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第15話 幕間の間に

 

 三上が目を覚ますと、そこは暗い部屋の中だった。

 麻酔が効いているのだろう、体のあちこちに違和感を覚えながらも、目線だけを動かしてみた。どうやらここはどこかの病室らしい。特有の消毒剤の匂いとしんと静まり返った静寂でも察することができた。


「んぅ…」


 腹の辺りに温もりを感じる。声からして、シロだろう。


 今はどうやら夜。

 はて、何故自分は病室のベッドで寝ているのだろうと三上は考えを巡らせてみる。

 こうしてベッドで横になる前に自分は何をしていたか…と、いくらでも思い当たる節があるどころか、思い当たる節しかない。

 恋花になんて言えば


「…起きた、のね」


 考えた矢先の。

 突然の恋花に驚いたが、身体は1つも動かなかった。

 何とか首を動かして声のする方へと見ると、ベッドに突っ伏す恋花の姿があった。

 どうやら目を赤く腫らしている。


「あ、う…恋花」


 気づくと同時に三上はすぐ気まずそうに目を泳がせた。

 それは単に怪我したことに対しての気まずさではなく、引き寄せられた三上の手が恋花の胸に当たっていたからである。


「もしかして、私に悪いと思ってる?」

「え…そ、そりゃ、思ってます、けど」

「…悪いのは私よ。四季の傍にいるって言いながら、任務で離れてばっかり。先生に任せてれば大丈夫って…これは言い訳ね」

「…ん?そっちか」

「何?そっち?どっち?」

「あいやー何でもない」


 その件の方に関しては8割くらい先生が悪いのでは、と三上は思う。


「…先生も先生だけどさ」

「あ、それは恋花も思うんだ」

「それでも…四季には悪いやつの指一本触れさせないって、あの時約束したでしょ」

「口だけの約束だよ。そんなに重いもんじゃないって」

「私にとっては、重い。だってあれは私の決意でもあったの…それなのに…もう一度だってあんな思いしないって…」


 恋花は泣きそうな顔で、包帯と絆創膏だらけの腕を胸に抱き寄せた。


「今度こそ守るから、離れないから…だから、お願い。私の知らない苦労を、もうしないで」

「…大袈裟な言い回しだね」

「それくらいの、気概よ。本気だから」


 恋花は痛いくらいに三上の手を大事そうに握った。

 三上は麻酔で感覚がないので感じることはないが、豊満さの暴力で腕が悲鳴を上げている気がする。


「おいコラ、病室でなにイチャついてんだ」

「あ、飾音。おはよう」

「かっ、飾音ちゃん?!」

「おう。もう離しとけよ。嬢のボデーでそんなことしたら四季の手が砕けちゃうだろうが」

「え…あっ、ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」

「“離れない”なんて熱いプロポーズ決めてんじゃないよ、ったく」

「あっ──────ぢ、ちちちがうの、飾音ちゃん!そういう意味じゃないの!私、そそんな、そんなそんなこと…」


 あうあう、とみるみる顔を真っ赤に染めると、恋花は病室を飛び出して行ってしまった。

 走り去っていく恋花の背中を、飾音はくつくつと笑った。

 見たところどこにも怪我は見当たらない。

 ほっと、三上は安心していた。


「いやー、異常なほどの過保護っぷりだな。あの感じなら、頼めばおっぱいくらい揉ませてもらえんじゃねーの」

「さあ、どうだろうね」

「てか今揉んでたろ?ちょっとでも触ってないって言えるか?お前よお!」

「…いや今麻酔で感覚ないから、なんとも」

「あぁ?そう…結構最初から聞いてたぜ。なあ恋花嬢のあんな顔めったに見れねーぞ。罪な男だなーお前は」

「恋花は、多分そんな風にオレを見てないよ…」


 ハハ、と三上はなんとも思ってないように返した。

 乾いた笑いからは、自嘲するような、諦めに近い気色を感じられた。

 その様子に飾音は眉をひそめる。


「と、言うと?」

「恋花は多分、翔真が好きだった。いや、多分今もそう」

「誰だよ」

「恋花は同僚?って言ってた。オレとは、親友だった人だよ」

「ん?…ああ、もしかして高澄翔真のことか?」

「知ってるの?」

「知ってるよ。恋花嬢と初めて会った時でもある。カザネンとして活動してた時に護衛される機会があってな。その時に恋花嬢とその翔真、あと星衛ってやつが引き受けてくれてた」

