は俺に平手打ちを?」
茶知菜は頬に真っ赤な手のひらの跡ができている。
無論、これを作ったのは恋花である。
茶知菜の発言に堪えきれなかったのか、咄嗟に放った平手打ちは茶知菜の体を優に10mは飛ばすほど。
その後に平謝りされていたが、未だに茶知菜は平手打ちされた状況に納得いってない様子であった。
「なっちゃんは恋花と初対面だよね?」
「ああ、そうだが」
「じゃあそうなるよ。しょうがないと思う」
「…?体のうちで1番目立つ、優れた部位を褒めた気がするのだが、もしやそれが原因か?」
「ひっひひひ…察しがいいじゃねぇか。でも助かったぜ。笑ったおかげで元気出たわ」
「ん?そうか?それは俺のおかげということか?なら大いに感謝しろ」
「おーおー感謝するわ。酔い止め買う金くらいは浮いただろうからな」
吹き飛ばされる茶知菜を見て大爆笑してから、飾音の顔色は大分よくなった。試験も問題なく行えそうな様子に、三上はほっと安心する。
笑いすぎて結局飾音はその場で吐いたワケだが、それも良しとしよう。
「ところで、明光院飾音はともかく、三上四季は契約者の資格を持っていなかったのか?」
「…?そうだけど、なんで?」
「白尾がいるだろう」
茶知菜はシロを指さした。
「む、シロのことはシロって呼んでよ」
「…シロがいるのなら、特別な措置くらいは取ってくれるだろう。名家の象物に匹敵するほどなのだろう?」
「特別な措置ってのは…そういうのあるの?」
「いや知らん。元引きこもりに聞くな」
2人して“?”のマークを浮かべる。
茶知菜は呆れたようにため息をつくと、話を進める。
「別に最近のことではない。本来20を超えて契約者として認められなければ“箱庭”外での任務は受けられないが、あの恋花というのは受けているだろう?あれは恐らく空木家の象物である“八犬”と契約しているからだ」
「八犬…」
三上の頭を過ぎるのは、恋花が連れていたあの真っ白な狼にも似た犬のこと。
そういえば、綾児や飾音の象物は一切喋らないのに、恋花の犬は頭に響くような声で話すことができていた。
「名家の象物というのは他とは一線を画す“強さ”を持っている。それと契約していれば、自ずと上が実力を認めてくれるはずだ」
「いーや?お嬢が評価されてんのは“八犬”じゃなくて、お嬢本人の実力だと思うぞ?」
「…アイツが?」
「いやマジでやべーから。噂でしか聞いてないが、1年前の“四足獣”の襲撃で、頭領以外の幹部計6人をお嬢が1人でぶっ倒したってウワサだ」
「…そうは見えなかった。ああ見えて強いのか」
「ああ見えてって…どう見えてたんだよ」
「……乳の、でかい女?」
茶知菜は真剣な表情で呟いた。
頭領以外の幹部というと、斧の男より少し弱いくらいの契約者が6人。想像すると、三上は身が震えるような思いをした。
「ともかく、象物が強いだけじゃ上は認めてくれないってことだナ」
「それでも、お前ら2人には楽勝に見えるがな…見ろ、周りのヤツらの面構えを」
茶知菜は割と周りに聞こえるくらいの声量で言ってみせた。
緊張しているであろう周りの顔つきが、次々にこちらを見てくる。
恨めしいような、嫌なものを見る目で。
「シキ、私たち注目されてるわ…」
「睨み返してやれ。どいつも“箱庭”から出たことないヒヨっ子共だ。大したことない。こんな雑魚共はお前の──────」
「なっちゃん!しー!しー!もうやめた方がいいよ!」
「あー!あー!試験緊張するわー!マジ緊張するわー!」
周りの人間の目に殺気が帯びていく。
茶知菜は無自覚にやっているのか、分かった上でやっているのか…。
思っていても、それが事実であっても口に出さない方がよいこともある。
三上は今日それを痛いほどに理解した。
〜〜〜〜〜〜
試験会場、観覧室にて。
空木恋花は試験が行われる会場を一望できる位置で、参加者達を眺めていた。
普段ならば観覧室に人が来ることはないので、当然のように部屋はガラ空きである。
恋花としては、誰にも気をつかわれないし、つかうこともないので、楽でいいのだが、弱い冷房の音だけしか聞こえないのも寂しいものである。
「頼んで音楽でもかけてもらおうかしら…」
「──────んお?!人がおるな!」
独りごちていると、入室する者が1人。
その人物は恋花にとって見知った人間であった。
「ち、ちゃほ先輩?!」
「恋花か?!おお、久しぶりじゃの!」
小柄な彼女は嬉しそうな顔で恋花の胸に飛び込んだ。
「むぉ〜、相変わらずの豊満さじゃ〜」
「先輩も相変わらずですね」
飛鳥茶誉
金髪ロングに青いスカジャン、色白な肌が特徴の彼女は、恋花にとっては先輩に当たる人物。
小さな身長と老人のような言葉遣いから、年齢不詳な印象があるが、歳は恋花の一個上である。
「なんじゃこんな所に。試験監督でも頼まれたか?めんどうなの引き受けたのぉ」
「違いますよ。普通に知り合いが試験を受けてるんです」
「ほぉ?知り合いがいるだけで見に来るかね普通」
「ちょっと、私が見てないとダメな子がいまして…」
「…?なんじゃまたトラブルに巻き込まれとるんか?毎度毎度、難儀じゃの」
「まぁ、そんな感じです…先輩はなんで?」
「わしの付き人の2人が受けとっての。ちょいと見てやろうと思って…あの二人なら大丈夫じゃとは思っとるけど」
茶誉は感慨深そうに会場を眺める。
どれ、と恋花も見ると、上から見ても明らかに分かる、他の参加者から注目されている者が4人くらいいるのが分かった。
そして、それは恋花が見慣れている人物達であった。
「な、なんじゃアイツら。むちゃくちゃ見られとる。何をどうしたらあんな状況になるんじゃ」
「…そ、うっ、スね」
「おぉ?なんじゃあぁ、アイツらがお前の言う知り合いかぁ?もうやらかしとるようじゃのぉ」
「はぁ…何したらそんなのになるのかしら」
「今回の参加者は96人じゃ。ウチのとあたらんとええがのぉ…」
「大丈夫です。あたったとしても、うちの子達が勝ちます」
「言うの。だがしかし、ウチのも中々強いから、そう上手くはいかんぞ?覚悟しとけ」
「覚悟するのは私じゃないです」
2人は顔を見合わせて不敵に笑んだ。
今回の試験の形式は選抜試験。
参加者同士の手合わせを中心に、契約者に求められる人物像と合致するかを判断し、合格者を選抜していく。
試験は毎年7割が不合格とされ、今回の合格者は20人強が目安とされる。
なお、この試験は早期の契約者資格の試験とされ、本来の試験は20歳となった学生達を中心とした筆記試験で行われる。
この試験は契約者達の泊付けの意味合いも持っている。
監督官や参加者さえも、平等や公平を重きに置いた試験。
このどこかに狸の尻尾が潜んでいることは、まだ誰も知らない。




