第16話 いつもの日常
3月の下旬の朝。
寒かった外が次第に暖かくなってきた頃、怪我も治り、包帯が取れきった三上は何日かぶりに、病室以外の場所で朝食を食べていた。
パンにスクランブルエッグにソーセージ。
病院食の質素な和食も個人的には、悪くはなかったが、やはり朝は洋食の方が三上には好みであった。
そして、好みなのはやはり食べ物ではなく。
「どうしたの?ボーっとして」
「いや、やっぱりここで、恋花の朝飯を毎日食べてたいなって思って」
「毎に…それ、どういう意味?」
「ん?え、何が?」
「や、やっぱなんでもない」
そうよね、と言いながら、エプロン姿の恋花は何故か不機嫌そうな顔をしている。
変なことを言っただろうか。それともまだ無茶したことを怒っているのだろうか。
朝方だからか気が回らないな、と三上は考えながら、膝の上に乗っているシロの口にスプーンを運んだ。
「…シロ、ちゃんと噛んでる?噛まずに飲み込んでない?」
「うみゃ…ちゃんと、たえてるしー…」
喋りながら口からボロボロ落ちている。
あらあらと言いながら恋花が嬉しそうな顔で口を拭うまでがセットだ。
この一連の流れを見ると、自分は帰ってきたのだと実感できる。
そうこうしていると、ガチャリと唐突に家の扉が開けられた。
鍵はかけられるが、朝は大体恋花が呼び鈴を鳴らして入ってくるので、もはや開けっぱなしで不用心に放ってある。
「──────おー、おっすおっす。名家のお嬢様特製の美味い朝飯にありつける場所ってのはここか?」
と、飾音がエントリー。
いつも通りに見えた日常にひとつまみの変化である。
昨日、飾音がすぐ隣の部屋に越してきた。
入居者0だった学生寮も今では3部屋が埋まり、今では三上の部屋が数少ない住人の溜まり場のようになってしまっている。
「お嬢ー、朝食私の分も頼むよー。あったらでいいんだけど、ジャムも付けてくれ」
「…ちょっと、私を召使いか何かだと思ってる?」
「強いて言うならオカン的な何かだと思ってる」
もー、と何だかんだいいながらも恋花は飾音の分も用意を始めた。
三上が病院にいる間、誰にも世話を焼けなかったからか、今の恋花はイキイキしているように見えた。
お人好しではなく単なる世話好きなんだろう、と三上は考える。
「あはっ!カザネン髪ぼさぼさー!」
「おめーもだろうが。私は昨日忙しくて寝れなかったのヨ。大事な大事な用事でな」
「飾音は引っ越しとかあったもんね」
「いや、それは結構すぐに済んだ。普通にゲームしてたんだ。深夜まで起きててな」
「そっか…ほどほどにね」
「あ、そういえば。さっき見たらお前んとこの郵便受けになんか入ってたぞ」
シロが取ってくる、と健気にも駆けていく。
戻ってきたシロが手に持っていたのは小綺麗な茶封筒だった。
「はいどーぞ!」
「ありがとう。さて中身は…?“契約者資格試験のご案内”って書いてあるけど」
「やっぱ同じのか。私もそれよくわかんねーんだよな…」
「…!契約者の資格試験?届いたのね」
飾音の朝食を運んできた恋花が後ろから覗き込む。
「これ、オレ受けなきゃダメなやつ?」
「そうね。正式な契約者になるために必要なの。今はとりあえず大丈夫だけど、取れる時に取っておきたいわね」
「ああ?いつ出来たんだそんなの」
「そうね…去年?よりは少し前くらいかしら」
「引きこもってる間にそんなもの…浦島太郎の気分だゼ」
「とか言ってもこれだけでしょ。2人とも一緒に行ったらいいじゃない。後回しにすると面倒よ」
「最近はゲームのイベントで忙しいんだが」
「ピコピコはいつでもいいでしょ…えっとやってる日付は…」
「ピコピコって…お嬢マジか」
恋花は中に入っていた紙を広げ、まじまじと見つめた。
発言といい、仕草といい、飾音の言う通り一家の保護者のような立ち振る舞いを見せている。
3人に見つめられる中、恋花は何かを見つけたのか、真剣な表情で口を開く。
「きょ、今日だわ…試験日」
「はぁ無理じゃん。じゃあまた今度な」
「いや、今日の昼からよ。行きましょう。私もついて行くから」
「無理無理めんどい。しかも私勉強なんてしてない」
「試されるのは象物を使った実技的な試験だから。年に1回しかやらないの。来年になっても絶対同じこと言うでしょ。行くわよ」
「それは……んむむむむむ!おい四季、シロ、お前らもめんどいだろ!なんか言ってやれ!」
「え…でもオレ暇だし行くよ」
「シキが行くなら、私も行くし」
「おーいー!!」
イヤイヤイヤイヤイヤ、と尋常ではない駄々のこねかたを他人の家にて披露する明光院飾音(15)。
そんな抵抗も虚しく、朝食を食した後に、恋花によって着替えを取りに行くべく連行された。
かくして、三上御一行は契約者資格試験へと赴いたのだった。
そう、向かったのだが…。