「星衛…桐緒くん?」

「そーそーそいつ!」


 恋花の許嫁でもある、彼の顔を思い出す。

 恋花の言う同僚というのは、今の三上と飾音のような関係のことを言っていたのだろう。


「まー確かに言われてみれば、恋花嬢からその翔真ってやつに矢印伸びてた感あるな」

「そう、そうだよ」

「はーん…なるほどね」


 とんとん、と考えている仕草なのか、飾音は何度か指先で、机を叩いていた。


「貫田のこと、覚えてるか?」

「うん、覚えてる。飾音の付き人…だった人だよね」

「あの後よ、色々あったんだけどよ。アイツはそもそも貫田じゃなかったらしい」

「…え?」


 三上は間の抜けた返事を返した。

 それはどういうことなのか、と聞きたいところで、飾音は間髪入れずに続ける。


「“猩々”っていう最近“箱庭”で幅きかせてる組織の仕業でな。タヌキの象物だったんだとよ。その人物に完全になりすまして、バレるまでずっと貫田を演じてたらしい」

「本物の貫田さんは?」

「分かんね。それを聞く前に象物は逃げちまったとさ」

「そっか…」

「いつからそうだったのか…いや、もしかしたら最初からそうだったのかもしれねぇ」

「そんなことないでしょ!貫田さんは、多分だけど」

「多分でもよ、私にとっちゃ心の支えになってたのは確かだ。本物だろうと偽物だろうと、アイツと貫田のおかげで今の私はいるんだ」

「飾音…」

「いいか?私が言いたいのはな──────」


 目を光らせたと思うと、飾音はビシりと指さした。


「翔真とかいう奴の成り代わるつもりで、恋花嬢を支えてやれって話だよおーー!!」

「ええー?なんか話の角度が急変化してない?」

「遠慮してるのかどうかは知んねぇけどよ、その翔真を失って、恋花嬢が心の傷を負ってるのは確かだろ?」

「いやそれはそうだけど。てか遠慮とかないよ」

「お前が支えてやるんだよ!恋花嬢をな!」

「いやまだ恋花と会って1週間しか経ってないし」

「期間なんざ関係あるかーっ!今いい感じだろが!イケイケイケ!」

「恋花には許嫁がいるよね?!」

「許嫁との関係なんて破局するのが相場なんだよぉ!」

「無茶苦茶だよ!言って良いことと悪いことがあるよ!」

「いいから何でもやりたい目標立てんだよ!お前なりにやれること!」


 いいか、今日言ったこと覚えてろ?!なんて言いながら、飾音は病室を後にした。

 そして訪れる静寂に、まるで嵐が通り過ぎた後のような気分になる。

 なんだって急にあんなこと、と三上は半ば困惑しつつ、


「…っ、あーそうか」


 ベッドで眠る直前、戦っていた瞬間を思い出した。


『凄い、凄いよシロ!君がいるなら、オレは誰にだってなれる!!』


 黒歴史の如く、浅い記憶が三上の頭にガツンと浮かび上がった。思春期特有の気恥しさをこの歳でも体験するか。

 そう思い、三上は顔を紅潮させた。

 最悪の2文字が頭で何度も反響していた。


「気ぃ、つかわせた…よなぁ…そんな気ないんだけどなぁ…」

「ぅん…?シキ、だいじょうぶ?」


 頭を抱えている三上の頬を、小さな手が滑った。


 〜〜〜〜〜〜


 “箱庭”内に存在する、A地区中央病院。

 その建物の裏、もう日もとっぷりと落ちた時間帯に、誰かと連絡を取っている男が1人。


「はい。はい。上手くやりました」


 牟田茶知菜は、何も無い虚に向かって話す。

 だが、茶知菜の様子から、誰もいないはずの空間から返事は返ってきているようだった。


「ええ、自然に。溶け込めています」

「はい。誰も怪しんでいません。恐らくフレンドリーなやつだと思っているのではないかと」

「それはない?そんなことは…はぁ、どうでしょうね」

「ええ、順調で。標的の方とも問題なく…」

「…は、友達?」


 その一言に茶知菜の顔が強ばる。

 まるで信じられないというような顔をして、茶知菜は固まっていた。

 そして数秒後、茶知菜は再び喋り始めた。


「え、ええ!もちろん!俺なら楽勝ですよ」

「はい、はいやらせていただきます」

「はい!はい!では、また3日後に!」


 その言葉を最後に、茶知菜は肩を落とす。

 そして、最大の試練が待ち受けているかのような、勇ましい表情で彼は月夜を見上げる。

 彼の頭の中にあるのは“友達”の2文字。

 呪文の如く、反芻し続け、その意味を何度も考える。


「…よし、いける」


 茶知菜は小さく頷いた。

 “いける” その言葉に根拠は無い。

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